第7話 絆


「セシル、おまえを拾ったときのことだ。

 まだ赤ん坊だったおまえはこの毛布もうふに包まれていた」


 ロジャーはどこからか持ってきた毛布を差し出した。

 その毛布はとても古びて色あせていた。生地きじい目からそれが高価な物であることがわかる。


「この紋章もんしょうは!」


 アルが突然声を上げ、毛布をロジャーの手から奪い取った。

 驚いた表情で毛布を見つめ続けるアル。そんなアルを見ながらロジャーはゆっくりと頷いた。


「その紋章もんしょうは王家のものだ、そうだろ」


 アルは戸惑いながらも頷き、ゆっくりとセシルを見つめた。


「セシル……君は王家の人間なのか?」


 アルのその驚き方からただ事ではないことが伝わってくる。とても嘘をついているようには思えなかった。


 セシルはいきなり突き付けられた真実にどう向き合えばいいのかわからず、ただ茫然ぼうぜんと立ち尽くしていた。





 今度はセシルに王宮へ来て欲しいと言い残し、アルは迎えにきた御付おつきの者と共に帰っていった。


 ポールも思いもよらない真実にかなりショックを受けた様子だったが、今はベッドの上ですやすやと寝息をたてている。

 切り替えの早い奴だと感心する。そういう気楽な性格も付き合いやすく、セシルにとってはありがたかった。


 セシルはいつものように屋根の上で星を眺め、今日の出来事を思い返していた。


 俺が王家の人間だって? そんな馬鹿な。


 ずっとスラムの人間として育ってきたセシルには到底とうてい受け入れることができない真実だった。


「眠れないのか?」


 ロジャーが暗闇から突然現れ、セシルの隣へ腰を下ろす。

 セシルは星を見上げたままロジャーに尋ねた。


「なんで今まで黙ってたんだ、紋章もんしょうのこと」


 しばしの沈黙が流れる。

 ロジャーはゆっくりと重い口を開いた。


「……普通本物だと思わないだろ。

 たまたま似た紋章もんしょうなんだろうとか、誰かが拾って偶然巻いたのかもとか、いろんな理由を勝手に想像した。

 でも、一番の理由はおまえが離れていってほしくなかったからだ。

 このことを知れば、おまえはこんな俺よりきっと王家を取るだろう。俺と一緒にいるより王家の人間に戻った方が幸せに違いない。

 そうわかっていても、どうしてもおまえを手放したくはなかった。

 おまえは俺の子だ、誰の子でもない、俺の子なんだ……そう言い聞かせていた。

 でもな、おまえがアル王子のことを話したとき思ったよ。

 これが運命ってやつなんだって。おまえたち二人は出会うべくして出会ったんだ。

 そして、俺はアル王子がおまえをたくすのに相応ふさわしい人間かを確かめたかったのさ。

 だからあんな手荒てあらな真似をした、すまなかったな」


 ロジャーは父親の顔に戻っていた、いつもの優しい顔だ。


「アルは立派な奴だ、あいつならきっといい王になる。

 アルとおまえ二人でいい国を作ってくれ、期待しているぞ、息子よ」


 ロジャーは泣きそうな表情をしながら、懸命に微笑ほほえんでみせた。いつもの強面こわもての顔がくしゃくしゃにゆがんでいる。

 セシルはロジャーをはげますように明るい笑顔を向けた。


「なんだよクソ親父、今生こんじょうの別れでもねえのに。泣くなよ、気持ちわりい。

 俺はおまえの息子だ、これまでもこれからも、ずっと。

 俺感謝してるんだ、親父が本当の子として育ててくれたの」


 ロジャーの目から涙がこぼれ落ちると同時に、彼はセシルをきつく抱きしめた。

 

「セシル……おまえは俺の子だ。

 どこにいてもそれは変わらない、おまえは俺のほこりだ」


 ロジャーの腕に力がこもる。気持ちが深く流れ込んでくるようだった。

 二人が抱き合っていると、そこにポールがやってきた。


「俺も忘れるなよ」


 ちょっとねた様子のポールを見て、二人は笑ってしまう。


「忘れてねえよ」


 セシルはポールの手を取り引き寄せる。今度は三人が抱き合う形となった。


「俺もセシルのこと兄弟だと思ってる。忘れるな、いつでも頼れよ」


 ポールはいつものようにセシルと拳をぶつけ合う。ロジャーはそんな二人の頭をでると笑った。


 この日、三人は夜空の下で本物の家族の絆を確かめ合った。

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