【灰の君主】との闘い⑤

「そ…んな。まさか、ここまで来て、別のスキル…?これでは、残りの時間だけで解析は…ッッ!」

「シャル…落ち着け。これは俺も予想してなかったことだ、お前だけで悩むな」



一瞬ポンコツに戻りかけたシャルを言葉だけでも慰める。正直言って俺も予想してなかったから動揺はしている。

流石にここまで追い詰めれば行ける、と思っていた俺が浅はかだった。その証拠にほら、既に攻撃ができない。

エネルギー残量、残り5%。攻撃に使うのは、10%とかそこら。省エネすれば5%でもいいかもしれないが、そんなものは焼け石に水。



『クソ…わしの奥義を切らされるとは…ッッッ!!』



ヴィクトルが千切れかけた右腕を押さえながら悔しがっているが、そんなの知ったことではない。

今の俺に、できることは…


無い。


いろいろな考えを巡らせても、

戦略が、

力が、

時間が無い。



「……シャル、当初の時間まで後どれぐらいだ?」

「…残り1分を切っています。残りのエネルギーをすべて回避に回したとしたら、ギリギリ間に合います。ですが…」

「何か問題が?」

「………エネルギーは、主の生命維持にも使用しています。なので、回避に使用するとなると…」

「それがどうした?」



シャルは思わず硬直した。その硬直は俺にも伝わってきて…シャルの感情が直接伝わってきているようだった。

困惑。それが今の彼女の感情。



「いいか?俺は別に自分の体を粗末に扱いたいわけじゃない。実際この世界でも多少は痛みを感じるわけだしな」

「でしたら…」

「だが…せっかくのチャンスをふいにするほど、俺の体の価値は高くないんだよ。わかったらさっさとエネルギーを出力に回してくれ」



シャルは理解できないだろう。こんなの自己犠牲ではなく、ただの死にたがりだ。

俺だって理解できない。なんだってこんなゲームの為に体を張らなきゃならんのだ。



「セーブポイント、解析終わってないんだろ?だったらあいつを無力化して、解析終わらせないとな」

「…了解、しました。主…ご武運を。主が死すとき…私も」

「は、どうせ今こいつと敵対した時点で全員1回は死ぬんだ、一気に死んだらもったいないだろ」



シャルが生命維持に回していたエネルギーを切った。



「ふ…ッ!!くッ…」



体の左側が痛い。腕に関しては幻肢痛がある。それに加え、やけどの症状の痒さが襲い掛かってきた。なるほどな、こりゃ確かに生命維持が無いとまともに動けないわ。

だがそれでもシャルのアシストにより体を動かすことができるのだ。問題はない。

俺は顔をぺちぺちと叩いて、気合を入れなおした。



さて、残り1分。



新技の解析は後回しだとシャルに伝え、できれば死にたくないなぁと考えながらヴィクトルに目を向けた。

奴は精神的に立ち直ったらしいが…少し様子がおかしい。

また灰の鎧を作り出すことは無く、だからと言って灰を作り出していないわけではない。


むしろ…広範囲に灰を広めているかのようだ。


いままでのように凝縮するのではなく…拡散。


何をしようとしているかがわからないが、まずは動かなければ。そう思い空に飛ぶ。



「…わしは、この力は嫌いなのだ。この力は…わしの求める王の力ではない」

「…は?何言って…」

「だが、使ってしまったのであれば仕方のないこと。【起きよ、我が威光を知らしめる精鋭たちRéveillez-vous, élites qui proclament ma gloire】」



奴の宣言は、周囲に漂っていた灰の動きを変えることになる。

不規則、だが一定の動きをしていた灰は、徐々に形を形成していく。その光景は、俺が物を生成するときと同じように見えた。


段々と形が見えてきたそれは…人型。

それもただの人ではない。武装を付けている。

分厚い鎧、特徴的な兜、耐久が高そうなレギンス、踏みつけるだけでもダメージの入りそうなブーツ。そして…投擲槍。


まさに、それは王を守るための精鋭。今の俺が正面から戦っても倒せないと感じるほどの強さを感じる。

そいつが…



周囲に、どんどんと形成されていく。



10体どころではない。100体に上るのではないか、という密集度。

元々小島だったところをすべて埋め尽くすし、湖があったところにすら兵がいる。



これが、王の威光を知らしめる…精鋭軍。


なるほど、と思った。

これを見せられて…王の力をわからぬバカはいない。


まさに、【灰の君主】。



「おぬしらは過去の残影に過ぎない。わしの力を見せた栄光の輝きは、灰にまみれてしまった」


「だが…それでも。この程度の灰でわしの威光を曇らすこと非ず。故に…」



宙に浮いている俺に向けて、すべての兵がゆっくりと投擲槍を構えていく。

その光景は、地獄の剣山を想起させた。この槍一本一本が、俺を苦しめると考えると、血の気が引いていった。


ゆっくりと、だが確実に。


俺に狙いを定めた。




そして…宣言する。



「【処刑せよExécutez】」

「全力で逃げろぉぉぉぉ!!!!」



兵から槍が順次投擲されていく。その動きの統率は完璧で、ロボットのようだ。

すべての槍は精確に俺を狙う、確実に殺すための投擲。


出し惜しみをしている場合じゃない!どうにかしてでも時間を稼がないと!!



シャルのエンジンをふかして移動、槍が迫ったので回避。また来たので鉄の部材を出して防御。

部材が壊れたので回転しながら回避したと思ったらそこにもまた槍が来たので叩いてはじく。

回避先に投げられた槍は前転のような体勢で避け、壁際に追い詰められても逆に壁を蹴ってブーストして逃げる。休まる暇が無い!!


クソ、マジで地獄だここは。痛みが鈍化していってるのが救いだろうか。その代わり段々体が動かなくなってくる。シャルのアシストが無かったら多分最初の槍投げで死んでた。


ヌイに援助を求めようとしても、あっちはあっちで槍の対処をしているみたいだ。このままだとヌイも死ぬことになる。



「シャル!!あどれぐらい動ける!?」

「この調子だとおよそ15秒!時間に間に合いません!」

「それで充分!!最後に奴の気を引いて、あとは!!」



回避を続けながら、迫ってきた槍を足でけり落とす。クソ、偏差投げを多用するようになってきた。迎撃が多くなると事故りそうで怖いんだよなぁ!


一気に何本かが飛んできたので体をひねって避ける。だが少し失敗したようで、左腕に槍が被弾。腕がはじけ飛んだ。

…これは、シャルの限界より俺の限界が先のようだ。



「シャル、いいかよく聞け…」

「ッ…!なんですか主!今忙しいところで…」

「俺たちの目的の再確認だ」



いつになく真剣な俺の声に、シャルはほぼ動いていない俺の体を無理やり動かしながらも聞く。



「俺たちが今戦ってるのは、あいつの能力を解析することと、あいつがセーブポイントを壊す前に解析することだ」

「ええ、そうです」

「そして今のままだとどっちも達成できない」

「…そうですね」



もう時間が無い。単刀直入に言わなければ。血が流れすぎて、目が霞んできた。



「では最後の策を伝えよう。俺をヴィクトルのところに投げ飛ばせ」

「…は!?そんなことをして何になると!?」

「あとは俺の相棒がやってくれるさ。ヌイは…俺の相棒だから」



シャルにはわからないだろう。俺の相棒がどれほど俺を想っているか。

シャルには知る由もないだろう。俺が相棒をどれほど理解しているか。



「だからシャルは…お前の仕事をすればいい。あとはそうだな…奴に吠え面でもかかせてやれ」

「………わかりません。わかりませんが…あなたがそうしろというのであれば、主。いえ、マスター」


「私は、マスターの行動を完璧に補佐する、あなたの為だけのAIですから」



シャルの感情がどう動いたかはわからない。だが、回避一辺倒の動きをやめ、ヴィクトルの方に突っ込んでいく動きをしたことで確信に変わる。



これで、終わりにしよう。

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