反省と、相棒と日常を

「そういえば、シャルの体って結局壊れたってことでいいの?」

「はい。あそこから修復するのは難しい状態でしたので、置いてきました」

「そうか…バックアップとかは取ってなかったの?」

「バックアップはこの部屋でしか取れませんよ」



横になりながら雑談を続ける。

今回でシャルの態度も結構軟化した気がするな。前よりも口調が砕けてきて、少しずつ仲良くなっているような感じがとてもいい。


そうして数十分ほど雑談を続け、すっかり会話もヒートアップした時、隣の扉が開かれた。



「スー!!!」

「ヌイ!!大丈夫だった…うおっ!?」



ヌイの声が聞こえたと思い、振り向こうとした途端にヌイが抱き着いてくる。

すさまじい速度で飛びついてきたため、ソファに押し倒される。


俺の上に乗る彼女の顔には大粒の涙。それがぽろぽろと俺の顔に落ちてくる。



「ごめんなさい…!!私が…私のせいで…!!」



くしゃくしゃの顔に、赤くなった目尻。本当に後悔している人間にしかできない表情を、俺に見せてくれた。

抱きしめる力はどんどんと強くなるが、そのたびにヌイの体はびくびくと震える。



「守るって…約束したのに…こんなことになっちゃって…」



ヌイは俺の胸に顔を埋め、嗚咽が出るほど泣き続ける。

そんな彼女は…とても痛ましい。



…はぁ…

ため息が出る。

ヌイをこんなに悲しませるとは思っていなかった。もっと気軽に、もっと楽しく終わると思っていた。


…所詮、ただのゲームなのに。そう思っていた心が、彼女を悲しませてしまうのだろう。



ヌイの行動、表情、言葉が、俺を迷わせる。


このまま、このゲームを続ける必要があるのか?と。

そもそも、強くなる理由なんて無い。

ずっと平和な星を探索するか、もしくはそもそもゲームを起動しなければいいんだ。


ヌイは現実に行くこともできるし、シャルだっている。


………なんにしろ…今ここで頑張る必要なんかないのだ。




「ヌイ」

「…………」

「一度、ログアウトしよう」

「…うん」



考えを、整理する時間が必要だ。



---


あれからシャルの体を直し、一緒にログアウトをした。

シャルは俺の部屋を見て「汚い部屋ですね」とか言いやがったが、それどころではない。



「…シャル、一旦一人で情報収集してもらっていいか?」

「承知しました。…あれほどの戦闘のあとなのです。マスター達は休んでいてください」

「悪いな」



そうシャルが言い残したので、椅子の背もたれに引っ掛ける。そうしたらシャルのパケットの部分からUSBケーブルが伸びてきて、パソコンのソケットに刺さった。いや…今までもネットから情報収集はできたんじゃないのか…?いやでもそれが出来たら欠損データに関してもダウンロードできてるか。


それ以降シャルは動くことは無かったので、そのままにしておいた。





「ヌイ…」

「…うん」

「…暑い」



俺はというと…またヌイに抱かれている。

なんというか…最近ずっとこの関係な気がしてきた。実際ちゃんと思い返したら本当のことだろう。知らんけど。


ベッドの上で、ヌイが後ろから抱き着くような形。まるで大きい子供が背中にいるみたいな気分だ。ヌイからしたら逆の気分なんだろうが。



「スー…お願い。今回みたいなことはもう無しだから」

「今回みたいなことって?」

「…わかってるでしょ?」



抱きしめる力が強くなる。体がメリメリと悲鳴を上げるようだ。力が強すぎる。

きっと俺が茶化していると思っているのだろう。少し怒気のこもった声で返答した。



「私はね、スーを守れるなら…監禁してもいいと思ってるよ」

「それは…困るな」

「…だから…そうならないようにさ、もうちょっと…」



ヌイは次の言葉を喋る前に一呼吸置く。

呼吸の際の音も、顔が近いから鮮明に聞こえた。




「私を…頼って。少しでもいいから…」

「……わかった。今回の件は…ごめん」



正直、俺からしたら十分頼っていたつもりだった。ヴィクトルの行動を縛ったのも、最後の一発を決めたのもヌイだった。むしろ、貢献度で言えば彼女の方が高いのではないだろうか。

しかし…ヌイからしたらそうではないのだろう。

きっと彼女としては、逆の役割の方が良かったのだろうな。俺を守ることが重要なはずなのに、俺の考えを優先してしまったから今回の結果につながったと。

そこに気づけなかった俺の落ち度だろう、素直に謝ることにした。


…これ以上頼ったら、正直堕落してしまいそうだけど。



「約束」

「?」

「約束して」



ヌイの右手が俺の前に伸び、その手は小指だけを立てている。片手はがっちりと俺の体をホールドしたままなので、この約束をしないという選択肢はないようだ。いにしえのゲームの無限ループと似た空気がする。


俺はその女性特有の細い手に少しどきっとしながらも、同じように右手の小指をヌイの小指に乗せた。



「ああ…約束…するよ。困ったときは…ヌイを頼る」

「うん…うん。それでいいよ。それが…いいんだよ」



ヌイの言葉には…何かわからないが、とても狂気的なニュアンスの中に…強い後悔が入っているような気がした。


…その時のヌイの顔を、俺は見ることができなかった。

見てしまったら…きっと、二度とこのゲームをプレイできないだろうから。



---



「え?!じゃあ結局死んじゃった時の記憶は無いってこと?!」

「ああ…なんかそうらしいんだよなー…シャルから映像見せてもらってやっと理解したぐらいだ」



あれから少し経って、冷蔵庫から晩御飯を取り出して一緒に食べている。

ちっちゃい机にお互いのごはんを乗せているため、正直狭い。

時間はすでに9時を回っており、部屋の蛍光灯とパソコンの画面だけがこの部屋の光源だ。


ヌイとはいろいろと雑談を交わす。今までちゃんと話せてなかったこととか、今の環境についてどう思ってるとか。

…ほかにも話をしたが、今は関係ないだろう。



「そっ…か。じゃあ…まだ死ぬのは怖い?」

「急になぜそんな…そりゃ怖いさ。誰だってそうだろ」

「………よかった」



え、俺そんな自殺志願者みたいな考え持たれてたのか…?

誰だって死は怖いだろう。何か特別な理由が無ければ死にに行くことなんてない。


ヌイの安堵の表情を見ると、俺もちょっとうれしくなって笑う。

笑った顔を見て、ヌイもつられて笑い出した。



「…はは」

「…ふふ」

「あはは!!」

「ふふ…ははは!!」



そこからしばらく笑った。

これほど笑ったのは久々だ。友人との会話でもここまで愉快な気持ちになることは無かったな。


…きっと、ヌイが大切にしたいのはこういう時間なのだろう。

こうやって、他愛のない話をして、わははと笑って、楽しかったねと言って寝る。

それが大切だから…あそこまで想ってくれているんだ。



「はは…なぁ、ヌイ」

「ん~?」



だから…ちょっとだけ、思い付きだけど。



「ちょっと、外に出て、星でも見ないか?」

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