第7話 約束

 紬希は保育園にも幼稚園にも行っていない。近所に知り合いもおらず、残念ながら友達はいなかった。だから、同年代の子どもたちとどう接したらいいかわからなくて、公園に行っても引っ込み思案になってしまい一緒に遊んだりすることが苦手だった。それなのに。


(友達なんて……)


 それに、あのとき紬希は確実に一人だった。一人で道路に飛び出そうとしていた。


(……でも、紬希はそんなに足が早くないし、変なフォームで走っていた。右腕を真っ直ぐに伸ばして誰かに引っ張られているみたいに)


『てをつれてかれたの』


 紬希の言葉が浮かぶ。手を連れて行かれた? 腕をつかまれて引っ張られたということ?


(でも、まさか……そんなこと)


 背筋がゾクッとした。鍋を温めているにも関わらず、寒気が止まらない。


(あの走り方。やっぱり見たことある。あのとき、あのときも、急に走り出して。あの子は腕を誰かに引っ張られているみたいだった)


「ううん、違う。そうじゃない!」


「ん……うん? ……ママ……?」


 紬希が目を覚ました。カウンターテーブルから見える我が子の寝ぼけた顔を見て、柊奈乃はホッと胸をなで下ろした。大丈夫。いつもと何も変わらない。


「いえ、かえってきたの?」


「うん、そうだよ。今カレー作ってるから待っててね」


「うん……ママ、トイレ」


「ああ、そっか。ちょっと待って」


 IHコンロの火を消して一緒にトイレへと向かう。もう一人で十分トイレができるのだが、不安があるらしく、終わるまでトイレの外で待っていなければならない。トイレの中から少しくぐもった声が聞こえた。


「ねぇ、ママ? つむぎ、ともだちできた」


 心音が跳ねた。しかし、柊奈乃はそのまま話を聞く。


「そうなんだ。よかったね。どんな子なの?」


「なんで?」


「えっ、なんでって、えっと……」


「つむぎといっしょにいたの、ママみてたよ?」


 全く話がわからなかった。柊奈乃は確かに紬希が一人きりだったのを見ていた。他に誰かがいたなんてことはない。圭斗と電話をしている最中に話しかけてくれた子がいたのかもしれないけれど、そんな短時間で友達と言えるほどの話ができたりするものだろうか。


「ごめん、ママ、どの子が友達かわからないんだ。教えてもらえる?」


 微かに声が震えていた気がするが、つとめて平静に質問した。紬希はきっと何か勘違いしているに違いない。


「いいよ! ぼうしかぶってた」


「帽子?」


「うん、あかいの。それからくろのシャツ

。あとはわかんない」


 赤い帽子に黒いシャツ。柊奈乃の脳裏におぼろげにその姿が浮かび上がる。


「でも、3さいっていってた。つむぎとおなじだね」


「っつ──」


 声にならない声がでた。


「紬希、その子の名前は?」


「わかんない。でも、またあそぼうって。つむぎ、やくそくしたの」


(約束した? その子は誰? 誰なの?)

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