【灰の君主】との闘い⑥

「ヴィクトル!!お前の精鋭軍はこの程度なのかァ?俺程度なら即殺されるほどの強さだと思っていたんだけどなぁ??」

「…貴様!わしの兵を愚弄するか!!」

「そうだが~~???あんたが大好きな精鋭軍とやらも、小国民一人殺すのに時間がかかるようじゃお里が知れてるよなぁぁぁぁ!!???」

「…楽に死ねると思うなッッッ!!!」



はは、俺の低俗な煽りにすら引っかかるとは、よほどプライドが大事なようだな。

完全に怒っているようで、俺にしか目が向いていない。そうだ、それでいい。俺はヴィクトルの真上に移動する。


奴の操る兵の槍が一斉にこちらを向いた。その矛先はギラりと光っており、一段と鋭さが増している。

そして見た目だけでわかる重厚感。あの槍は、今の俺の力では確実に防げない。軌道を逸らすことすら、その重量によって叶わないだろう。


だが…まだ投げない。投げるとしたら…きっと大技で。



なら…ここだ。



「…いいだろう、わし直属の部隊を愚弄した罪、その身によってあがなうが良い」

「シャル!!!分離パージしろ!!!」



俺は、すべての兵が槍を投げる前にシャルから飛び出て、ヴィクトルの方向にダイブ。体は既に両腕が無く、シャルが俺を包んでいないから血がドバドバと出る。

そうして出続ける血を見て…最高だと思った。



急に武装を外した俺にヴィクトルは少しだけ驚くも、構わんといった様子で狙いを定める。その目はタカのように鋭く、狩人のような目だ。きっとヌイの元に行っているシャルの事なんか気にもかけていないだろうな。

いいね、楽しくなってきた。今の俺は確実に主人公だ。まぁこの後死ぬんだが。



「地獄に落ちろ。【針地獄Enfer des Aiguilles】」

「まだ落ちねぇよ!!【形状変化】!」



ヴィクトルの槍が一斉に俺に投げつけられる。完全に逃げ場のない俺は裁縫道具の針地獄のように…ならなかった。

両腕から出続ける血を形状変化により変形させて壁を作り出したおかげで俺まで届かなかったというわけだ。

血の盾が針山になるも、俺自身はまだ生きていることにヴィクトルは怒りをあらわにする。



「くッ…なぜ貫けん!!」

「はっはァ!!覚悟が足りねぇんじゃねぇのか?!」



確かに、普通の血の盾だったら破壊されてて文字通り串刺しの刑だっただろう。だが、盾に厚みと弾性、それに元の液体の特性を持たせることによってダイラタンシー的な効果を生み出すことができるのだ!!

…いや、本当にそうなってるのかはわからないし、この効果で槍を受け止めてるかはわからないけど…そうなってるからヨシ!!

正直体から流れ出た時点でもう俺の中に血を戻すつもりは無いけど、血の構造をちょっといじるのって怖いな。体から少し離しておこうかな?



兵たちの投擲は一度だけではないようで、続けて投擲してくる。その動きは一度目と変わらずに完全な統率がとれており、バシン!!バシン!!と何度も命を削る音がする。

実際俺の血を大量消費して盾を使ってるんだ。本当に命が削れているし、HPバーがあるのであれば風前の灯状態。



槍の速度はそんなに早くはない。あまりにも物量が多すぎるが、そんなことも結局は些細なこと。

どんどんとヴィクトルに向けて落下していく。このままいけば…ッ!!




だが、物事はそううまく行くことは無く。

計画には、必ずほころびが生じるもの。



急に目の前がぐらりと揺れ、視界が安定しなくなる。体の制御が完全に効かなくなり、血の盾が崩れた。

それは一瞬ではあったものの、その隙はこの局面において死を意味する。


血液不足による、運動機能の低下。そして体機能の異常。


それが今、俺の敗北を宣言した。



「ッッ!!?うぐッ!?」

「は!上位互換と言い切った割に、その程度とはな!」



体に無数の穴が空いた。その穴には槍が突き刺さり、抜けることは無い。

今はもはやただの自由落下をし続けながら、槍を血で濡らし続ける。


どうにか体勢を立て直そうとしても、その隙を与えないように槍がしたから降ってくる。

狙いどころは完璧に正確で、俺の体に残っている部位のすべてを均等に刺した。



「ふはは…これでこそわしの【針地獄】よ」

「…クソ…」



ヴィクトルは終わりを告げるかのように灰の地面をバン!と踏み鳴らす。

灰は巨大な手を形作り、ヴィクトルの真上に落ちようとしている俺を掴んだ。


その力は、まるでハムスターを初めて飼った小学生のように加減を知らない。

このまま握りつぶすつもりのようで、槍ごとバキバキとへし折っていく。ゆっくりと力を入れていくので、痛みがゆっくりと広がる。


いやー、あっけないな。割と頑張ったつもりではあったけど、HP不足で普通に負けるとは。

血の盾を使わず、逆に血が出ないようにしてたら勝てたかな?それはそれで血が詰まって死ぬかも。



「小童め…多少は強いのだから、身の振り方を覚えていれば死ななかったものを」

「…は、あいにく俺はバカなもんでね。目の前に落ちてる餌を放置できないのさ」

「…そうやって水面に馬鹿面で吠えておくといい。そのまま貴様の骨ごと水底に落ちてしまえ」



イソップ童話の「肉と骨」か?なんでこの話がこの世界にも伝わってるのかはわからないが…変なたとえ話で煽られたな、知識マウントかよ。


俺の血が、ヴィクトルの生み出した灰の手に染みていく。既に痛みがほぼ無いレベルまで混濁しているからまだ大丈夫だが、多分正気だったら耐えられないかも。



本当は勝ちたかったけど、仕方ない。

ここで何か大技を閃いて、綺麗に勝って、ついでに俺の体も治療して、セーブポイントの解析どころかこいつの大技も解析。

そんなハッピーエンドを…俺は掴むことができなかった。


だから…



「最後に言い残すことは?」

「…………あるぜ」



後は、んだ。



「…後方注意だ」






爆音とともに、ヴィクトルが極太のレーザービームで貫かれた。




流石だぜ、相棒…


後は…



---



スーが言う【クリエ】で作った物と、作った人というのは精神的なパスで繋がっている。

それは、作った側が物の場所を認識できるだけでなく、物側から作り手を認識することもできるということ。


そして私ことヌイの体も、スーが作った物。



「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



作り手とのパスが切れたことがわかってしまった私は、ただ感情のままに【毒火花】を使うことしかできない。

目からはずっと大粒の涙が流れ続けるも、その涙すら【毒火花】によって消し飛ぶ。

唇は切れて、熱で焼ける。だが…こんなもの、スーの痛みに比べればなんの痛みもない。



ヴィクトルはレーザービームと化した【毒火花】を避けることができず貫かれたところまでは見た。貫かれると同時に、周りの兵たちが一斉に灰に帰ったことも。

だがおそらく死んでいないし…死んでいたとしても、この感情の奔流を止めることはできない。



「ヌイ様!」

「まだまだぁぁああぁァァァ!!!」



ずっと心にあるのは、後悔。


何故、もっと早くこれを撃てなかったのだろうか。

何故、もっといい戦略を思いつかなかったのだろうか。

何故……最初に彼を、止めなかったのだろうか。


灰が充満しててちゃんと空気が吸えなかったから?いや。

思いついたアンカーにすべてをかけたから?いや。

スーがどうなろうと…結局は私が助けるからと思ってたから?


すべて、私の慢心のせい。


慢心が失敗を呼び、

失敗が痛みを呼び、

痛みがスーを襲う。


彼は、痛みからの死を知ってしまった。

私にはわかる。

きっと彼は、今後もっと簡単に命を投げ捨てることを選ぶだろう。今回で死の痛みを知ってしまったから。これ以上が無いとわかると、その痛みすら許容してしまう。


その一歩を…踏み出させてしまったのだ。もう…止められない。



「わあぁぁぁぁぁッッッ!!!ッごほッ!!あ゛っ うえぇッ!…」

「ヌイ様!」



肺に残っている空気をすべて出し切り、酸欠でえずく。それによって【毒火花】が消えた。私の攻撃手段が。

シャルが私の背中に乗り、トレンチコートの形に戻る。どうにかして私の酸欠を直そうとするが、背中を撫でるぐらいの事しかできないようだ。酸素供給機ぐらい…と思ったが、多分酸素の情報も欠如しているのだろう。



私は、焼き払ったヴィクトルの方向を改めて見た。



「………」

「…ヌイ様が使っているのは本当にあの【毒火花】なのですか…?」




そこには…ヴィクトルの姿は無く、完全な焼野原だけが広がっていた。

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