第4話 近づく


 アルは再びセシルに会うため、町へやってきた。


「王子……やっぱりここ、変ですよ。道間違えたんじゃ」


 トーマスがへっぴり腰でアルの少し後ろを歩く。


 町と比べて薄暗い道、少しずつ人通りが減っていき、なんだかがらの悪い者たちが増えていく気がする。

 並ぶ店も怪しい店のように感じてしまう。


「町では王子と言うなと言ってるだろ、アルだ」


 振り返って睨むアルに、キョロキョロと辺りを警戒しながら謝るトーマス。


「すいません、アル、もう帰りましょうよ」


 トーマスの恐怖は限界にきていた。

 魔界にでも足を踏み入れてしまったかのような感覚におちいったトーマスはおびえ震えている。

 そんなトーマスを尻目しりめに、アルはしっかりとした足取りで歩いて行く。


「駄目だ、セシルに会うまでは」


 セシルはスラム街を平然と走りぬけていた。彼はきっとスラム街に住んでいるのだ。町に住んでいる人間があんなにスラム街に詳しいとは思えなかった。


 町に暮らす人間はスラムの者を恐れ、スラム街に近づくことはめったにないと聞く。



 アルはスラム街を歩きながら街の様子を観察し、物思ものおもいにふけていた。


 スラム街を歩いているとよくわかる……この国の現状が。


 街は暗く、汚く、腐敗ふはいした匂いが漂っている。

 よどんだ瞳をした人たちが足取り重く歩いていく姿が目に映る。

 道の端には、死んでいるのか寝ているのかわからない人が横たわっており、その横で小さな子どもが光のない瞳でただまっすぐと空を見つめていた。


 アルの胸は痛んだ。


 スラム街はいわゆる町の人たちの墓場のようなところだ。

 世間からはじかれた者、捨てられた子ども、町に居場所のない人たちが身を寄せ合って暮らしている。


 本来なら、ここにいる人たちが幸せに暮らせる国でなければいけない。

 アルは自分の心に深く刻むように頷いた。



「兄ちゃん、いい恰好してるじゃねえか」


 その声と同時に、アルたちは一瞬で数人の男たちに囲まれてしまった。


 薄汚い服を身にまとった彼らは、生気せいきのない瞳をこちらに向けニヤニヤと薄気味悪うすきみわるく笑っている。

 よく見れば全員、年端としはもいかない少年たちだ。


「こんなところでうろうろしてちゃあ、危ないぜ」


 少年たちはじりじりとアルたちにめ寄ってきた。

 その手には小型のナイフが握られている。


「アル……逃げましょう」


 トーマスがアルのそでを引っ張って耳打ちする。

 アルを守ろうと必死なのだろうが、トーマスの臆病おくびょうな性格がわざわいしてアルの後ろに隠れてしまっている。

 恐怖でガタガタと震えるトーマスを背にかばいながら、アルは少年たちを見つめた。


「あの、セシルさんを知りませんか?」


 アルが問いかけると少年たちの表情が変わった。

 皆が動揺し困惑しているように見える。


「セシルだって? おまえセシルを知っているのか?」

「セシルって、あのロジャーんとこの奴だろ、やばいじゃん」


 セシルの名を聞き、急に怯えだす少年たち。

 スラム街でセシルは有名なのだろうか。


「俺がなんだって?」


 突然の声に驚き、皆声の方へと振り向く。


 屋根の上にたたずむセシルが不敵な笑みを浮かべ、少年たちを見下ろしていた。


「セシル!」


 少年たちがおののく。


 セシルは屋根の上から華麗かれいにジャンプすると、地面へ着地した。

 すごい運動能力だ。


 彼が一歩前へ出ると、少年たちは一斉いっせいに一歩下がった。


「おい、引くぞ!」


 誰かがそう叫ぶと、あっという間に少年たちはその場からあっていき、セシルとアルとトーマスだけがその場に取り残された。


「なんだったんだ……」


 トーマスがほっとしてその場に腰を下ろした。


 セシルがゆっくりと近づきアルの前で立ち止まる。そしてまじまじと見つめてから口を開いた。


「おまえ、何でこんなところでうろついてるんだ?」

「君に会いにきた」


 アルがまっすぐな瞳ではっきりそう答えると、セシルの瞳が大きく開き、可笑おかしそうに笑う。


「おまえ、バカだろ」


 あきれた表情のセシルは小さくため息をつき、アルは嬉しそうに笑った。





 それからというもの、アルはセシルに会いに行くことが日課となった。


「セシルー!」


 アルが笑顔で手を振りながらこちらへ駆けてくる姿をあきれたようにセシルが見つめる。


「アル、また来たのか」

「うん」


 アルが満面の笑みを向けると、セシルは不器用な笑みを返した。

 彼のこのはにかむような笑顔がアルは大好きだった。


 セシルは口が悪く素直な表現はしない性格だったが、その優しさは一緒にいればすぐに伝わってくる。

 不器用でとても優しい少年だった。


 アルはセシルといると自分が自分らしくいられた。

 なぜか今まで誰にも感じたことのない居心地いごこちの良さがあった。


 セシルも口では「もう会いにくるな」と言うが、実際会うと嬉しそうにアルを歓迎してくれた。


 セシルは自分と関わるとことでアルに何か悪いことが起こるのではないかと心配しているようだった。

 自分がスラムの人間だからと。


 そんなことはまったく気にしないが、やはり彼は人のことを想える優しい人間だと改めて感じ、ますますアルはセシルにかれていった。


 アルはセシルに会うため町やスラムへ行くことが増え、必然的ひつぜんてきにこの国のことをより深く知っていくこととなった。

 そしてこの国をよりよい国にしたいという思いが強まっていくのを日々改めて感じはじめていた。


 二人は徐々にこの国について語り合うことが自然と増えていった。


 セシルもこの国の現状はおかしいと前から強く思っており、アルの想いに深く感銘かんめいを受け、真剣な表情でアルの話に耳を傾ける。


 国の未来を語り合うことで、ますます二人の絆は強固きょうこなものになっていくのだった。

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