旅仲間と、相棒とお仕置きと

「え…もしかして…特雑務型…!?」

「いえーい!ミコさん!伝票もってきまうわーーー!!!!特型!!!!」



ミコは驚きのあまり腰を抜かし、戻ってきたキサラギは伝票をばら撒く。

…なんかこいつらの驚き様結構面白いな。まるでチート系主人公が最強格の敵を軽々狩ってきたところを見たギルドの面々だ。いつだって彼らは主人公と読者に新鮮な喜びを与えてくれる、素晴らしいキャストの方たちだ。いくら貰ってるんだろう?



「ミコ…あなたは私のマスターを寝取ろうとしましたね?」

「言い方」

「え…や、ちが…」

「マスターを寝取られそうになった私が、いったいどのように脳が焼かれそうになったかを懇切丁寧に説明してあげましょうか」



ゴゴゴと効果音が付きそうなほどに気迫がある喋りをしているのに、その内容といったらただNTRにお気持ち表明しているだけという。別に自分こそが専属AIだと言い張るのはいいけどそれを使って他AIに威圧するんじゃない。


なんもわからんと言った様子でキサラギがこっちに近づいてきて、静かに耳打ちする。



「なにがあったんすかこれ?」

「俺の専属AIが暴走してるだけだ。ちょっくら止めてくる」



さてどうやって止めようかな、と思いながら席を立つ。

二人は既に上下関係が決まっており、さながら怒られる子供と叱る母親。もしくは新参メイドとメイド長のお説教タイム。

そこに父親として、もしくはそこの主として入っていくならどのようなセリフが良いだろうか?



「あー…シャル、一旦家族会議だ」

「ま、マスター!やはり私の方が”家族”ですよね!こんなぽっと出の女に盗られるような関係ではないですよね!」

「いやシャルは犬枠だけど」



シャルがこの世の終わりみたいな絶望顔で俺にしがみついてきた。身長差がある(俺の方が低い)ので、しがみつくというよりかはもはや俺を抱きしめている。

たわわな胸が俺の顔に当たり息ができなくなると同時に思わず「うわでっか…」と呟いてしまう。

それをいいように思ったシャルはさらにぎゅっと俺を抱きしめ、顔を耳元まで近づけてきた。



「ふふ。マスターも男の子ですからね。私が犬ではなくマスターの専属AIだということをたっぷりと知らしめてあげましょう」



ヤバい、矛先がこっちに向いた。呼吸の仕方も動物のように早い。へっへっへと呼吸をする度に俺の首元に生暖かい息がかかる。顔もなんかちょっと狂気感じる顔しているし、これ多分ヌイと同じレベルの感情の発露があるんじゃないか?

こうなったら厳しいぞ。俺も経験があるからわかる。一度こうなると誰かがやめようと言っても無限にやめなくていい理由を出してくる。そして俺はそれに流されてしまうタイプだ。万事休す。



「へへ、マスターを満足させられるのは私の方なんですよ。好みを完璧に網羅した私に隙は…あれ?」



だが、焦ることなかれ。飼い犬というのは、往々にして躾をする人がいるもので。



「シャル」



いつの間にかシャルの後ろに立っていたヌイが、シャルの首元をむんずと掴み、ひょいと持ち上げた。ついでにシャルに掴まれている俺も持ち上げられる。

俺とシャルが反応する前に俺らは片手ずつで引き剥がされ、俺は元の椅子に丁寧に座らされたかと思うと、ヌイはシャルを連れたまま外に向かって歩きはじめる。



「え、ちょ、ヌイ??」

「スー?ちょっと待っててね!に教えることがあるから!」



小脇にシャルを抱えたままずんずんと進み、ついには車の前までついた。流れるような手つきでトランクを開ける。



「確か…この車って防音だよね?」

「…え?ちょ、ちょっとお待ちくださいヌイ様!お願いです!」



その間、ヌイはずっと笑顔。それも、少しも表情を崩さない、完璧な笑顔。

それが…とても恐ろしく感じた。だってその笑顔はどう見たって…



「いっぺん言いたかったことがたくさんあるんだよねぇ…スー?すぐ終わらせるから!オラッ早く入れや!」

「マスタァァァァァ!!!怖いです!!!こんな恐怖を感じたのは初めてです!!助けてマスター!!!!たす」



バタン。


どう見たって、悪魔の笑顔なのだから。



---



「んで、特雑務型って?そんなビビるようなもんなの?」

「いーーやいやいや…全ッ然空気変わってないから…。そんな場面転換しましたみたいな雰囲気出してもこの状況なーんも変わんないから…」

「…ヌイさんってあんな怖いんすね。スーさんに対してもこんな感じっすか?」

「俺は俺で後でお仕置き受けることになってるから変わらん」

「わーお…それはお気の毒に…」



まぁ仕方のないことだ。相棒がやりたいと言ったら、相手はそれを尊重するのが俺たちの中の暗黙のルールなんだ。じゃなけりゃヴィクトルとの戦闘の時も俺が避けタンクをやるのを嫌がっただろうし。

一長一短という奴だ。


ちなみに、特雑務型というのは、雑務型というなんでも屋アンドロイドの中でも特別な立ち位置にいるらしい。簡単に言えば執事とかメイドとかが特雑務型であり、掃除屋やこまごまとした作業ができるタイプは汎雑務型だとか。

んで特雑務型は大抵の場合オーダーメイドであり、性能については未知数。皆がこぞってその秘密を隠したがる為、いろんな噂が飛び交ってしまい、その結果怖いものだと思ってしまったらしい。

まぁ…先ほどまでの光景で、その恐怖も吹き飛んでしまったようだ。本当はしっかりした奴だと伝えたのだが、彼らの目から疑惑の意思が晴れることはついぞなかった。


少しだけ先ほどの光景の感想を言い合った後、改めて通常の会話に戻ることにした。





「なるほどっすね…確かに人々がいつまでも戻らなかったって考えると…ここで働いててもあんまり意味ないっすかね?」

「そうでしょー?だから新しい主兼相棒をーって思ったんだけど…どうやらお邪魔だったみたい?」



あまり状況がわかっていなかったキサラギにも現状を伝えたところ、うむむと声を出して悩み始める。ミコに関しては先ほどの俺らを見てちょっと引き気味だ。それについては俺も同意見。

このまま俺が何も言わなければ彼らは今後もここで働き続けるのだろうか。もしくは例の観光客が興味を持てば連れて行ってくれるのだろう。

…もしくは、活動限界時間までずっとここで働き続ける。それが、何十年何百年であろうとも。


後者は正直あまり考えたくないな。この世界がネクラで作成した世界だとはいえ、その存在が嘘ということにしたくない。じゃないとヌイやシャルの気持ちが嘘になるから。



「そう…だな。まぁ確かに、俺には既に相棒も専属AIも間に合ってはいる」

「だよねー。じゃあわたしたちはここでお別れかな」

「うっす。寂しいっすけどね…」



ミコは頑張って笑顔を作っているが、未来の事を考えてしまって表情が暗くなる。俯いて、服の裾を掴んで感情が溢れるのを押さえているようだ。

キサラギは強く悲観する様子はない。だが、彼の奥底には確かな強い欲求がある。しかし…彼の根の部分が真面目であるから外に行けないのだ。だから、悩んでいても表面だけはへらへらしている。誰にも、心配をかけることは無いように。

…きっと、彼らは元の相棒の事を思い出している。そして、急に消えた日の事も。

相棒を失う気持ちは…俺にはまだわからない。ヌイも、シャルもこのネクラ内では不死身で、いつも一緒だ。

でも、同じように失う時が来た時。俺は…


覚悟を決めた。彼らの、人生に足を突っ込む覚悟を。



「でも、旅仲間はいない」



一度暗くなりかけた表情が明るくなる。顔を上げて、笑みを浮かべ、俺がこれから何を言うのかをしっかりと聞こうとしている。

その言葉が、きっとその後の運命を左右するのだから。



「決めたよ。この旅で、君たちの相棒を探しに行こうか」



これは、覚悟であり、未来への布石。

いつか同じ様な状況に陥った時、誰かにそうして貰う為。

確かに完全な善意ではない。でも、そんなものはどこにも無いということも知っている。


だから。



「わ…わたし…ッ!うん…うん!ありがとう…!」

「あはは…よくわかったっすね…僕らがそれ気にしてた事」

「俺も同じ状況になったらって考えたら理解しただけだ」



偽善でも、相手側からしたら、善意であると。

少なくとも、俺はそう思うことにした。

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