第2話 出会い


 町はいつものようににぎわっていた。


 たくさんの商人たちが品物を並べ、商品を売るため通りすがる人たちに声をかけていく。

 その商品を眺めながらご婦人たちが買い物ついでに商品を物色ぶっしょくしていく。

 暇をもてあました人たちが立ち止まり、井戸端会議いどばたかいぎに花を咲かせている。その隣を楽しそうに子どもたちが駆け抜けていく。


 平和な町のいつもの風景。



「さて、いいカモはいるかな」


 町へり出したセシルは人の群れを上手にすり抜けながら、一人一人盗み見ていった。


 お金に困っていない裕福そうな人を探しては盗みを働く。その下調べに町へ来ることが多かった。

 何処どこかにいい獲物はいないかと、セシルは辺りに目を光らせる。

 いかにも私腹しふくを肥やしていそうな、裕福そうなやからはいないか。


 しばらく町を散策していると、突然それははじまった。


「貴様、何をしたかわかっているのか!」


 突然、大きな怒鳴り声が辺りに響き渡った。


 声のする方へ向かうと人だかりができている。人をかきわけ、セシルは人だかりの中心を覗いた。


 そこには小さな男の子が尻餅しりもちをついて座っている。

 その子の前にはきらびやかな衣装を身にまとった親子らしき人物が、男の子を睨み見下ろしていた。


「我が息子におまえの様な庶民がぶつかっておいて、ただで済むと思うのか?」


 どうやら、遊んでいた子どもが自分の子にぶつかってきたことに腹を立てた父親が怒っているらしい。

 怒っている人物は見るからに上流階級じょうりゅうかいきゅうの者だ。ぶつかった子は下流か。

 よくあるパターンだ。


 そこへ一人の女性が駆け寄ってきて子どもの前に立ちはだかり、横柄おうへいなその男に土下座どげざした。


「大変申し訳ございません、この子は私の息子です。どうか、お許しを」


 女性はガタガタと震えている。

 えらそうにふんぞり返る男に心底怯えている様子だった。


 今この国では階級制度かいきゅうせいどが絶対になっている。


 上の階級の者が言うことは絶対で下の階級の者が逆らうことは許されない。下の者が上の者に逆らうことなど、死にあたいすることだった。

 それをくつがえすことはこの国では不可能だ。


 そんな理不尽りふじんがまかり通るなんておかしい。

 皆そう思っていてもそう発言する権利さえ下の者にはなかった。


「ふむ、いい考えがあるぞ。おまえの息子を我が息子の奴隷どれいにしよう。

 ちょうど、欲しいと思っていたのだ」


 男はさもいい案だと言うように笑っている。


 女性は青ざめた。

 もし奴隷どれいになったら一生奴隷として生き、死んでいくしかない。

 そんなことを子に望む親はいないだろう。


「それだけはお許しを、私が変わりに奴隷になりますから」


 そう言って女性は男にすがりつく。

 男はあきれたように笑った。


「おまえのような年増としまはいらん、もう少し若ければよかったのだがな」


 男は可笑しそうに笑い、彼女をり飛ばした。


 こんなやり取りを皆、黙って見ている。

 本当は助けてあげたい、間違っている。そう思っていても可愛さに何もできない。


 セシルが一歩踏み出したそのとき、


「待ってください」


 人混みの中から一人の少年が姿を現した。

 

 セシルと同じくらいの年恰好としかっこうだ。

 その少年はどこか品がありりんとして、他の者たちとは違う雰囲気を感じさせた。

 綺麗な金髪の髪から覗くのは、セシルと同じあおい瞳だった。


「お前は誰だ」


 男がいぶかしげに少年を見る。

 群衆ぐんしゅうも息をんでことの成り行きを見守った。


「その少年はただ、あなたの息子にぶつかっただけでしょう?

 謝ったら済むことだ、奴隷など到底納得できない」


 その場にいた皆が言いたかったことを彼は言った。


「なんだと? 貴様、私が誰かわかっているのか?

 貴様たちとは違うのだ、私たちは庶民しょみんのお前たちとは価値が違う。

 そのような存在にぶつかったことは大罪たいざいにあたる」


 男の理不尽な言葉を聞いた少年は、躊躇ためらうことなく堂々と言い返す。


「あなたがどんなご身分の方かは存じませんが、人間は誰だって平等です。

 生まれなど関係ない!」


 はっきりと言う少年の瞳はとても力強く、言葉には人を納得させる力があった。

 この場にいる皆が心の中で彼を応援していた。


 男は何とも言えない表情で悔しそうに顔をゆがめ、怒鳴り散らした。


「ええい! おまえなど、一族諸共もろとも処刑だ! こいつを捕らえろ!」


 後ろにひかえていた家来にそう命令すると、家来たちがやりを構え、少年を取り囲む。


 セシルが動いた。

 その少年の手を取り、その場から急いで逃走する。


「え? 君は?」


 少年は驚いていたが、後ろの追っ手を振り切るため従うことにしたらしい。抵抗することなくセシルに身を任せている。


 この少年はとても賢い。

 現状を把握し何を優先すべきか判断することができる。


「こっちだ」


 セシルはこの町の地形を誰よりも把握していた。

 小さい頃からずっとこの町で生きてきたのだ。スラム街の抜け道なら誰よりたくさん知っている。


 抜け道を何度か走ると、追っ手の姿は見えなくなっていた。

 二人は路地裏ろじうらで腰を下ろし息を整える。


 体力に自信があったセシルもさすがに息があがっていた。

 少年もだいぶ苦しそうに肩を上下に揺らしている。


「おまえ、無茶むちゃするな……」


 セシルが少年に話しかけた。


「そうですか? 当たり前のことをしたまでです」


 少年はとてもんだ瞳で答える。


「でも、もう少し考えて動けよ。でないと命がいくつあっても足りないぞ」


 親切心から忠告ちゅうこくすると、少年は不思議そうな顔を向ける。


「嫌です。あのとき自分の気持ちに嘘をついて動かなければ、きっと自分を許せなかった。僕は僕のために動いたんです」


 セシルはあきれた。


 何なんだこいつ、馬鹿がつくほどお人好しだな。

 こんなまっすぐな奴見たことない。


「おまえ、よくそんなんで今まで生きてこれたな?

 よっぽどいいとこの坊ちゃんなんだろ」


 その言葉を聞いて、少年の瞳は揺れた。


「そうですね……、僕は恵まれていると思います。

 だからこそ、人のために尽くさなければいけないと考えています」


 よくわからないが、めちゃくちゃ真面目な奴だな、とセシルは感心した。

 今どきこんな奴いるんだ。

 こんな奴が王様だったらきっといい国になるのにな……なんて考えてしまい、セシルは自虐的じぎゃくてきに笑った。


 この国の政権は腐ってる。

 現王が政権を握ってからこの国はおかしくなった。

 階級制度が顕著けんちょになり、上の階級の者たちが大きな顔でのさばるようになっていった。

 下の者は上の者に献上けんじょうし、上の者は下の者から全て奪う。

 上の者は何をしても許され、下の者は何も許されない。

 上の者たちのために下の者たちは生き、そして死んでいく。


 こんな国……間違ってる。上だとか下だとかクソくらえ。


「あの……」


 少年が遠慮がちに声をかけてきた。


「先ほどは本当にありがとうございました。

 あなたが助けてくれなかったら、僕は大変な目にあっていたかもしれません、感謝します」


 少年が深々とお辞儀じぎをするとセシルは少し照れくさそうにそっぽを向く。

 こういうことにはあまり慣れていない。


「私は、アルと申します。お名前をお聞かせくださいますか」


 その丁寧な物腰ものごしはやはりどこか気品を感じさせた。

 セシルとは正反対だ。


「……セシル」


 セシルがぶっきらぼうに答える。


「セシルさん、いいお名前です。またお会いしたいです」


 アルは笑顔で手を差し出した。その瞳は澄んだ輝きに満ちている。


 こいつはきっと住む世界が違う人間なんだ。

 そう思いながらもセシルはアルに惹かれている自分がいることに戸惑う。


 セシルは視線をらしながらアルの手をそっと握った。

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