闘いを終えて

「…なんだ…?」



俺はカチカチとなる時計の音にうるささを感じて身を起こす。

ずっとソファに寝ていたようで、体からバキバキと音が鳴る。


周りを見渡すと、ネクラを始める時に毎回飛ばされる部屋の中のようだ。

相も変わらず真っ黒なカーテンが引かれているし、中身の無い額縁が壁を彩っている。



「えぇっと…俺は…何してたんだっけ…」



俺はソファに座り直し、頭を抱えながら独り言ちる。

今日の出来事を一つずつ思い出していこう。


確か…ネクラにログインしたあと、新しい星に行って、その星で始めての敵と戦ったり、ちょっと問題起こしたりして…そのあとは…



「ッ!?そうだ、ヴィクトルは!?」

『それでしたら、私の方から説明させてください』



目の前にウィンドウが浮き上がる。

はて、シャルには体を用意したはずだが、なぜ前と同じしゃべり方をしているのだろう?


そこについても、きっと解説してくれるだろう。



『マスターが覚えているのはどこまででしょうか?』

「…ん~、正直最後あたりはほぼ覚えてないんだよなぁ…。特に、シャルと俺が分かれた後の記憶は完全に無いな」

『…そうですか…そのタイミングで…』



シャルが明らかに落胆したような速度で文字を映した。文字から落胆を感じ取れるってどういうこと?と思うが、実際そう感じ取れるのだから仕方ない。

…あと、なんか急にシャルの主呼びがマスターに代わっててちょっと怖い。どっちの呼び方が上なのかはよくわからないけど、ここにきて変えたってことは思うところがあったんだろうけど…俺シャルに何かしたっけ?



『…では、それ以降の話をさせてもらいます』




そう言うと、シャルはご丁寧に映像を出しつつ俺に説明をしてくれた。


どうやら俺はシャルから投げ出され、その後ヴィクトルから針地獄を食らい、デカい手でつぶされて死んだらしい。うへー、むごいな…覚えてないから他人事だけど。

ヌイが意味わからんレベルの【毒火花】を出していたらしい。映像が乱れるほどすさまじい威力のそれは、ヴィクトルどころか洞窟の壁ごと削り取っている。これマジ?前見た時より威力上がってない?

ヌイが酸欠で倒れ、シャルが看病する。なんだ、君たちなんだかんだでちゃんと仲いいじゃない。


その後…焼野原…いやもとから灰になっているからこの表現はおかしいんだが、焼野原を歩いていき、セーブポイントに到達。

少し会話をした後、シャルはセーブポイントの解析を始めるため、映像からヌイがいなくなる。

その後数分ほど同じ映像が流れるが、何か刺されたような音で変化が訪れる。



振り向くと…ヌイの下から灰の槍で串刺しにされていた。



「ッ!!!ヌイ!!!!」

『ヌイ様はここで殺されました。焼き払ったと思っていたのですが、まだヴィクトルは生きていたようです』

「死…?…じゃぁ…ヌイは今どこに…?」

『隣の部屋で寝ていますよ。マスターと同じくリスポーンしてきました』



一瞬目の前が真っ暗になりかけるが、シャルの言葉で何とか気を持ち直す。

ほんと…ヌイにも俺と同じ権限を付与しておいて助かった…。星を作る遊びをしてた時に思い付きでやったことだったけど、あそこでもし何もしていなかったらと思うと…


これ以上考えるのは気分が悪くなりそうだ。とりあえずシャルの話を最後まで聞かなければ。




シャルは気を利かせてヌイが串刺しになっているところで動画を止めていた。いや…そこで止めないでよ、俺の相棒が串刺しになってるところとかマジで見たくないんだけど。


映像が再開され、ヌイがこと切れる瞬間が映し出された。うわ…人が死ぬ瞬間って、こんなダイレクトに「死」を感じることがあるのか…

その後シャルの視界が一度ぐらりと揺れた後、灰の下からヴィクトルがずるりと起き上がってきた。

ヴィクトルの肌は赤く焼け爛れ、俺が自爆したやけどよりも酷い。多分一生傷として残るだろうし、しばらくはぐずぐずになって膿とか出るんだろうな…考えただけでもだいぶ嫌だ。それに毒火花に貫かれたであろう部分はぽっかりと穴が開いているが、どうにかして灰で埋めて血が出ないようにしている。

…こいつ、俺の時より満身創痍じゃないか?と思ったが、すぐに死にそうな感じはしない。むしろ、ここからまだ戦えますみたいな顔しているのが恐ろしい。


『…この小娘が…わしに一矢むくいたつもりか』

『な…何故!?殺したはずでは!?』

『ふむ…この服、喋るのか…。どうりであの者は闘いの最中ぶつぶつと独り言を言っていたわけだな』


ヴィクトルが灰の上を歩いてくるのを見たシャルは、急いでセーブポイントの方に向き直り、解析を続ける。


『早くッ…奴にやられる前にッ!!』

『貴様は話せるのだろう?あ奴らが何だったかを教えてもらおうか』


いろんなデバイスをぽいぽい投げるシャルをヴィクトルは巨大な手で摑まえる。その手の数は4つほどで、絶対に逃がさないという気持ちと、ここからいつでも処刑ができるという意志表示を感じるほど徹底的だった。


『…私から話すことは何もありませんよ。あなたみたいな民無き王には特に、ね』

『は、主無き服風情が何を言っているか。意志があるなら今の状況だってわかっているだろう』


その後も、シャルとヴィクトルの話は続くが…完全に平行線なことに嫌気が差したであろうヴィクトルは、あきらめたようにシャルの前で立ち止まった。


『お前ほど優秀な者はぜひとも部下に欲しかったが…寝返らないのなら仕方ない。壊れろ』


それぞれの手が、まるで紙をくしゃくしゃにするかのようにシャルをミキサーにかける。ああ、せっかく俺が丹精込めて作ったシャルの体が…

どんどんと視界が荒れ、音声も遠くなっていく中…最後にシャルが一言発する。


『マスター…………あなたの……命令…を…遂行…………』



ここで、映像は終わりを告げた。


---


「ヴィクトルは…まだ生きてるのか」

『そうですね…。完全に失念していました。私の機能に生体認識機能を乗っけていなかったことが本当に悔やまれます』

「そこは…もうしょうがない」



ヴィクトルが生きていることは、正直結構衝撃的なことではある。

あそこまで頑張ったのに、結局は全員死んでしまったことには大きめの徒労感を感じるが…まぁ最初からそうなることは予想はしていたので悲しみの沼に浸ることは無い。ただ、思った以上に善戦してしまったために少し期待してしまったのだ。


死んだ今となっては…やっぱり戦わない方がよかったんじゃないかな…とすら思う。



『ですが、ふふ。マスターの命令は遂行しました』

「…おお、じゃあ解析は完了したのか!あの土壇場でよく!」

『それだけではありませんよ。解析に成功したのち、セーブポイントの機能を封印しておきました』

「つまり…?」

『奴は、一度死んで全快することができなくなりました。大方私たちの戦闘でどれだけ傷つこうが、生きていても死んでいてもリスポーンすれば関係ないと踏んでいたのでしょうが…』

「…だがあいつは回復ができなくなったわけか。最高の一手だ。よくやったよシャル」

『ふふふ、マスターの命令の、【吠え面をかかせる】、完了です』



文字だけなのに、シャルは本当にうれしそうだ。実際俺も嬉しい。

結果が同じだろうが、過程が違うとこうも嬉しくなるのか。

確かに、ヴィクトルの目的はそもそもセーブポイントを破壊することだった。しかし、同時にセーブポイントの利用もしていたはずなんだ。あいつ、何度も復活したとか言ってたし。

最終的に破壊はされるだろうが、こっちは解析が完了してセーブポイントを自由に使えるようになったし、あいつは一番嫌なタイミングで使えなくなった。

これはいわゆる、戦略的勝利というやつだ。



「…ヌイは今起きてる?」

『まだ起きていないようです。もう少ししたら起きると思いますよ』

「…早く会いてぇな…」



本当は今すぐに会いに行ってヌイにこの事実を報告してやりたい。だがヌイが起きてないと会話ができない。

なのでソファにもう一度身を投げ出して、少しだけシャルと雑談をすることにした。

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