ツインプリンス ~運命~

桜 こころ

第1話 運命


 ある国に、二人の王子が生まれた。


 一人は王ときさきの子、もう一人は王と妃の妹の子。

 そして、王が心から愛したのは妃の妹のサラだった。



 妃はとても欲深く、我がもののように政権を握り、国を思うがままに操っていた。

 王はそんな妃を止めることができず、いつしか彼女への愛も冷めてしまった。


 妃のわがままに疲弊ひへいする王を支え続けた心優しいサラに、王が惹かれたのは必然だった。


 サラは昔から王をしたっていたが、その心をそっと胸の奥にしまい込み、姉のため身を引いていた。

 しかし、サラは王の苦しむ姿を幾度いくどとなく目にするようになり、自分の気持ちに嘘をつけなくなってしまった。


 表面上は妃が王の妻として君臨くんりんしていたが、王の心の中にいたのはサラだった。


 そんな王とサラのことを知った妃は激怒げきどし、サラを追放ついほうしようとしたが、王がそれを許さなかった。


 そんなとき、サラに子どもができた。

 王は大変喜び、次の跡継あとつぎはその子だと告げた。


 このままではサラに全て奪われてしまう。

 妃は焦った。

 王の愛も、権力もすべてを失ってしまうかもしれない。それだけはどうしても回避したかった。


 妃は考えた。

 そして一つの恐ろしい明暗めいあんが思い浮かぶと、その美しい顔をみにくゆがめ笑った。




 皆が寝静まった頃、妃はサラの寝室へと忍び込み、そっと子どもを抱き上げた。

 すやすやと眠る赤子あかごの顔は、これから起こることなど想像もしていない安らかな顔をしていた。


「さようなら、王子」


 妃は不気味ぶきみに微笑むと、子どもを抱え城の外へ向かった。

 待機させていた家来に王子を渡すと、妃は冷たい瞳で言い放つ。


「こいつを遠くへ連れて行き、殺せ」


 家来は王子を抱え、森へと消えていった。


 妃の高らかな笑い声が、夜の静けさの中響き渡っていた。





 ひずめの音が静寂せいじゃくを破っていく。

 夜の森を一匹の馬が駆け抜けていった。



 できるだけ遠くへと思っているうちに、町のスラム街へと辿りついた。


 町の最果さいはて、ここには最下層の人間しか住んでいない。さすがの妃もこんなところまで足を運ぶことは決してないだろう。


 眠る王子の顔を見つめながら男は苦悶くもんの表情を浮かべる。


「俺に、殺せるわけないだろ」


 男は手にした毛布を赤ん坊に優しく巻いて、道のすみの方へそっと置いた。


「どうか、生き延びてください」


 王子に一礼し、男は再び馬に乗り走り去っていった。



 ※   ※   ※



「セシル!」


 セシルと呼ばれた少年が振り返る。


 黒い髪の毛からのぞく綺麗なあおい瞳が印象的な少年だった。

 健康的な焼けた肌にところどころ傷の跡が目立つ。着ている服もボロボロで破れたりよれたりしており、いている靴もどこか古びて色あせていた。

 頬についた汚れをぬぐいながらセシルは微笑んだ。


「今日の取り分な」


 近付いてきた少年がセシルの手に金貨を一枚渡した。


「お、すごいじゃん、金貨だ」


 セシルが金貨を見て興奮する。

 金貨なんてめったにお目にかかれる代物じゃない。


 目を輝かせてセシルはその少年を見た。


「どうやって、手に入れたんだ? ポール」


 ポールは自分の分の金貨を見せて誇らしげに笑った。


 セシルよりも少しだけ高い身長と大人びた顔立ち、そして女性のように長い茶髪の髪を一つに結んでいるのがポールのトレードマークだった。


「いいカモがいたんだ。

 裕福なご貴族様、くすねてやった」


 ポールは胸を張り、へへっと嬉しそうに笑う。

 二人はお互いをたたえるように拳を合わせた。




 ここはスラム街。


 二人は幼い頃からこのスラムで盗みを働きながら生活を送っている。

 

 現在16歳。


 セシルたちにとって生きるすべは人から奪うこと。

 物心ついた時から与えられることはなく、人から奪う方法しか教えてもらえなかった。

 もちろん学校なんて行けず、仕事をしようにもスラムの者を見るとみんな嫌な顔ををして門残払もんぜんばらいだ。町で働く場所なんか何処どこにもなかった。

 裕福な者たちから奪う、そうすることでしか生きていく術はない。


 それがセシルたちの当たり前、日常だった。




 二人はいつものように競い合いながら家路いえじを急いだ。


 ただ帰るだけじゃつまらない、二人で勝手にルールを作って負けた方が当番を変わるなどのゲームをして遊ぶことが多かった。


 町のはずれにあるスラム街。

 そのスラム街のはずれには森があった。


 その森は昔から魔物が住むと噂され、スラムの者たちでさえ恐れ、なかなか足を踏み入れようとはしなかった。


 そこにセシルたちの住処すみかはあった。


 スラム街から森へ入る。

 森の中をしばらく走っていくと小屋が見えてきた。


 その小屋は小さく決して立派な建物ではなかったが、セシルたちにとってたった一つの大切な場所だった。


 深い森の中にその一件だけが存在し、周りに家屋かおくは一切なかった。

 その小屋だけがその空間にポツンとあり、存在感をしめしている。


「ただいま」


 二人が勢いよく扉を開けると、そこには怖い顔をした父親のロジャーが腕組みをして二人を待ち構えていた。


 大きくて筋肉質な体に強面こわもての男が仁王立におうだちで待ち構えるさまはかなりの迫力がある。

 二人は嫌な予感がしてお互いの顔を見た。


「おまえら、遅いじゃねえか!」


 言い訳や逃げる暇を与えることなく、二人の頭にロジャーの鉄拳てっけんが振り落とされた。


「いってー!」


 二人の声が響いた。


 激しく痛がる二人。

 その様子を見ていた周りの仲間たちが可笑おかしそうに笑っていた。


 ここにいるのは皆、本当の家族ではない。


 大人は父親代わりのロジャー。

 そして16歳のセシルとポール。あと年下の三人の少年たちが一緒に暮らしていた。


 ここにいる少年たちは皆、ロジャーがスラム街で捨てられていた孤児こじを拾ってきて育てた子どもたちだった。





 ロジャーは一匹狼いっぴきおおかみで、昔から森の外れで一人静かに暮らしていた。


 彼もまた両親に捨てられ、スラム街で育った人間だった。

 人を信じず、人から奪うことでこのスラム街を生き抜いてきた。


 裕福な者から金品きんぴんを奪い、一人孤独に生きていた。

 それで特に困ることもなかったし、ロジャーは満足していた。

 一生このまま一人で生きていくのだと思っていた。


 あの日、セシルを拾うまでは……。






 セシルを見つけたのは偶然だった。


 その日、ロジャーは行きつけのバーで飲んだあと、家に帰ろうとフラフラ歩いていた。


 すると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。


 こんな真夜中に外で赤ん坊が泣いている。

 興味が湧き、その方向へ吸い寄せられるように歩いていった。


 すると道の端の方で毛布に包まれた赤ん坊を見つけた。

 赤ん坊を抱き上げると、なぜかすぐに泣き止んだ。


 ロジャーの顔はとても怖く、大人でも恐れるような風貌ふうぼうをしている。

 それがこの赤ん坊はその顔を見て笑ったのだ。


 このとき、今まで感じたことのない何かが自分の中に芽生めばえるのをロジャーは感じていた。

 この感情がなんなのかわからなかったが、赤ん坊をここに置いていくことはできず、家に持ち帰ることにした。


 スラム街にはときどき、子どもが捨てられていることがある。

 お金に困った親が子どもを捨てにくるのだ。


 今まではそんなことは気にもとめていなかったが、セシルを拾ってからというもの、ロジャーは子どもを拾ってくるようになった。


 ロジャーはセシルとその子どもたちを我が子のように育て、生きる術を教えていった。

 彼が教えられることは、人から奪うことしかなかった。


 しかし、たった一つルールを作った。

 貧しい者からは取らないこと、裕福な者から奪うこと。


 子どもたちはそれを守り、優しい子に育ってくれた。

 きっとこのスラムでも一人で生き抜いていける、そんなたくましい人間に育った。


 ただ一つ、ロジャーには気になっていることがあった。


 セシルを包んでいたあの毛布、あれには王家の紋章もんしょうが刻まれていた。


 セシルはもしかして王族なのではないか、そんな考えが頭をよぎる。

 しかしすぐにその考えにふたをした。


 まさかそんなことあるわけないという思いと、もしも本当にセシルが王族なのだとしたら、自分とは住む世界が違う。

 セシルとは一生会えなくなるかもしれない……、そんな不安が頭を支配する。



 ロジャーはぐっすり眠るセシルを見つめ、頭を優しくでた。


「おまえは俺の子だ」


 そう自分に言い聞かせるように、つぶやいた。

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