道中エンカウント⑦

「そろいもそろって意味が分からねぇことしやがって。もっと常識に沿った行動をしやがれ、うちの部下が全員破裂しちまったよ、なぁ?」



ゆっくりと沼の底から体が這い上がってくる。

俺の腕を掴んだその腕は万力のように固い力によって、絶対に獲物を逃がさないという意志が感じ取れるほど。


ずるり、と顔が見えるようになった。


顔の皮膚は大部分が破けているが、そんなこと関係ないとばかりににやりと笑顔を作っている。その灰色の目からは楽しさは感じられず、敵を屠ることしか考えていないことが誰の目にも明らかで。

まさしく狂気。狂っている人間にしかできない表情と芸当。だがヌイが時折見せるそれとは別物で、受け入れがたい狂気だ。


なぜ、あの攻撃を食らってなお生きているのか。

なぜ、このような状況になってすら戦うのか。


今そんなことを考えている時間は無い。相手はすぐそこにいて、今まさに俺の首を狙っているのだ。



「スー!大丈夫!?」

「そこを動くなよクソアマァ!!お前の大事なお人形さんが傷ついちまうかもしれねぇぞ?」



そう言うや否や俺の手首をギリギリと締め上げる。腕の血が止まりそうなほどの腕力は、俺の顔を苦悶の表情に変えさせるには十分すぎる威力だ。


ヌイは俺の表情を見て思わず足を止めてしまう。相手を殺す力はあるのにそれができないという状況に置かれ、彼女は歯がゆい思いをしていることだろう。



「…なぁクソガキ、俺はよ、上に上りてぇんだ。上に上るためには力が必要なんだ」

「…」

「お前が俺の部下を殺した時点で和解なんてありえねぇ。だが、俺はお前の力が欲しいんだよ」



この男は立ち上がり、右腕で俺の腕を掴んだまま左腕で俺の襟首をつかむ。身長差が大きく、俺は地面から足を離してしまうほどに持ち上げられた。

顔が俺の前に近づく。荒々しい息が俺の顔に吹きかかり、このまま食べられそうな勢いを感じる。


そんな奴の目は…緋色に輝いていて、少しだけ綺麗に思えた。



「お前のさっきの言葉、聞いたぞ。ってのをしたらスキルが手に入るんだな?」

「…ッ」

。その解析とやらは、どうやって使っている?」



何故だろうか。

この男の言葉には、逆らえない圧…いや、カリスマのような物を感じてしまった。俺の事を話してもいいと思えるほどのカリスマを。

…こうやって敵対していること自体が、何か悪いことをしているとすら思えてくる。


ヌイが何かを言っているような気がするが、周りの音が入ってこない。今話している俺たちの空間以外の音がすべて切り取られ、一対一の面接…いや、話しやすい友達と通話しているようで。



「…解析は、ただデータを直しているだけだ。俺が力を使えることの副産物でしかない」

「副産物?」

「俺が持ってるのは、権限だ。集めたデータを使えるというもので、今回の旅もデータを直すための旅に過ぎない」



言葉がするすると流れ出る。この世界の住人に言うつもりは無かった言葉。

だが、どこか罪悪感のような物もあったのだろうか、まるで懺悔室にいるような気分で本音を連ねる。



「データ…?権限?…なんだ…どういうことだ?」

「……わからないか?この世界はゲームの中なんだよ。ステータスは無くとも、確信を持って言える。俺は世界を作る権限を持っているし、好きに作り変えることだってできる。まぁ、今はまだ自由にはできないんだけどな」

「…………」

「つまりはまぁ、俺とヌイは神ってことだよ」



俺の言葉に動揺を隠せないのか、少しだけ手の力が弱まった。表情は困惑に包まれ、俺の言うことが理解できないと言った様子。

それもそうだ、急に「お前の住んでる世界、ゲームの世界だから」とか言われても意味が分からないだろう。まず相手が異常者だと思う方が先だ。

だが、こいつはそうではなく、まるで本当かどうかを精査しているように考えを巡らせている。こんな物、一考の余地すらないはずなのに。



「…俺はまだお前の言うことが理解できてねぇ。この世界がゲームだぁ?お前が神だぁ?」

「そりゃあ信じられないよな。俺も逆の立場だったら同じ意見だよ」



この男は、そうじゃないとかぶりを振る。



「いいか?俺の固有スキル【人心掌握術】はな、相手に本音を話させることができんだよ…条件はちと厳しいが、嘘が付けなくなる。だからお前らがそんな与太話を心の底から信じてる異常者じゃない限りは本当ってことだ」

「…てことは、俺の話を信じるのか?」

「逆だ。信じざるを得ないってことだよ」



一息つくと、困惑の表情は消え、覚悟を決めた表情に戻った。いまだに瞳は緋色に燃え、煌々と輝き続ける。

この瞳が、きっと先ほど言っていた【人心掌握術】のスキルの光なのだろう。



「その上で、だ。質問に答えやがれクソガキ…どうすればお前の力を使うことができる?」



どうすれば…も、俺もプレイヤーだから、としか言いようが無いが…。

スキルの使い方、何かあっただろうか…と記憶を巡らせていくと、記憶にちらつくところが出てくる。

ヌイ…そうだ。ヌイも最初は使えなかったはずだ。彼女は俺が作ったのだから、最初は所有物ということになっていた。であれば…彼女がプレイヤーになれた条件。それは…



「…神権限の付与…そうだ、神権限を付与した人間なら、俺と同じスキルが使える」

「ほう…なら俺にそいつを付与しろ。そうすれば俺も…いや、なんでもねぇ」



ヌイにした時のことを考えれば、ただ権限を持っている奴が付与すると願えばできるだろう。

しかし、だからと言ってはいそうですかと神権限を付与するわけにもいかない。一つ、重要な質問をしなければ。



「その前に…一つだけ質問をしても?」

「…わかった」



俺がヌイに権限を付与したのは、俺が作ったからとかそういう理由ではない。

彼女の事をきちんと理解していたからで。


手元にあった端末が震える。これは、シャルからの合図だ。きっとあいつも今の俺たちの会話を聞いていたことだろう。

ヌイ程ではないにしろ、シャルは俺の心を読む。では、どれほど俺の心が読めているかの確認がてら、スキルを発動してみよう。


(【人心掌握術】、発動)


視界が少しだけ明るくなった。傍から見た時、俺の目は緋色に輝いていることだろう。

流石シャルだ。言わなくてもわかるというのはやはり素晴らしい。それでこそ専属AIを名乗れるというものだ。



「お前は、世界を掌握する程の力を手に入れたとして…どうやって使う?」

「く、ふはは…そんなことか?俺は…」



俺が発動した【人心掌握術】の効果により、相手の体にうっすらとオーラが纏う。先ほどの俺もこんな感じに見えたことだろう。

こいつは、こんなスキルを使ってまで俺に質問してきてるんだ。よほど叶えたい願いか、もしくは下卑た願いのどちらかを持っていることだろう。


…本音を引き出したとして、その本音が正解かどうかを判断するのは、俺だ。



「勝たなきゃいけねぇんだよ、あの塔のてっぺんにいる、俺の兄貴に。そんで…この星を、俺のモンにする」

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