第9話 微妙な関係
どのくらい時間が経ったのか、不意に部屋のドアがノックされた。
「柊奈乃? ちょっといい?」
(……よくはないけど)
「なに? 圭斗。紬希はもう寝た?」
ドアが開く。日に焼けたことのなさそうな色白の顔がほんのりと赤い。きっとお酒を飲んだのだろう。
「もう眠ったよ。確かに柊奈乃が言う通り疲れているみたいだ。聞いたぞ、交通事故に遭いそうになったんだって?」
ビクリと反射的に肩が動く。圭斗の眉根がピクピク動き、目がすわっている。
「ごめん、心配かけたくなくて言ってなかったの」
まずい──と思って柊奈乃は立ち上がった。
「でも、大丈夫。ちょっと遊具公園の駐車場に行っちゃっただけだから。紬希も気をつけるって約束してくれたし」
「ちょっとじゃないだろ。気をつけてくれよ。紬希のことは柊奈乃に任せてるんだからさ!」
圭斗の声のボリュームが上がっていく。普段は優しいのだが、お酒が入ると気が大きくなるときがあった。
「ごめん」
柊奈乃は頭を下げた。お酒を飲んだ圭斗と話しても変に誤解されそうだった。何よりももう思い出したくなかった。紬希の言っていた友達だとか腕を引っ張られたこととか。きっと偶然か紬希の思い込みに決まっているのだから。
「もういいよ。それよりさ、初めて友達できたんだって? よかったじゃん。少し心配してたんだよな」
「……う、うん」
「どんな子なんだよ。また遊ぶって喜んでたけどさ」
「えっと……」
(どうしよう。でも、本当のことを言わないとややこしくなる!)
「……見てないの」
「はっ……?」
圭斗は何を言っているかわからないというように、眉間にしわを寄せた。
「たぶんだけど、空想なんじゃないかなって。3歳にもなるとさ、空想の世界で一人遊びもできるようになるから」
「いや、でも、そんな感じじゃなかったって。なんか、リアルに友達と遊んでた感じの話し振りだったけど」
「……そうなんだ」
(早く話を終わらせたい。これ以上考えたくない。やっぱり偶然で思い込みで……)
──『ほりせんせー』──
声が聞こえた気がして柊奈乃は自然と耳を塞いでいた。目は見開き、呼吸が荒くなった。鼓動が速くなっていることに気がついたのは、圭斗が話す言葉を聞いてからだった。
「ならさ、やっぱり保育園か幼稚園に通いたいんじゃないの?」
「え?」
「紬希さ。空想するほど友達ほしいんだったら、預けたらいいんじゃないか? 柊奈乃が働いてくれれば収入面でも安定するし。保育士免許持ってるのにもったいないじゃん。辞めてからもう5年も経ってるんだから、ハンドメイドなんてやめて保育園の先生やった方がいいんじゃない? ほら、夢だったんでしょ?」
「……う、うん。そうだね。考えてみる」
柊奈乃はにっこりと笑顔を浮かべた。内心とは裏腹に。
(……なに、言ってるのかな?)
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