第5話 てをつれてかれた
辺りを見回してみる。遊具ではたくさんの子どもたちが遊んでいるが、紬希の姿はない。遊びたがっていた大型遊具にもおらず、シーソーにもブランコにもいない。もちろん今遊んでいた砂場にもいなかった。
背筋が寒くなった。汗ばんだ体が痺れたように冷たくなっていくのがわかる。手が震えている。
(いや──ウソ──紬希……どこ? どこ?)
「紬希どこ!?」
嫌な思いを打ち消すために声を張り上げた。近くにいた子ども連れの母親が怪訝そうな顔で見つめているが、そんなこと今の柊奈乃にとってはどうでもいいことだった。
鮮明な赤色の水溜まり──その光景が柊奈乃の脳裏に浮かぶ。喉が猛烈に乾き、奥の方が締まる感覚に襲われた。
(いや……いや──)
「紬希!!?」
振り返ると、遠くで一人で走っている子どもの姿が確認できた。きっと紬希だ。しかし、そこは駐車場。駐車場の先はすぐに車が走る道路だ。
「紬希!!!」
柊奈乃はその瞬間、全速力で走り始めた。肩からマリーのイラストが印刷されたバッグを落としたことも気がつかずに懸命に足を動かした。
(ここにいてって言ったのにどうして!? それになんであんな遠くまで!)
紬希は右腕を前に伸ばして道路に向かって走っていた。まるで誰かと一緒に走っているかのように。やがて周りの大人たちも危険な状況に気がつき、ざわざわと声を上げ始める。
遊具公園は高速道路の入口も近く車通りが多かった。何よりも広い直線の道路で多くのドライバーは法定速度以上のスピードを出して走る。
もし、紬希が夢中になって道路に出たのなら、もし、車が猛スピードで突っ込んできたのなら、もし、もし、もし──。
「紬希!」
間一髪のところだった。道路に飛び出す直前に紬希は急に走るのをやめて、後ろから柊奈乃が羽交い締めする形で愛娘を捕まえた。
「何してるの!? 紬希! そこにいてって言ったでしょ!!」
「いたい! ママっ!」
「あっ……ごめん」
すぐに手を離したものの、紬希は大声を上げて泣き出してしまった。
「ごめん、ごめんね。……そんなに痛かった?」
「ちがう……ママがおこった」
しゃくりあげるように泣きながら、たどたどしく言葉をつなげていく。柊奈乃は後ろからもう一度抱きしめると紬希の顔へ頬を寄せた。
「ごめんなさい。紬希。でも、気をつけて。ママの側から離れちゃダメ」
優しくなだめるように伝えたつもりだった。よくあることだと言い聞かせる。この年齢の子どもにはよくあること。
(あのときだって、そうだった。ちょうど紬希と同じ3歳になったばかりの──)
「てをつれてかれたの」
「……え?」
娘から返ってきた言葉は柊奈乃が全く予想していないものだった。
「つむぎのて、つれていかれた」
「どういうこと!? 誰に?」
「ともだち。ともだちがこっちであそぼうって」
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