俺らの危険性と、相棒の機転

「ほい、紙持ってきた…って、どうしたの?これ」

「んー…まぁちょいと新人の洗礼をね」



契約書か何かを持ってきたソフィアの方を見ることもせず、カウンターにもたれかかったまま返事をする。

ヌイはいまだに敵なのか味方なのかが図り切れていないので、どう対応するか困っているようだった。

なおレイエスは先程絡んできた人達の方に行って、ソフィアにした説明と同じ内容を話している。



「あー、そういうこと。どうせ「こんなガキがなんでこんなところに」みたいなこと言われたんでしょう?」

「概ねその通り。なので過保護な姉が俺を守るために動くか今悩んでいるらしい」

「へー、あなたたち姉弟なの?随分と仲がいいのね」

「仲が良くなかったらここまで来ないよ」



ソフィアは先程まで邪推していたようでにやにやしていたのだが、姉弟と聞いて納得顔を見せる。

やはりいいな、この設定。めんどくさい会話はスキップできるし、ヌイが絡んできても「仲がいいねぇ」で済ますことができる。

今後も利用させてもらおう。



「そうなんですよぉ!私たちは仲がいいので!」

「おわッ!急に抱き着いたら危ないだろ!」

「大丈夫!すべての危険から守ってあげるからねぇ?」

「……まぁとりあえず仲がいいのねと言っておくわ」



うーん、これは確かに姉弟愛にしては少し激しすぎるのかもしれないが、まあせいぜいブラコンの姉だなと思われる程度だろう。

ヌイには少しだけ我慢してもらおう…と思ったが、多分喜んでいるのだろう。仲がいいと言われた時のヌイの顔は、「でへへー」と言ったセリフが似合うほど歪んでいたほどだから。



「あとこれ契約書ね。文字は書ける?」

「書け…わかんないかもしれん」

「書けないんだったら口頭でも大丈夫よ」

「じゃあそれで」



そう言うと、契約の内容を教えてくれた。

そもそも傭兵の雇用形態としてはいくつかあり、契約傭兵、フリー傭兵、ギルド傭兵、宮廷傭兵の4つで区分けされているらしい。今回俺らがなるのはギルド傭兵のようで、ギルドの規則に従う必要はあるものの、訓練施設や医療サポート、情報提供などを受けることが可能になるらしい。なお、ギルドの規則は普通に生活して入れば破るようなことのないものしかなかった。

また、傭兵にもランクがあり、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤといった具合に分けられており、基本的にその人の力ではなく名声が影響しているようだ。なので、力が強いからすぐダイヤになれるといったようなことは無い。どの世界でも人望と信用は必要ということだった。


特に何の変哲もない説明だったので、割と適当に聞き流しながら聞いていたが、きっと大丈夫だろうの精神で行こう。


そんな感じであらかた説明を受けた後、記入の部分に入る。

ちなみに文字の方を見てみたのだが、点と線が複雑に絡み合ったような文字だったので俺には読めなかった。もしかしたら地球に似たような言語はあるのかもしれないが、少なくとも俺は見たことが無い。



「名前は…スーとヌイで書いておくよ。じゃあ次は武器だけど…君たち、いつもどうやって戦ってるの?」



おっと、少し困った質問が来たな。

正直なところ、俺もヌイも特に何の武器を使って戦おうみたいな固定概念が無い。それは前回の戦闘を見てもわかるだろう。

だからといって、「神の力で強引に敵をボコしてます」とか言えない。

なら答えは一つ。



「環境利用闘法です」

「無手」

「…ヌイちゃんはともかく、環境利用闘法?」

「そこにある武器で戦う闘法です」

「二人とも無手って書くからねー」



別に武器を持たないわけじゃないのだが…と言っても、すでに書き込んでしまったのでもう訂正はできない。できないというよりかは今から訂正してほしいなどと言えないのだ。俺は流される男だった。



「あと経歴なんだけど…君たちは今まで狩りとかしたことある?」

「一度だけなら」

「スーと一緒に」

「へぇ…まぁこの変は確かにあんまり魔物とかいないし、道中もきっと安全だったのね」



ソフィアはさらさらと記入を続ける。



「じゃあ次は技能ね。何かスキルとか持ってる?」

「えっと…【毒火花スパークヴェノム】を」

「スーと同じだよー」

「ん…?もしかしてだけど、村の外にいるフェアリードレイクが使ってるスキルの事?」

「そうだけど」



ソフィアの手が止まる。訝しむその顔には、嘘つきを見るような表情が混ざっているのがわかる。


なので威力をセーブして実際に使ってみると、非常に驚いた顔を見せた。俺的にはやはり口から毒の煙が出る姿は見てほしくなかったが。



「魔物のスキルは人間は使用できなかった気がするけど…もしかして」



ソフィアの眼が鋭くなる。それどころか部屋にいた人々の目つきが変わる。

先ほどまで楽しそうな雰囲気だったギルド内が一変し、剣呑な空気があたり一帯を支配する。

人類の敵ならば、どのような存在でも排除せねば。そのような覚悟が彼らの体からにじみ出てくるようで、少したじろいでしまった。

それを見た彼らは確信を得て、一歩一歩と歩みを進める。


俺は…失敗したな、という気持ちでこの光景を眺める。

特に訂正などせずにいたり、交渉に失敗すると即効で切り捨てられるだろう。

だが、今の俺とヌイは神としての肉体がある。つまり死なない…というよりかは、例の部屋のところでリスポーンでもするのだろう。



初めての死ってこんな急に来るものなんだなぁと自由律俳句を詠んでいたところ、未だに俺を抱いたままだったヌイが動く。

まるで哀しむような表情で俺をそっと抱きしめ、小声で「私に合わせて」と言ってきた。

なるほど、何か策があるのならばそれに合わせよう。俺もヌイの事を抱きしめる。決して豊満な胸を感じたかったわけではない。



「確かに…私たちは魔物だけが使えるスキルを使うことができます」

「ならやっぱり…!」

「でも!それを人に向けたことなんて一度もないの!!」

「…ッ」



あまりにも真に迫る声を挙げるヌイに、彼らは動きを止める。悲痛な叫びはギルド内にこだまし、雰囲気がまた一変する。急な寒暖差により風邪を引きそうだ。もしくは体が整うか。



「私たちの力は…村でも恐れられてたよ。人々の目はいつも私たちを非難し、時にはいじめすら行われた」

「…」

「そして母親は言ったね。「魔物の子が生まれてしまうなんて」、と。そして父親はそんな母親に対し、「魔物と子を成す人類の裏切り者」だと言い放ったのを聞いたの。そんな言葉を私たちの前で言ったんだよ?信じられる?」

「それでも…」



ヌイは小声で、だがあくまでも彼らに聞こえるような声量で「スーにあんなこと聞かせるなんて…絶対許せない」とつぶやく。なぜかこのセリフには少し本心が混ざっている気がする。


彼らはヌイの話を信じるかどうか悩んでいるが、割と信じる側に偏っているようだ。表情が憐れむものに変わっていっている。

ただ…これ作り話なんだよなぁ…

実際に俺が言われたのは別のセリフだし、両親の仲は特段悪くない。

というかこんな話を即興で考えて喋っているのか?とても優秀な相棒だ。



「それに…私たちが使えるのは本来の威力には到底満たない威力…。さっきスーが使ってるとこ見たでしょ?あれが精いっぱいなの」

「う…なるほど…確かにあれでは害は少ない…のか?」



俺の頭を撫でながら彼女は無害さをアピールする。


ちょっと言い方。

確かに威力をセーブしたが、到底満たないと言われると少し悲しみがある。まぁ確かにヌイが出していたレーザーのようなレベルのものは出せないが、もう少し手心が欲しい。



「…この村なら、きっと受け入れてくれると思って言っちゃったけど…認めてくれないなら、この村を出るよ。そして…魔物と戦っていくうちに、もっと魔物に近づいちゃうのかもしれない」

「…ッ、それなら結局後々脅威になりえるじゃないか!ならまだ弱いうちに」

「でも!」



ヌイは一呼吸おいて、最終的な着地点を提示する。



「誰かが手綱を握っていれば、そんな心配もない、よね?」

「……………」



ヌイが俺を一度きゅっと抱きしめると、彼らに向かって薄い笑みを浮かべた。


ふーむ、なるほど。

ギルドとしては、人類に敵対的な存在は倒したくて、俺たちとしては金がもらえて旅ができれば問題ない。

ならば、ギルド側がその存在を飼い殺すことができれば安心できるだろ?ということか。

…いやこれ本当に即興で考えたの?情に訴えかけてからの交渉。ハードルを下げてから飛び越える、実にわかりやすい交渉の常套手段なのかもしれないが…俺はそんなこと思いつきもしなかったんだが。



「お願い…私たちの事を認めてほしい」

「………………」



この言葉を最後に、沈黙が広がった。現代日本とは違い物音が少ないこの世界では、音がならないと本当に何もない。

痛いほどの静けさという言葉の意味を初めて知った気がした。


そして、短くも長い時間がたった後、沈黙を破る声が響いた。



「………あなたたちのスキル欄は、空欄にしておくわ」

「ッ!あ、ありがとう…!」

「…一応言っておくけど、ここで知ったこととか起こったことは全部無かったことにするのよ?」

「うん…!わかった!…スー、よかったね、よかったねぇ…!」



ヌイが泣きながら俺の頭を撫でると、一気に空気が弛緩する。

対立していた彼らも、「今何かあったっけ?」「さぁ?」とすっとぼけあう。そのノリの良さでスキルの件も最初っから適当に流してほしかったな、と思った。

しかし…ヌイの演技力は本当にすごいな。迫真のセリフまではよかったが、今涙を流してるのはどういう感情なんだ。少し怖いぞ。



「はぁ…私たちだってさ、悪魔じゃないのよ。確かに敵は倒すし、人間だって殺す。だけど、すすんでやりたい人なんかいないのよ。ましては無害そうな子供達なんて猶更」



そういいながら紙の項目をさらさらと埋めていく。どうやら後は適当に片づけてくれるらしい。

また何か問題が起きたらと考えて嫌になっていたところだ。ちょうどいい。

神としての権能もここでは黙っておくことにしよう。


そうしてやっと登録が終わるのか、と安堵していたところに、ソフィアが待ったをかけた。



「書類はこれでいいとして…これからあなたたちには試験を受けてもらいます」

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