17話 思い出はピックに込めて

 Bメロの途中、私は横目でショウ君を見た。するとどうだろうか、ずっと下を見て弾いている。多分あれは、完全に自分の世界に入り込んでいる。よく聞くと少しだけベースのテンポが遅れている。


(あの顔……疲れてる?)


 顔には疲れが浮かんでいた。仕方ない。自分のバンドのライブを終わらせ、それから新曲を練習してその後すぐにライブをしているのだ。疲れていない訳がない。さっきまで疲れている様子もなかったが、隠していたのだろうか。


(これじゃサビか合わない……ソロはそれ以上か)


 私はなんとかして彼を自分の世界から引きずり出す手段を探した。頭をフル回転させても良い手が見つからず、少し俯いてしまった。声はまだマイクが拾ってくれている。歌い、弾き、必死に考えた。そして私は一つの手段を思いついた。


(確かポケットにあのピックが……!)


 許されざる行為だが、私は一旦ギターを止めた。バンドの厚みが薄くなっているのがわかる。しかしそれでもギターを弾かず、歌いながらポケットを探った。


(あった!)


 私は手にあたったそのピックを彼の方に飛ばした。観客から見たら少し変な動作だがそんなの気にしている程余裕はない。

 このピックは、元々私のものではなかった。このピックは、元々ショウ君のものだった。私と彼らあの兄弟が別れたあの日、ショウ君が私に渡してきたピックだ。きっとショウ君は覚えていないだろうが、私は今でもあのピックを触ると思い出せる。確かあれは、ショウ君が幼稚園の年長さんになった春の話だ。



「本当に行っちゃうの?」

「あぁ……ごめん」


 胸が苦しい。なぜ私達はこんなにも若いのに、こんな酷な思いをしなければならないのか。


「さて、最後のお別れは済んだか?」

「……あぁ。終わったよ」


 私は、今日から女に声をかけられた。

 私の家はとても裕福とは言えなかった。毎日一袋のもやしをで分け合って過ごし、夜は肌をくっつけ合って寝ていた。母親はスーパーのパートで必死に私達の生活費を稼ぎ、父は借金を残して蒸発した。お陰で私は幼いながらにこの世の闇を知り、夢を見ることを諦めた。そんな私は自分の中で一つだけルールを決めていた。それは『弟に同じ思いをさせない』ことだ。弟には私のように闇を知り、夢を見ることを諦めてほしくない。だからなるべく明るく振る舞った。それくらいしか出来なかった。

 「夢はなんだい?」そう聞いたことがある。どこで言葉を覚えたのか、弟はこう答えたのだ「イケメンベーシストになりたい!」と。勿論ベースなんて買う金もないし、稼げない。だが私は、ベースには「ピック」というものがあることを知っていた。どうやらそのピックとやらは安価な機材らしい。私は親から貰ったなけなしの小遣いで、近くの楽器屋に売っていたピックを買い与えた。ピックを手にした弟の顔は明るく輝いていて、この笑顔を守りたい。そう思った。これからも私は彼の側で笑顔を守っていくのだと、そう思っていた。だが、現実は酷だった。


「ごめんね二人共、もう三人で暮らすことは出来なくなったの」

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