【灰の君主】との闘い③

「しかし…液体窒素のデータはあったのか?それともどっかで解析でもした?」

「主、確かに私は解析に10分かかるとは言いましたが、10分かけてやっと一つ、というわけではないのですよ? 先ほど終わった解析は【熱】です。あとはわかりますね?」



なるほど、解析で【熱】がわかったのなら、その逆の【冷】についてもデータとして取得できたわけか。さすがシャルだ、俺だったら熱だけで終わりそうなものだが、その先まで行ってくれるとは。


シャルは続けて、「もう一つ、解析が終わっている物があります」と続ける。内容を聞いた俺は悪い顔で笑った。


とりあえず、体の修復はできたし、武器もある。左手の感覚は不思議なもので、さっき消し飛んだはずなのにちゃんと動かせるのはあまり現実では考えられない。義手を付けている人はこんな風に感じているんだな。



『…は、何をすると思えば…わしの真似事か』



既にパイクを戻し、もともと持っていた大剣を構えている。容赦ねぇな、このおっさんも。

自分が完全に優位だと思っているし、今回の闘いだってただのウォーミングアップ程度にしか捉えていないだろう。


…俺の事を馬鹿にするのはいい。実際バカだし。このおっさんが優位だと思っているのも事実だ。

だが…せっかくシャルが俺の失敗をカバーしてくれたんだぞ。その言い方はシャルを侮辱していると取っていいんだな?



「真似事…?てめぇの上位互換って言えよな、下位互換くん」

『なんだと…!』



ヴィクトルは体全体からギリギリと音を鳴らす。不協和音が洞窟全体を揺らすが、俺にはただただ愉快に聞こえるだけだ。

実際ただ鬱憤を晴らしたくて言っただけではあるが…その理由を無理やり変え、今後の目標を作る。


俺は…ずっとこいつから逃げることしか考えてなかった。

攻撃を防ぐ。

攻撃を避ける。

攻撃をいなす。

そうして10分耐えるだけ…


それで手に入れるのが、こいつの能力だけ…??



端的に言うと…俺はキレた。




「てめぇと闘うのは正直割にあわん!!だからレア泥でも落としてけやぁあああ!!!!」

『愚民が…!!』



俺の言葉に釣られたヴィクトルが大剣を振る。

ヴォン!!!と大きな音を立てて俺を…切らなかった。先ほどまでよりも出力が上がったプロペラは見事にギリギリを避ける。

ご丁寧に剣の軌道が見せてくれるんだ、あとは回避するだけだし、それは俺にでもできる。



「やいクソジジイ!俺がてめえを下位互換って言った理由を見せてやる!!」

『ちょこまかとうざい蝿だ…!』



ヴィクトルは両手で振っていた剣を片手に持ち替え、自分の周りの灰から、何も持っていない方の手に剣を作り出す。

もう片方の剣と同じ大きさのそれを振ってきたが、片手で振っているはずなのに先ほどと同じレベルの速さだ。やはりパワーが違う。


けど俺にだって武器はある。シャルがくれた液体窒素噴射機を全力で噴射して…液体窒素の形状を変化させた。ふふふ、先ほど解析が終わっていたのは…お前の、物を操る力!

形を整えてやろう。おちょくるためにヴィクトルと同じ剣の形でな!



ガギィ!!と音を鳴らし剣と剣がぶつかり合う。その光景は先ほどの自滅を彷彿とさせるが…今度はそうならなかった。



『…ほう!受け止めるか!わしの剣を!』

「これは俺じゃなくシャルの力だ!そしてこっからが上位互換!!」



力の押し合いは、パリパリと鳴る音によって終焉を迎える。ただ周囲を燃して作った灰と、すべての物質を止める、絶対零度。

常に供給される液体窒素と、どんどんと熱を失う灰。どちらが勝つかなど明確だろう。


ヴィクトルの持つ剣がバキリと折れ…折れた先が氷で覆われた。そのままポロリと落下していく。



『んな…!』

「絶対零度だぜ?すべての物を凍らすに決まってるだろ?」



実際そうなのかは知らない。多分めちゃ熱量があったら単にちょっと温度を下げるだけにしかならない。どうせ-273℃だし。

だが今作った剣は奴の体に引っ付いてた灰から持ってきた。奴だって生物だから、高温の灰に包まれるわけにはいかないだろう。

なので体の外に行くほどに高温になっていると踏んで、今回作った剣は熱くないと決め打ちでこの戦法を取ったが…正解だったみたいだな。


俺はにやりと笑顔を浮かべ、その場から高速で動き出す。

その速度は先ほどまでのグライダーよりも早い。


奴は困惑しつつも俺を目で追うが…図体のデカい体の旋回は苦手なようで、体が追い付いてこない。パワーはあっても敏捷は無かったみたいだな、脳筋め。

そのまま背中の方に回り込んで、液体窒素から槍を作り出し、その勢いのまま奴にぶっさりと刺す。



「黒ひげ危機一髪の時間だ!!さてどこを刺せば当たるかな!?」

『ぐっ、おお!?』



ちっ、脊髄あたりを狙って刺したのに外れか。人型を動かすならこの辺りが最適だと思ったんだけどな。

奴は背中を守ろうと人間臭い動きをするが、そんな反射行動で守れるはずがない。

そして、この戦法にはもっといい利点がある。



『…な!?体が…!』

「はっはァ!!体に液体窒素ぶち込まれて動ける奴なんざいねぇだろうが!!」



さっきのはただの打ち合いだったから温度が伝わるのが外からだけであり、今回のは中から温度を伝える。

普通の人の体では脊髄に打ち込まれただけで動けなくなるはずだ。

ヴィクトルのような灰の鎧を纏っていても、その鎧がガチガチに凍ってしまえば動きづらくなる。


最高の戦法だ、何か欠点が無いといいが。



「さてェ?次はどこに刺してほしい?これ見よがしな頭か?それともケツか?」

「主…まことに残念なお知らせがあるのですが…」



どうにか動かせる部位だけを振り回して俺に刺されまいとしているヴィクトルを眺めながらシャルの言葉を聞いた。

やっぱり欠点あるのね…正直あまり聞きたくないことではある。が、一番危険な時に失敗なんてしたくないしな。



「このままの勢いだと…残り一分時点でエネルギーが尽きて動けなくなります」

「…………やっぱそううまくいかないよねチクショーーー!!!」



…現在、後4分。最大火力を使えるのは後3分と考えると長い。

だが最後の1分で戦えなくなると考えると短い。嫌な塩梅だ、なんでエネルギー無限じゃないんだろう。AC6の初期アセンか?ジェネレータがカス過ぎる。


仕方ない、全力で動くのは攻撃タイミングだけにして、あとはエコモードで回避に専念しよう。あとはこの状況がばれないように立ち回るだけだ。



さて次に刺すのはどこにしようか、宣言通り頭にでも…と考えて近づくと…



『このわしを!!この程度で止めたと思うなよ!!』



ヴィクトルがそう叫ぶと、灰の鎧の形を変形させる。

全体的に円柱の形になり、いくつかの段に分かれている。その段の一つ一つから剣が伸びており、その形はまるで、カンフーの練習で使用する木人椿を彷彿とさせる形だ。

どうやら俺が刺して止めた部分を中心に体全体を回転させ、突き出た剣で俺をミンチにするつもりらしい。

にしては大きすぎない?元のデカい体と同じぐらいの大きさの木人椿は練習に使えないだろうが!



「やべっ発狂モードか…!!」

「主!回避を!」



まさかこんな形を取られるなんて考えていなかった俺は、つい回避が遅れてしまいカス当たりしてしまう。

あぶねぇ、こんなもん直撃食らったらもう生きることは絶望的だ。集中力が途切れてた。



『はは!!まだあるぞ!!!』



ヴィクトルがそう言うと同時に、すべての剣が回転の勢いのままに飛び出してきた。

ズガガガガガ!!と洞窟の壁に刺さる音が鳴り響く。かくいう俺もちょっと刺さりかけたが、流石に今回は集中していたので当たらなかった。


しかし…この攻撃…まずいな。

さっきまでの回転だけであれば適当に待っていてもよかっただろう。しかし、こうして飛び道具を持っているとなれば話は変わる。


これの回避には結構エネルギーを使う。そうなると時間が持たないし、だからと言ってこの中に突っ込んでいけるか?と考えても無理では?となる。



「詰んだ?」



ちょっと大きめの絶望感に打ちひしがれながらも回避に専念する。

まずい…まずいぞ。

早く思いつかないと。何か…何かいいものは無いだろうか…。



『これで終わりだ!!!』



何度か同じ攻撃が来ていたが、最後だとばかりに今までよりも、段と剣が多い状態で回転する。


ああ、次の攻撃は避けられない。


俺は思いつかなかった、だから失敗した。


シャルに、伝えないと。俺がバカだったから、失敗したと。




「…シャル、すま 「まだ終わってないよ!!!!!!」



相棒の声が、響いた。

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