第8話 準備
蛇口から流れる水が食器についたカレーの汚れを落としていく。柊奈乃はそれを眺めていた。片手にスポンジを持ったまま。
キャハハハハ、と笑い声が弾けて我に返る。食事を終えた圭斗の膝の上に紬希が座り、楽しそうにテレビを見ていた。映っているのは紬希が好きなユーチューバーだ。両親に子どもたち2人の家族でやっているユーチューバーで、今日は生配信をやると言っていた。
(生配信? そうだ、時間!)
慌てて時間を確認したらもう夜の7時を回るところだった。柊奈乃は、急いで後片付けを済ませると、作業部屋にしている自室へと向かった。
「ごめん、パパ!」
「わかってるって。なんかやることあるんだろ? 紬希はちゃんと寝かせておくから」
「え〜やだ! つむぎはパパといっしょにねる!」
「わかった、わかったって。今日は紬希とパパが寝るんだもんな。でも、早く寝ないとお化けが出るぞ〜」
「……お化け」
なんでもない単語に反応してしまう。圭斗は、メガネを上げると不思議そうな顔で柊奈乃を見た。
「ん? お化けがどうかした?」
笑顔を取り繕う。
「ううん。なんでもない。……あの、ごめんね。それから、紬希のことお願い。今日、疲れていると思うから」
「あ? ああ──わかった」
リビングを抜けて部屋のドアを開けると、明日の用意でごちゃごちゃに散らかっている室内の様子が飛び込んできた。
(どこまでやったんだったっけ? ええっと、もう商品はできているから、あとは袋に詰めるだけで、お店の飾り付けとそうだ、看板!)
作業に入る前に、スマホを取り出してSNSをチェックする。何人かから明日のイベントへの問い合わせや応援のメッセージが届いていた。それらに一つ一つ返信し、これから明日の準備を始めることを発信する。
「よし、頑張るぞ!」
柊奈乃は看板製作に取りかかった。看板と言っても、よくカフェの前に置いてあるような本格的なものではなく、会場が用意してくれているパネルに貼り付けるポスターのようなものだった。ただ、それだけではインパクトが弱いので、同じく会場が貸してくれる商品を置く長机に貼る横長のポスターも作ろうと決めていた。もちろんどちらにもすぐわかるようにマリーのイラストを大きく描く。デザインはもう下書き済みなのであとはカラーを塗っていくだけ。
地道な作業だった。お金があれば印刷してすぐに終わるのだが、限られた費用でやっている柊奈乃は自分一人でやるしかなかった。
暑い夏の時期。夜になって気温が下がったとはいえ家にこもった熱と集中して作業に当たっているせいで額に汗が滲む。タオルでこまめに汗を拭きながら臨む柊奈乃の表情は、真剣な顔そのものだった。
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