第3話 惹かれる


 城下町じょうかまちの中心には大きく立派な王宮がそびえ立ち、昔からこの国の象徴しょうちょうとしてそこに存在していた。

 王宮内の広大な土地には立派な建物が並び、そこには王族と家臣たちが暮らしている。


 その宮殿に住むのは、王と妃のマーヤ、妃の妹のサラ、

 そして妃の息子である15歳になる少年、アル……。



「アル王子」


 城下町から戻ったアルが長い廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。

 振り返ると、付き人のトーマスが不機嫌ふきげんそうな顔をしてアルを睨んでいた。


 彼は、小さい頃からアルの付き人をしていて、言わば親友みたいな存在だった。

 アルは人を身分で分類することを嫌い、家来たちにも分けへだてなく接する。トーマスにも最初から友達のように振舞ふるまっていた。


 最初戸惑っていたトーマスだったがだんだん受け入れるようになり、いつしかアルのことを心から敬愛けいあいするようになっていった。


 トーマスは先ほどの町の散策にもお供していた。はぐれてしまったので相当心配していたに違いない。


「先ほどは心配しましたよ、大丈夫だったのですか?」


 心配と怒りが混じった複雑な表情をしたトーマスがアルをのぞき込む。


「うん、いい人が助けてくれたから」


 トーマスの勢いに押されながら、アルはセシルのことを思い出していた。


「あの少年ですか? どのような素性すじょうの者かもわからないのです。

 私は王子があの少年に連れていかれてしまったとき、心臓が止まるかと思いました」


 少し青ざめたトーマスが大袈裟おおげさに身振り手振りで表現する。


「大丈夫、あの方はいい人だよ。

 短い時間だったけれど一緒にいてすごく居心地がよかった。僕はあの方のことをもっと知りたい、また会いたいと思ってる」


 アルが嬉しそうな表情で語る姿を見て、トーマスはもっと青ざめた。


「いけません! あんなやからにまた会うなんて、もう駄目です。

 町へ行くことだけでも大変なことなのに、あんな庶民を助けるようなことをして。

 危ない目にあうところだったんですよ! 

 あの少年だって、一見いっけんいいふうよそおっているだけかもしれない。……私は反対です」


 そう言い切るトーマスに、アルが頬をふくらませた。


「トーマス、人を見た目や生まれで判断してはいけないといつも言っているだろう! 

 僕は僕の見たものや感じたことを信じる」


 アルがそう告げたとき、二人の背後から恐ろしく冷たい声が響いた。


「また、町へ行っていたの?」

「母上……」


 二人に近付いてきたのはアルの母であり、現王げんおうきさきのマーヤだった。


 綺麗なブロンドの髪を手でとかすように触りながら優雅ゆうがに歩いてくる。薄っすらと微笑むその瞳は綺麗な薄いブルーの瞳をしており、切れ長の目とあいまって冷酷な印象を受ける。

 とても綺麗であでやかな女性だが、どこか冷たく近寄りがたい印象をかもし出していた。


 彼女はアルに対して優しくはあったが、その考えにはとても否定的だった。


「いつも言ってるでしょ、あまり下へは行かない方がいいって。

 下等かとうな者たちとまじわっていったい何になるっていうの」


 マーヤはアルの頭をそっとでると冷たいその目を向けてきた。


「母上、彼らだって僕たちと同じです。

 生まれたところが違うだけで何も変わらない、同じ人間ではないですか。

 そんなふうに決めつけないでください」


 懸命にうったえるアルの姿に、あきれたようにため息をつくマーヤ。


「あなたの教育を間違えたみたいね。しばらくは町へ行くことを禁じます。

 トーマス、見張っておきないさい」


 トーマスはマーヤに敬礼けいれいする。

 マーヤはアルの頬に手を添え、優しく微笑むとその場から離れていった。


「王子……」


 トーマスは心配そうにアルを見つめる。


 アルはマーヤに会うといつも辛い表情をすることが多かった。

 彼を守るのが使命なのに、本当の意味で守れていないような気がして、いつも歯がゆい思いをしていた。


 トーマスだってマーヤよりアルの味方をしたいのだが、立場上たちばじょうマーヤに逆らえるはずがない。

 自分にできることは彼の傍で彼の願いを少しでも叶える手伝いをしてあげること、トーマスはそう思っていた。


「トーマス、僕はまたセシルに会いたい」


 アルの表情は決意に満ちていた。こういう表情になったアルを止められないことを知っている。


 しかたない、また付き合うか。

 トーマスはそう心の中でつぶやくと微笑んだ。






 虫の声が静かに音をかなで、綺麗な音色ねいろが辺りを包み込む。

 夜の空気は澄んでいて、なぜか気分を晴れやかにしてくれる気がした。


 セシルは屋根の上で寝転がり、星を見上げる。


 考え事をするとき、いつもこうして星空を眺めることが多かった。こうしていると心が落ち着いて、ゆっくりと考えられる気がする。


 今日も空には星が満天まんてんに輝いている。

 ここから見える星は小さい頃から何も変わっていない。


「どうした? 眠れないのか」


 寝床ねどこにいないセシルを心配したポールが屋根にのぼってきた。

 夜中にセシルが行く場所といえばここしかなかった。


 ポールはセシルの隣に腰を下ろす。


「ちょっとな……この前、変わった奴に会ってさ」

「おまえが助けたっていう?」

「あいつのことが気になって、頭から離れないんだ」


 アルに会ってからというもの、彼の存在が頭から離れない。

 それがなぜなのか、セシルにもわからなかった。


「おまえにしては珍しいな、他人に関心持つなんて。

 俺ら仲間以外どうでもいいっていつも言ってる、おまえがさ」


 ポールの言う通りだった。


 親父と仲間さえいれば、それ以外のやつなんてみんな同じ、どうでもいい。

 なのに、アルだけは違う。

 ……あんな奴はじめてだ。


 あんな純粋でまっすぐな人間……、あの力強い瞳が忘れられない。


「きっと気のせいだ。

 俺は親父とおまえや仲間たちがいればそれでいいんだ。

 俺にはそれがすべてだから」


 自分に言い聞かすようなセシルの発言に、ポールは少し悲しそうな表情をする。


 セシルの身内以外誰のことも受け入れようとしないところが、昔から心配だった。

 もちろん、ポールだって同じ気持ちではある。


 ただ、セシルはそれが人一倍ひといちばい強かった。

 彼は家族を失ったらどうなってしまうのだろう、孤独に一人死んでいくのだろうか。

 ポールはセシルにはそうあって欲しくはなかった。


 人を愛し、人の温もりを感じ、人に囲まれ生きていって欲しい。そう願っていた。


 セシルは外見や態度から誤解されやすいが、とても心の優しい人間だ。

 統率力とうそつりょくもあり頭も切れる。

 人の上に立つべき人間なのではないかと前から思っていた。


 セシルはこんなところで終わっていい人間なんかじゃない。


「そうだな……おまえがそれでいいなら、今はそれでいい。

 俺もおまえたちがすべてだから。

 でもセシルには無限の可能性があるんだからな、それだけは忘れるな。

 おまえはおまえのやりたいように自由に生きろ」


 急に真面目な顔して変なこと言うポールに、セシルは不思議な顔を向ける。


 ポールが笑顔で拳を突き出すとセシルもそれに拳を合わせた。


 お互いの視線がぶつかると可笑おかしそうに笑い合った。

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