決意と、相棒との逢引き
現在の時刻、夜の11時。
俺は電気のついた部屋の中でぼーっとして…いない。
ならどこにいるのかというと。
「ねぇ…ここって」
「んー?まぁ…子供のころよく遊んだ場所、かな」
今、家の裏手にある小さい丘に来ていた。ちなみにシャルは置いてきた。なんでって?言わせないでくれ。
この場所にはフェンスが敷かれており、通常入ることはできない。だが、クソガキのころの俺はフェンスが壊れている部分を目ざとく見つけて侵入したことがある。
侵入した直後は木が生えていて周りがよく見えないが、どんどんと進んでいくと、急に視界が開ける場所がある。
丘の上まで上ると木々は見えなくなり、夜空の星々が輝く。
静かな風が俺とヌイの間を通り抜け、彼女の長い髪を揺らした。クリーム色の髪が、今は銀色にきらきらと光っているようだ。
ここからは満天の夜景が…と行きたかったが、あいにく田舎なので、眩しく光るネオンも、煌々と照らすビル街も存在しない。むしろ田んぼしかない。
田んぼを突っ切るように一つだけ道が通っており、車が何台か通っていく。田舎道なのでそこまで交通量は多くない。
切り立った崖の近くにちょうどいい切り株が生えたままになっており、俺はそこに腰掛けた。
この切り株はなぜかずっとこのままの状態で子供のころから切り株だ。全然枯れる気配とかないし、切られた時のようにみずみずしい。
「…懐かしいな…。子供のころはよく来てたのに、いつの間にか来なくなってた」
「………スーの記憶でしか見たことなかったけど…綺麗な場所だね」
ヌイが俺の隣に腰掛けると、星空を見上げながらそう言った。
そんな彼女の横顔は少ない町明かりに照らされており、いつもより美しい。
今まで…まぁ実際にこうやって対面で話せたのは最近だが…こうやってまじまじとヌイの顔を見たことは無かったかもしれない。
なんというか、俺は人の顔を表現するのが苦手だ。だからヌイの体を作る時も、きっとシャルのアシストありでできたのだろうと思うが…本当に好みの顔をしている。
「…ああ、綺麗だな」
「え~?それってぇ、もしかして私のこと?」
そう言うヌイは、冗談を言うかのような顔をするが、俺は大真面目に「そうだが?」と答える。
まさかそう返されると思っていなかったヌイは、目を大きく見開いて、驚いたような顔をする。その瞳には星明りが反射し、夜空の一部のように輝いていた。
「冗談抜きで、本当に綺麗だよ」
「ッ…///」
「まぁ…俺の好みを詰め合わせたから…ってのもあるかもしれないけど、それでも…」
——こんな綺麗な人と一緒に過ごせるのは、本当にうれしいよ。
ヌイの頬はもう真っ赤だ。どうせ今回もそっちから攻めようと考えていたのだろう。だがやり返してやったぜ、はは。
なんだか俺の顔もめちゃ熱いような気がするが気のせいだろう。最近熱くなってきてるから…いや、夜はまだ寒いな。
この先の言葉が出ない俺と、頭から湯気が出てるヌイで、お互い無言になる。
だが、この無言は気まずい無言というわけではない。むしろ本当に心地よく感じる。
そうして、数分か数十分かわからないが少し経った後、俺は口を開く。
「…やっぱり、ヌイの言う通りなんだろうな」
「……なんのことが?」
「ゲームの中で死ぬことに慣れちゃいけないって話」
ヌイは急に言われてあまりピンと来ていないらしいが、俺には確信がある。
それは…ネクラは、ゲームにしてはあまりにもリアルすぎることだ。
だから…ゲームだと思って行動していたら、それがリアルに伝播しかねない。
…それこそ、「死んでもいい」という思考が。
「ん…んー?」
「いや、そんな無理にわかろうとしなくていいよ。ヌイとの約束を反故にすることは無いってだけさ」
それを聞くと、ヌイは安心した顔で俺の手を握ってくる。
夜風で冷たくなった手が、彼女の暖かい手によって温められていく。
「…スー、まだあのゲームプレイするの?」
ヌイは不安そうな目でこちらを覗き見る。
その目には、できればプレイしてほしくないという気持ちが隠れているように見える。
まぁ…ヌイの気持ちはわからないでもない。
実際俺が死んだ時の様子は、傍から見てもだいぶつらい部分あったし。だが…もしあの時の記憶が残ってたら、死ぬときってこんな感じなのか、と覚えちゃって次からも繰り返しているのだろう。
俺としてもそうなるのは嫌だからさっきの言葉を言ったのだ。
だが…探求を止めることはできない。
これは単にゲームに数十万かけたからとか、ここまで環境を整えたのにとかそういう問題ではない。
ただ単純に、どうなるのかが気になるだけ。
ただ貪欲に、知識を求めるだけ。
だから、俺の答えは一つだ。
「するよ。俺はGenesisCraftをプレイする」
「………そっ…か」
ヌイは俯いて、そう言葉を残す。
…ここで否定とかしないあたり、本当にいい子だ。できれば止めたいだろうに、それが俺の意志じゃないとわかると引いてしまう。
優しい。だが…優しすぎるのもきっとよくないことだ。もうちょっと俺に意見してくれた方がディベートだって捗るだろうに。
そんな相棒の為、俺はまだ答えを続ける。
「でも…しばらくは、戦いたくないな」
「スー?」
俺が言葉をつづけたことに疑問があるのか、首を傾げる。かわいい仕草にぐっとくるが、とりあえず俺の答えを示さないと。
「遊ぶにしても…俺は観光がしたい。異世界って、別に戦うことだけが醍醐味じゃないだろ?」
「そっか…そうだよね!うん!!」
「今回のセレーネだって、観光だけで見れば本当に綺麗な星だったよな。ああいうところを…ヌイと一緒に見に行きたい」
「うん…!私も…!」
二人で、どんな世界を見たいか話し合う。
今回みたいなとてもきれいな星や、崖だらけの切り立った星。空島があるところなんかもあるかもしれないし、逆に地下だけの世界とかもあるかも。高度文明がある場所なんかも行ってみたい。
こうやって話すのは、本当に楽しい。この内容が血にまみれた話じゃなく、旅行に行く予定を立てる気分で話せるのは嬉しいことだ。
俺もヌイも、ただただ純粋にこういう話が好きでよかった。じゃなかったら、きっとこんなに楽しくないだろうから。
「…は~、こうやって話してると、またゲームしたくなってきちゃったね!」
「さっきまであんなにプレイしてほしくなさそうだったのに」
「それとこれとは話が別だよぉ?」
すっかり会話がヒートアップしてしまい、さっきまで手を握るだけだったヌイはすでに体勢を変え、横から俺を抱くような形になっている。まぁいつものアレというわけだ。
俺の頬をぷにぷにしながらあははと笑うヌイを見たら、俺の答えがちゃんと正解だったことが確信できた。
よかった…家にいる時、監禁してもいいとか言ってたし、ここで返答を間違えてたら本当にそうなってたかもしれない。
ただの予想でしかないけど。
「でも…プレイする理由が戦いたいからって言ってたら、部屋から出さないようにしてたかも!」
…本当にそうなってたらしい。ありがとう、俺。ちゃんとした正解を出してくれて。
ふふふと狂気的な笑みを浮かべるヌイの横顔は、なかなか上機嫌だ。
頬は赤く、なんだか酔っているようにも見える。ちょっとした深夜テンションだろうか。
ヴィクトルと戦ってる時は、こうなるとは思ってなかったな。
本当なら次大学に行くとき、シャルには戦闘系の武器の解析を頼もうと思ってたが…先に移動が楽にになるようなものを頼もう。
そう考えて俺は立ち上がった。ヌイも俺につられて立ち上がる。
もうすっかり深夜だ。これ以上暗くなることは無いが、だからと言って大丈夫というわけではない。逆に今普通に危険な状況だろう。
とはいっても、子供のころから慣れ親しんだ場所だ。たとえ暗くなったからといって迷うような場所ではない。
「…さて、もう家に帰ろう。流石にちょっと眠い」
「…スー?まだここでやり残したことがあるんじゃない?」
「へ?何を…」
そう聞いてヌイを見る。
彼女は、目をつむり、唇を突き出すポーズを取った。「ん」と言い、そのままの体勢で動かなくなる。
なるほど、分かったぞ。これはいわゆる「キス待ち顔」という奴だな、鈍感系主人公じゃないからわかるぞ。
ヌイは…相棒ではあるが…付き合っているわけではない。ない…はずなのだ。
だが…相棒なら、と。そう納得してしまう自分がいる。
俺はゆっくりとヌイの近くに歩みを進め…顔を近づけた。
綺麗な唇が、俺を今か今かと待っている。
……そうだ、相棒が望んでいるのだ。だったら…やるしかあるまい。
そっと唇を近づけ…口づけを…
ヴーッ!!ヴーッ!!
携帯が鳴る。
あまりにも空気を読まないその音は、俺が接吻をすることを躊躇わせてしまった。
ヌイもその音は目障りだったようで、ジト目で俺を見る。頼むからそんな目で見ないでくれ。俺だって嫌だと思ってる。
「…誰からだろ」
「ほんとやなタイミングで連絡が来るねぇ…」
そうやってぶつぶつと言いながら携帯を確認してみると、そこには『シャル』の文字が書かれていた。
『お二人の戻りが遅いので、携帯の方から連絡させていただきました。
仲良くするのは結構ですが、ちゃんと何時に帰るか連絡してください。
あなたの為だけのAIより』
「おかんかよこいつ」
「目障り…」
最悪のタイミングで、最悪の文章を送ってきたシャルには、あとでお仕置きしてやろうと画策する。
微妙な空気になってしまったことを悔しがりながらも、こうなっては仕方ないとヌイに帰ろうと諭そうとする。
「あー、えっと…帰ろうか」
「…うん」
ヌイはちょっとうつむいたが、そのあと元気に笑顔を見せてきた。
くそ…こんなにかわいい相棒とキスできないなんてな…と思いながら帰ろうとしたその時。
「スー!」
「ヌイ…?わっ…ちょ…んぐ!」
「…えへへ、雰囲気とかいいから、今はこうしたい気分だったの」
俺がヌイの声に振り返った瞬間に飛び込んて来て、その拍子に唇同士が触れ合う。
その時間は、一瞬だったのだろうけど。
俺にとっては永遠にも感じる多幸感があった。
あーー…ヤバい、最高に幸せすぎる。
これまでずっと、「脳内の彼女に恋をするとかそれどうなの?」という気持ちが大きかったが、正直それはもう崩れ去った。
――彼女と一緒にいれるのであれば、地獄に落ちていいと思えるほどに。
二人で顔を真っ赤に染めながら家に帰るのだった。あー、顔が熱い。
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