第9話 企み


 セシルは王に招待しょうたいされた食事の約束を果たすため、もう一度王宮へ足を運んだ。


 王、サラ、アルはこの前と同様、セシルを優しい笑顔でむかえ入れてくれる中、マーヤはこの前と打って変わって優しい微笑みを向けてきた。


 マーヤが自分のことをこころよく思っていないことを感じ取っていたセシルは、マーヤの態度に違和感いわかん不気味ぶきみさを感じていた。


 そんな中、アルは常にマーヤの動向どうこうに注意を向けていた。


 前回、マーヤのセシルに対するあの冷たい態度はあきらかに不自然だった。そして今回の好意的な態度もどこかおかしい。

 アルはマーヤが何かたくらんでいるのではないかと疑っていた。


 自分の母を悪く思いたくはないが、母はどこか冷たい人間だという印象があった。

 人を見下みくだすことが多く、身分や階級で人を判断するところがある。優しさや思いやりを見せるのは王とアルだけで、他の者には冷徹れいてつだった。


 簡単に人を傷つけ切り捨てる、そういう人だ。


 そして、王宮や町ではマーヤのよくない噂が広まっていることも知っている。

 王をあやつり、裏から政権せいけんにぎっているのはきさきなのではないか、と。


 とにかくアルはセシルが心配だった。


 マーヤがセシルに何かしでかすのではないかと思い、二人から目が離せなかった。





 セシルは食堂へと案内された。


 食堂にはいったい何人が座るのかと思うほど長いテーブルの上に豪華ごうかな料理が所狭ところせましと並べられていた。


 セシルが驚いて立ち尽くしていると、アルが手を引いてセシルを椅子に座らせる。 

 アルはさりげなくその隣に座った。


 皆が席に着席すると王が一つ咳払せきばらいする。


「セシルと親睦しんぼくを深めるために、乾杯かんぱい


 王が音頭おんどをとると、皆がグラスをかかげた。

 そのとき、マーヤの口のはしり上がったのをアルは見逃さなかった。


 セシルがグラスに口をつけようとしたとき、アルが声をかけた。


「まって、僕、セシルのそれが飲みたい。交換こうかんして」


 セシルからグラスを取り上げると、自分のグラスをセシルに持たせる。

 アルがグラスに口をつけようとするとマーヤが叫んだ。


「待ちなさい!」


 大きな声に驚いた皆がマーヤの方へ振り向いた。


「……そのグラス汚れているわ。ごめんなさいね、気がつかなくて」


 マーヤは給仕きゅうじ合図あいずする。

 給仕は急いでアルが持っていたグラスを下げた。


「そうだったのか。アル、ありがとう、気をつかって交換してくれたのか」


 何も知らないセシルがアルにお礼を言う。

 皆もアルの優しさをめたたえた。


 そのまま、食事は何事もなくなごやかに進んでいった。


 しかし、マーヤの心中しんちゅうおだやかではなかった。

 先ほどのセシルのグラスには毒が仕込んであったのだ。


 まさか、アルがそれに気づいてあんな行動を取ったのだろうか。

 マーヤはアルをしばらく観察するがその様子からは何もわからなかった。いつも通りのアルのいに見える。


 ……まあいい、まだまだ仕掛けは残っている。


 マーヤはセシルを睨みつけたあと、余裕の笑みを見せる。

 そんなマーヤの表情をアルはこっそり盗み見ていた。


 やはり、あの飲み物には何か入っていたんだ。

 この食堂に入ったとき、一瞬だったがマーヤはセシルのグラスに視線を送った。そのときから怪しいとは思っていたが、マーヤのあの不気味ぶきみな笑顔。


 もし、グラスに何か細工さいくしたなら他の者が飲むことは回避かいひしたいはず。

 きっと僕が飲もうとすれば必ずマーヤは止めてくる……、睨んだ通りだった。


 マーヤはセシルをあやめようとしている。

 しかし、今は何の証拠しょうこもない。

 僕が今問い詰めたところで、きっとうまく誤魔化ごまかされてしまう。


 想像以上にセシルは今危険な状態にいるということだ。


 僕が判断をあやまればセシルの命が危ないかもしれない。

 ごくりとつばを飲み込むと、アルは二人の動向どうこうに目を光らせた。





 食事を終えると、マーヤが皆を先導せんどうし次の場所へと導いていく。


「ここがこの王宮で一番広くて豪華ごうかな場所よ」


 マーヤが自慢じまんげにセシルに語りかけ、両手を広げアピールする。


「すごいですね」


 セシルも見たことのない広さと豪華ごうかさに圧倒される。

 大きな広間には壁に沿って螺旋らせんを描くように階段が上へと伸びている。吹き抜けになっており二階から下が見下ろせる仕様しようになっていた。

 壁には色とりどりの綺麗な絵画かいがが飾られ、天井てんじょうを見れば大きく豪華なシャンデリアが輝いている。

 床には真っ赤な絨毯じゅうたんが敷き詰められ、ここで舞踏会ぶとうかいでも開けそうな雰囲気ふんいきだ。


「中央に立ってみると、この部屋の素晴らしさがよくわかるわよ」


 マーヤにうながされたセシルは素直に広間の真ん中へと移動していく。


 そのとき、マーヤがわずかに笑ったのをアルは見逃さなかった。


 セシルの頭上ずじょうにある大きなシャンデリアが小さく音を立てる。

 すると、シャンデリアはセシルの頭目掛めがけまっすぐに落ちてきた。


「危ない!」


 すでに走り出していたアルがセシルを抱え転がった。


 直後、物凄ものすごい音を立てシャンデリアが落下する。

 先ほどセシルがいた場所ではシャンデリアが無残むざんな形をしていた。


 もしあれに直撃していたなら命は無かったかもしれない。


「なんてことだ!」

「セシル! アル!」


 王とサラは急いで二人に駆け寄る。

 マーヤはその後ろをゆっくりとついてきた。


「大丈夫?」


 アルがセシルに声をかけた。

 突然の出来事に頭がついていかず、セシルはアルを見つめたまま茫然ぼうぜんと頷くだけだった。


「すまない、こんなことになるなんて。アル、よくやった」


 王がほっとした表情でアルの肩を叩いた。


「本当に無事でよかった。アル、ありがとう」


 サラも涙ぐみながらアルの手を握る。

 アルは恥ずかしそうに首を振った。


「アル……俺」


 セシルは今頃になって恐怖を感じてきたのか、少し震えていた。

 アルはそんなセシルの体をさすって優しく語りかける。


「セシル、無事でよかった。それに……」


 と言いかけ、アルは言葉を切った。セシルはどうしたのかとアルを見る。

 アルの視線はまっすぐマーヤへと続いていた。


 マーヤはアルが何か気づきはじめていることを感じ取っていた。

 しかし、ここで終わらせることなんてできない、仕掛しかけはまだ残っているのだから。


「ここは危ないわ。気分を仕切しきり直すために……今日は天気もいいしお庭を散策さんさくでもしません?」


 マーヤの提案に王とサラはこころよ承諾しょうだくした。

 二人はまだマーヤのことを少しも疑っていない。皆の気分転換きぶんてんかんにでもなればいいと心から思っていた。


 マーヤを先頭せんとうに皆が広間をあとにする。


 アルはマーヤを警戒けいかいしながら、セシルを守るように彼の背に手を回しゆっくり歩いていった。

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