第10話 深夜の音
「よし、じゃあ。俺はもう1缶飲んでから寝るわ。作業、頑張ってね。無理はするなよ~」
「うん! ありがとう!」
ドアが閉じた。足音が聞こえなくなるのを確認してから柊奈乃はため息を吐く。
(……やっぱり、なんにもわかってないんだね。圭斗は)
半年前からイベントがあることを伝えて、半年前から毎日作業して、それでも間に合わなくて、こんなに頑張ってるのに保育士を勧めるってどういうこと? ハンドメイドをやめろってどういうこと?
「保育士やれるならとっくにやってるんだよ……」
(嫌だな……また、あのときのことを思い出してしまう。声が聞こえた気がしたのもきっと──)
柊奈乃は服の袖で目をこすると、塗り途中の看板に向き直った。泣き言をいっちゃダメだ。とにかく明日。明日に向けて頑張らないと。
夜は更ける。誰もが寝静まる真夜中の時間帯は、自分以外誰も存在していないのではないかと思ってしまうほど静寂に包まれていた。
柊奈乃が製作作業のなかで一番好きなのは、このカラーを入れる工程だった。売り物である以上、ミスは許されず常に緊張感がつきまとう。それでも一筆一筆塗っていくうちにキャラクターが生き生きと動き出す、そんな瞬間がある。大げさではあるが、命が宿ると言ってもいいかもしれない。特にいくつも作るグッズと違って看板は今回の一度きり。より丁寧に慎重に描いていった。
コトッ、と壁に何かが当たった音がした。静かな部屋は昼では気にならないような生活音が気になってしまうものだが。
またコトッ、と音がした。どうしても気になってしまい、柊奈乃は目を瞑り耳を音のする方へ傾けた。
(……何も聞こえない)
少し過敏になりすぎてるのかもしれない。気にしないことが一番──。
ドンッ、と強い音が壁を蹴り柊奈乃は立ち上がった。
今のは確かに聞こえた。そう思うと急に不安でいっぱいになる。
『でも、またあそぼうって。つむぎ、やくそくしたの』
(そんなわけがない。だけど……)
柊奈乃はなるべく音を立てないよう静かにドアを開けた。リビングの電気がまだついている。
ゆっくりとリビングのドアを開けると、圭斗がソファに横になったまま寝ていた。ビール缶がテーブルに置いてあるところを見ると、飲みながら眠ってしまったのかもしれない。
(紬希のこと見ててって言ったのに)
一際大きな音が寝室から聞こえてきた。続いて急かすように何度も壁が叩かれる。
「紬希!?」
何かあったのは間違いなかった。急いで寝室のドアを開けて中を覗き込む。敷いた布団のどこにも子どもの姿は見当たらなかった。
「ウソっ!!」
電気をつける。長い一瞬が経って灯りが部屋中を照らすが紬希はどこにもいなかった。
「なんだよ、もう。まだ夜中だぞ……」
「音が聞こえないの!? 紬希がどこにもいないじゃない!!」
呑気なあくびに鋭い声を出してしまった。
「な、なんだよ、その言い方──」
「クローゼットが開いてる!」
圭斗の服が入っているクローゼットだ。ベルトなど危険なものも入っているためいつもはしっかりと閉じているのに、今は半開き状態だった。
その隙間から揺れる何かが見える。
(紬希の……パジャマ?)
ハッと最悪な自体が頭をよぎり柊奈乃はクローゼットの扉を大きく開けた。
中ではネクタイが首に巻かれた状態の紬希がゆらゆらと揺れていた。
全身が震え、悲鳴が上がった。
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