【灰の君主】との闘い②
『空を飛ぶ鳥、そしてこの距離…外すわけがなかろう』
「ッ…クソ!何とかあの矢を防ぐか反らすかしないと…!」
ヴィクトルの弓が完全に俺にロックオンする。灰の塊ではあるが、その目には必ず当てるという気持ちが見て取れた。奴の言う通り外すことは無いだろう。
何か戦略を考えなければ。どうにかして頭を回転させる。
だが、こんな緊急時にすぐ何かを思いつくわけがない。素直にシャルに防御を任せておけばと少し後悔した。俺がかっこつけて何とかしようなんて考えなければ。
いや…だがここで手をこまねいても仕方ない。ドラえもんみたいに道具箱から様々な道具を出していくかのように、頭の中でいろんな道具を考えてみていると…一つだけ思いついた。
「シャル!俺が出せるのって理解してれば大きさも関係ないのか!?」
「大きさを変えられるのは単純な構造の物だけです!」
「OK!!なら反らす方向でやってみるか!!」
バォン!!
どでかい音を鳴らしながら灰の矢が放たれる。その軌道は確実に俺たちを仕留めるラインだ。しかしまだ死ぬ時ではない。
「ありがとう!昔インターンで行った工場の皆さん!使わせてもらいます!!」
矢の軌道が逸れるように、鉄でできた曲がった部材を投げつける。
俺が現場で見た物よりデカいそれは、曲がったカーテンレールのようなもの。ぐんにゃりと曲げる工程が気になって、工場の人にいろいろ質問したもんだ。
それが今、俺の命を助けるために飛び出した。本来の用途とは違うが、人の為になったのだからまあいいだろうの精神で使わせてもらおう。
ギャイィィィ!!と音を立てながら矢の軌道が逸れていき…俺を殺すルートから外れた。正直…成功するとは思わなんだ。
ヴィクトルはその光景を目を細めながら睨む。そりゃそうだ、絶対当たるはずだった矢がレールによって曲げられたんだからな。
『…やはり飛び道具などダメだな、自分の手でやらなければ』
「飛び道具だって自分の手で撃ったものだろうが!?」
こいつ…自分の失敗を隠すために矢すら人のせいにしたのか?卑しいやつめ、俺が屠らなければ。まあできないんだけど。
シャルが「あと8分です」と告げてくる。クソ、マジで長いな。ここだけ時間伸びてたりしない?
奴は灰の弓を分解し、槍に作り替える。
その槍はあまりにも長く、そして太い。大まかな形でいえばパイクのようなものだろうか。
クソデカいパイクを刃の部分の近くで持ち…いや、よく見たら形が違う…?
『これは…我が国でよく使われていた槍だ。貴様にこれが破れるか?』
「おまっ…それ…」
パイクと腕が何かしらでつながっているのが分かる。それはギリギリと音を立てていることから相当な負荷がかかっていることが分かり、そこからわかることが一つ。
「モリだろうが!!!」
『スピアである』
まさか狩られる魚の気持ちになるとは思わなかった。鳥と魚の気持ちを味わえたんだからあとは陸の生物だけだ…なんて考えている場合ではなかった。次はどうやって耐える?
いや…そろそろ耐えるのも終わりにしよう。攻撃は最大の防御ともいうしな。
「だったら…こっちだって武器を用意してやる!!」
俺は高圧洗浄機を思い浮かべる。中身は正直あまり理解はしていないが、形と原理だけで勘弁してくれよな…!
ふわりと粒子が舞ったあと、手元にそれっぽい感じの物が出てきた。いいね、この火炎放射器みたいな形状が好きなんだ。
何か嫌な予感がしながらも、左手に高圧洗浄機の本体を持ち、右手で構える。
「水の威力を知ってるか!!」
「…主!?相手は灰で…」
シャルが何か言う前に、ヴィクトルが声を出した。
『その棒から水が出るというわけか。面白い、受けてみよ』
そう言うや否や、パイク(モリ)が飛び出してきた。
同時に、パイクの先端が開き、トライデントのような形を取る。クソ、展開型かよ。
その速度はすさまじく、音を置き去りにするほどで。
「ッ…!!!」
考える時間は無い。
俺はこの高圧洗浄機を攻撃用に出したつもりだった。しかしまだ防御のターンなのだ、せめてもう少し考えて動いてくれ、俺。
こんなガバをしてしまったなら、今あるもので何とか乗り切るしかない。
洗浄機のモードを、一点特化にする。照準は、もとから構えていたので動かすことは無い。
あとは、水圧に負けないように射出するだけだ。
「何とかなれーーーー!!!!」
…ところで、皆さまは灰についてどれほどの知識を持っているだろうか?
薪をくべたあと、必ずできるものが灰だ。焚き木やバーベキューなどでよく見かけるだろう。
灰の中に肉が落ちてしまって泣いた、なんて人もいるかもしれない。
だが、ここで重要なのは。
灰を作るには、火が必要だということ。
火を使って灰を作ったならば、その灰の温度は必然的に高くなる。
さらに、そんなところに水なんてかけてしまったら?
…俺はそんなことも知らないバカだった。
「…あ ゛っ つ゛ぁ!!」
高圧洗浄機から出た水は、灰の槍の矛先をずらし、主人に当たることは避けられた。
しかし、その水は熱せられて蒸気となって爆発し、主人を襲う。
通常であれば、やけどで済むだろう。
しかし、これは力のぶつかり合い。奴の放った灰は、灰というよりも炎の残滓だ。先程作ったばかりの灰は冷めることは無く、その力を余すことなくぶつけてきた。
そして俺の力も神の力だ。たとえ俺がちゃんと理解してなくてAI補正が入ってたとしても、多少は通常より威力が上がっているだろう。
そんなぶつかり合いは、身を焦がすほどの熱となり…いや、実際に俺の身を焦がした。
「ッ…くあぁ…やられた…」
『…ふん、こうなるのは当たり前だ。こうなることを知っていてやったのではなかったのか?』
俺の体を見ると、左腕が溶けている。
正確には、余波で左半身が全体的に焦げてはいるが、実際になくなったのは左腕だけだ。
痛みはある。しかし、想像を絶するほどではない。ここがゲームで、俺が神でよかったと心から思った。
ヴィクトルから俺の考えの浅はかさを指摘され、ボロボロの体で反省する。
このまま間違いばかり犯してしまっては後何分も経たずに死んじまう。
そうなったら…きっととてももったいない。次にこいつと戦える時まで、こいつの能力を得ることができないのだから。
「…主…」
「…あーくそ、すまねぇシャル…俺がバカだったよ、灰から陽炎が立ち上ってなかったから熱くないもんだと思ってた。これが終わったら勉強しに大学行って知識つけないとな」
「……承知しました、その時は必ず連れて行ってください。それよりも早く治療を…」
そう言うとシャルが例の部屋で使っていた回復をしようとするが…できなかった。
「…ッ!?なぜ…?」
「は、もとより体が吹き飛んでもいいと思ってたんだ、治療縛りぐらいなんてことねぇ」
理由はわからないが、シャルの回復には頼れないようだ。一応俺も治癒できないかなと思ったが、やはりできない。まぁ実際回復の原理なんてわかるはずもないし、シャルができなかったら俺もできないのだ。
仕方ない、あとはじりじりと血を吐き出す自分の体にタイムリミットを感じるが、今できることを精一杯やるのみ。
そう思い次の手を考えようとすると…シャルの動きが急に変わる。
トレンチコートのような形状はどんどんと形を変えていき…
ついには俺を包み込んだ。
「シャル…?」
「主…いいですか、聞いてください」
シャルがいつもより優しい口調で語りかけてくる。
包み込まれているため外を確認することはできないが、ガシャガシャと形状変化し続ける音が響く。
「この戦いは…一人での戦いではありません。それをお忘れなく」
「…ああ、そうだったな…」
それからも少しの間音が鳴り続け…止まる。
その間ゆりかごに包まれていた気分ではあったが、止まったのを機に目を開ける。
と、同時に…花が開くように外の世界を映し出した。
どんどんと開けていく視界。眩しさを感じる目を無理やりに開け、シャルを確認した。
シャルの形は…コートの形状ではなく、パワードスーツと言った方が正しくなり。
そのパワードスーツを着用している俺は…なくなったはずの左腕がある。
背中には金属製の羽が生えており、先端にはプロペラがついている。さっき俺が作った奴を有効活用しているのか。
そして特徴的なのは…右手には特徴的な武器。
先程まで俺が持っていた高圧洗浄機に形状が似ているが、非常に冷たい。
今シャルが用意できるのはここまで、ということだろうか。
「主。右手の武器は【液体窒素噴射機】です。それでヴィクトルの灰を凍らせることができます」
「はぁ…なるほど。ついでに熱も無力化しようってことね」
「ですが…私が作ったものには、主の言う【神ぱわー】なるものは乗っていません。あれは主が直接生み出すからこそできるものなので」
成程。あくまでも一般的な製品でしかない、ということか。
にしてはこのパワードスーツは現実離れしてないか?と思ったが、そもそもシャルは俺が作ったものだったな。見た目も黒基調で、どことなく特徴が残ってるし。
まぁ、ともかく。
「ネクストラウンドだ」
あと、6分。
/* 作者あとがき
シャルが治療をしていない理由について追記しました。
*/
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