研究室に訪問する俺らと、相棒たちの行動の理由

かつり、かつり。

3人分の足音が廊下に響き渡る。それ以外の音は聞こえない。

だからと言って、そこにいるのは3人だけということもない。むしろ、人通りは多い方だ。

帰宅しようとしている奴や、これから研究室に行こうとしている奴。ただ廊下でくっちゃべっていた奴だっていただろう。


その誰もが、音を立てることを忘れ、そいつらを見る。



そう、俺を抱っこしているヌイ、片腕が義手のシャル、めちゃ困惑しながらついてきているミグの事だ。



どうして未だに抱っこされているかって?はは。


降ろしてくれないんだよ。みんな見てないで助けて。




「一度スーの所属してる研究室に挨拶に行ってもいい?」

「…」

「ヌイ様、マスターは睡眠に入られているのでは?」

「え~、そうなの?んふふ、かわいいねぇ…」

「…明らかに返事をする気力が無いだけだと思うんじゃが」



こいつらのうち、1人だけ正解だ。3人もいて正答率が1/3なんて低いな。というかシャルはわざと間違えているだろ、お前が俺の体調をモニタリングしてるの知ってるんだからな。

簡単な問題なのに間違えるなんて、まだ大学に行く資格が無いんじゃないか?一度小学校からやり直すために帰りませんか?あ、ダメ?そうですか…


それはともかく、この人達はなぜか俺の事を研究室に連れて行こうとしているらしい。

本当に突拍子の無いことで、俺は一切説明を受けていない。彼女たちで既に行くことを決めてしまったわけだ。



ちなみに、俺は大学2年だが既に研究室に所属している。

うちの大学は2年になったら研究室に参加し、そこから3年間ずっとそこで研究をするのだ。

3年も時間をもらって何をするのか…?と言われれば…まあ本人次第である。


俺はやる気が無い人間なので、行事も研究も出席も自由な、フリーダムな研究室を選んだ。目標とか無かったし。ちなみにミグも同じ理由で一緒の研究室を選んだし、最初の顔合わせすら自由だったので参加せずにミグとゲーセンで遊んでいた。

…なお後から聞いたのだが、この研究室は「おかしい奴しかいない」「社会不適合者共の巣窟」「こいつらが社会で生きていけるかが心配」とささやかれているらしく、俺も同類だと思われているらしい。なので少し気にした時期もあったが、割とすぐに慣れた。別に友達が多いわけじゃなかったから噂になることもなかったからな。



「で、スー?ほんとは起きてるんでしょ?今のところ、なぜ私たちが研究室に行くかを疑問に思ってるんじゃない?」

「…………まぁそう…」

「えへへ、やっぱり寝てるふりだったんだ。そんなに私に抱かれるのが好き?」

「あーーー!!今めっちゃ元気!!!!すっげーーーー歩きたい気分だなぁ!!!」



降ろしてくれと全力で抗議したが…ヌイは降ろしてくれなかった。こいつ…押しが強すぎる。


そんなこんなで話しているうちに研究室までついた。道中はおよそ数分ではあったが、その間すべての人間が俺を見ていて、時折口笛を吹いてくる奴もいた。あいつ顔覚えたからな…

とにかく、結局俺はなぜ研究室まで連れてこられたかわからないまま扉の前についた。

扉には、【中研にようこそ!!】と書いてあるが、この中が【なか】なのか【チュン】なのかは知らない。後者だったら麻雀を思い出しちゃうな。

…俺、実はこの部屋に入ったこと無いんだよな。今までリモートで大丈夫だったし、人と会う必要が無いって聞いてこの研究室を選んだから。


だから…俺は素直に緊張していた。

その姿を感じ取ったヌイが、流石に俺を降ろしてくれた。やった、これで人としての尊厳を手に入れたぞ。

あとはいつもの調子で行くだけだ。最近の出来事に比べれば怖くとも何ともないのだから。




「すいませーん、スーのクラスメイトの者ですが」



ヌイが勢いよく扉を開けて入る。

バタン!と音を立てて開いた研究室の中は、おおむね予想通りだった。

窓からは日の光が燦燦と入ってきて部屋全体をまぶしいほどに明るくしている。研究室の内装の色使いが木材の色をふんだんに使っており、なんとなく喫茶店のような雰囲気を感じさせた。

机は十数人分が十分に座れるよう配置されており、そのうちのいくつかの席が物で溢れている。

また、研究室の一部のスペースはミーティングエリアとなっており、ここで来客対応をするのだろう。…埃が溜まっているので、しばらく使っていないようだが。


と、ここまでは予想通り。


だがやはり噂通りの場所のようで、違和感が見受けられる。

まず、研究用の器材と思われるものが随分とレベルが高いものに感じられる。

一般の人が割と無理して買うようなものがその辺にごろごろしているし、業務用と思われるVR機器等も保管してあるようだ。

そして…今最大の違和感は。



「…誰もいない?」



現在の時刻は大体15時ぐらい。自由な研究室とはいえ、誰もいないなんてことはあるだろうか。これだけ機材が揃っているのだから、誰かが使っていないとおかしいだろう。


試しに中に入ってみてもう一度声を出しても、なんの反応も無い。


疑問に思いつつも、自分の席と思われるところの椅子を引く。

…いや、別にこの研究室に自分の席があるとは思ってはいないが、座るとしたらこの辺りがいいなと思っただけだ。窓に近く、あまりほかの人の視界に入らない端っこの席。


俺が適当に席を決めて座ると、ほかの各々も椅子を引っ張ってきて座る…



「…いや、なんでヌイは俺が座ろうとした席に先に座っちゃうの?」

「え?いやぁ…そうしないと後ろから抱けないじゃん?」

「…シャルはなんで俺の斜め後ろに立とうとするの?」

「マスターをお守りするのが私の役目ですので」

「…カズも苦労しているのじゃなぁ…」



ミグは難しい顔をしながら隣の机の椅子を引っ張ってきて座る。

まともに座ったのはミグだけだ。ほんと、ミグを見習ってほしい。口調はアレだけど唯一の常識人枠として大事にしなければ。



と、研究室にも来たし、腰を落ち着ける場所にもついた。

そろそろ本題を聞かねばなるまい。



「…さて、そろそろ俺たちがここに来た理由を教えてもらってもいいか?」

「わかったよ。…実は、図書館で調べものしてるときに妙な噂を聞いてね…」



流石にここでもったいぶるような行動はせずにヌイは行動原理を教えてくれた。


結論から言うと、この研究室にいるとある方が俺たちの力になってくれそうだ、ということらしい。


詳しく聞いてみると、図書館で情報収集をしていた二人だが、明確な目的が曖昧だった為、一度二手に分かれようということになり、ヌイは移動が楽になるような技術を探しに、シャルは戦闘向けの雑誌を探しに行ったそうだ。なお、このタイミングでシャルは人の形になるのだが、素体はヌイから拝借したものの、ほかの服装や機能などは俺の趣味趣向を反映して構築したとのこと。

…この時点でもう恥ずかしくて穴に入りたいレベルだが、本来はもっとケモレベルが高い状態を目指していたらしい。つまりは人型でありながらマズルを付け、体毛を生やすぐらいやろうとしていたわけだが、流石にほかの人が見ているということで今の状態に落ち着いたらしい。これでも抑えてる方なのかよ。

シャルがああなった理由は置いておき、あの体で情報収集をしていると、右腕のロボットアームを見た一般人がすごいすごいと噂をはじめ、話題の中心になったらしい。

そうして話をしているうちに、とある人物の事を耳にする。


「すごい技術で動いてるんだな!このレベルだと…君ってもしかして【中研】の人だったりする?」

「…ああ、確かに【中研】の人だったらありえるな。なんせ、例のあの人がいるもんな!」


「「苦情先輩が!」」


その苦情先輩とやらの話を聞く限り、相当な技術力を持った人だとか。後本来の名前は「九条」らしいのだが、やらかしが多すぎて苦情が殺到したことから苦情先輩という名前が付いたそうだ。

そんな人の技術を解析できるのであれば本から知識を得るよりも心強いということでこの研究室を訪ねるに至ったそうだ。

なお、俺がこの研究室に所属していたのは単なる偶然らしい。



「…というわけで人に会う用事なら先に済ませておいた方がいいよね?スーが勉強する時間はまた後で取ろうね」

「…………ああ、あの時シャルが囲まれてた理由もわかったけど…だからって無理やり運ばないでもよかったじゃんね…」

「九条、か。懐かしい名前じゃの」

「え、ミグ、それってどういう…」



ミグが何か意味深なことを言ったので理由を聞こうとしたとき…


研究室の扉が勢いよく開かれた。



「ばーーーん!!!!九条ちゃんのご帰宅や!!みんな雁首揃えてあたしを出迎えてくれや!!ま、誰もいないんだけどな!!!! !!!!ガハハ!!!」



…思ってたより勢いが強い人だった。

これは…また疲れそうな人だ。そろそろ胃薬とか用意した方がいいかな?

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