案内してくれる彼と、相棒の姉化

お祭りムードと言ったのは伊達ではなく、今現在もどんどんと屋台が出店の準備を始めているようだ。なおすでに出ている屋台には人が多く並んでおり、店主は忙しそうに料理を作っている。

騒ぐ人達のテンションにつられて高揚感が出てきた。

周りをきちんと見回してみると、そんなにたくさんの人がいるわけではないが、この村の人のほとんどがここに集まり会話をしているようだ。

みんなが仲良さそうに会話しているのを見て、今ならいろいろ聞けるかもしれないと思い、隣で串焼きのようなものを食べていた人に話しかけてみる。



「すいません、あの像って何なんですか?」

「え、お前知らないのか…って思ったが、旅人か?あれはな、ここルミナの村を縛ってた鎖みたいなもんだ」

「鎖…?呪いみたいなものがあったの?」

「うぉ、なんだえらくべっぴんな姉ちゃんだな…。そう、あの像があったことで、俺らはこの村から出ることができなかったんだ」



ヌイを見て少し鼻の下を伸ばした彼はいろいろ教えてくれた。

あの像は、少し前に来た魔物のようなものが置いて行ったものであり、一定範囲に入ってしまったらそこから出られなくなってしまうというもの。入ることはできても出ることはできないので、人を招き入れるが出さないトラップとなっていたこと。

どうにか破壊を試そうとしていたが、像の効力が効いている場所だと力が出ないらしく、破壊に手間取っていたらしい。

そうしてもう少しで食料が尽きそうになった時、どこからともなく槍が飛んできて破壊した、というのが最近までの流れだそうだ。


まぁその槍は別の敵を倒そうとして投げた副産物というべきものなのだが。


確かに今ちゃんと像を眺めてみたが、人型ではあるものの、黒い鎧を身に纏って巨大な剣を持つそれは、人間というよりも魔物と言った方がしっくりくるような見た目をしている。

破壊された顔の部分は分からないので具体的に誰という情報は手に入らなかったが、きっと会えばすぐわかるだろう。



「おぉ…神よ!我らのことは見捨てていなかったのですね!」

「…ソウッスネ…」

「というか…お前らこのタイミングで外から来たってことは…もしかしてこの槍って…?」



俺が言うかどうかを迷っていた質問を投げかけてきた。

別に俺としてはいいことらしいので言ってもいいのだが、今回の功労者として崇められるのはヌイの方だ。

だがヌイがそうやって崇めてほしいわけではない可能性がある以上、言い出しづらいところがあった。

ちらりとヌイの方を見てみると、俺と目が合う。俺の考えを理解したであろうヌイは人差し指をそっと口に近づける。

少し湿って光沢のある唇に指が当たる様子は妙に艶めかしく、ふいにどきりとしてしまった。


ヌイの意図は分からないが、言わないでいいということは伝わったのでその方向で話を進めよう。



「いや、俺たちは知らん」

「え…?そうなのか…?いやでもさっきのやり取りは…?」

「ねぇ?知らない方がいいこともあると思わないかな?」

「……そうか、まぁお前らがそういうならそうなんだろうよ」



その人は少し肩をすくめて、「像を破壊した奴は英雄だぜ?なんで言わねえんだろうな」と小声でつぶやいた。

俺もわからないが、まぁ本人がそういうのでこうなったのだ。許してほしい。



「んーじゃあ、特に今回のことと関係の無い旅人さん達よ。この後はどうするか決まってんのか?」

「俺らの最終目的地は今のところ一番デカい国で、そこに行くための準備をしたいんだが」

「ほ~、てことはイルミナリアに行くってことかい。こっからだとだいぶ遠いぞ?」

「そのあたりも含めての準備だよー」



ヌイが手をひらひらと振りながらそう言うと、彼は少し考え始めた。

ぶつぶつと小声で、「あそこを超えるとしたら…」や「道中の日程を考えると…」など言っている。

どうやら俺たちが目的地の国、イルミナリアに行けるかどうかを考えてくれているらしい。

そして彼の考えが落ち着くと、顔を上げて俺たちに提案をした。



「なるほどなぁ…あいわかった。それなら、俺がこの町を案内して準備の手助けをしてやる」



彼は胸をどんと叩き、自信満々な顔で俺たちにそう告げた。その顔には何か打算的な考えはないようで、純粋に尊敬の念からこの提案をしているように思えた。

成程。その提案は非常にありがたいし、ここにきてからのシャルはあまり役に立っていないので、現地民に頼るのはやぶさかではないだろう。



「それはこっちとしてもありがたい。な、ヌイ」

「それなら、この辺りの観光できるとこについても教えてもらってもいいかな?」

「お安い御用さ。俺はここの住民だからな、なんでも知ってるぞ?」



彼がそう言うと、おいしい料理を出してくれる店や、いい腕の鍛冶師がいる武器屋、はたまたカップルがよく集まる秘密の場所についても簡単に教えてくれた。どうやら俺たちのことを姉弟だと思っているようで、ヌイに対してちょっとした色目を使っていたようだが、空気が少しピリついた時点でやめてくれた。途中に挟まるユーモアは、口は悪いが優しい年上の兄ちゃんを思わせてくれて退屈しないのだが、空気を悪くするような言動は取らない主義のようだ。教えてくれた場所が具体的にどこにあるかはこの後連れて行く予定らしいので、楽しみになってきた。



「オーケー。よろしく頼む、…えーと」

「ああ、俺の名前はレイエスだ、よろしくな」

「ありがとう。俺の名前はスーだ」

「私はヌイだよぉ」



俺たちはそれぞれの手を握って挨拶をしあった。


この世界に来て初めての知り合い。

現実では友達の少ない俺だが、こうやって人と話すのはやはり楽しい。

きっとこれからもたくさんの知り合いができて、中には親友と呼べる人もできるのかもしれないと考えると、未来が本当に楽しみになる。

だから、彼との出会いを今のうちに楽しんでおこう。


そうして彼に案内をしてもらおうと考えたが…ここで一つ問題を思い出してしまった。

現代に生きる上で、確実に必要だった存在を今思い出した。

俺は青い顔をしながら彼に告げる。



「…あー…すまない、最初にどこか働ける場所を教えてほしい」



俺のその言葉に、レイエスは包み隠さずげんなりとした顔を浮かべる。

そのげんなりとした顔には、「お前もしかして金持ってないのか?」という意志が透けて見えるようだ。


仕方ないだろ…俺たちはまだこの星に来たばかりなんだ、ここの通貨を持ってないどころかどんなものが流通してるかすら知らないんだぞ。



「このタイミングで言うってことは…まぁとやかく言わねぇよ」

「悪いな、いい感じにまとまったタイミングだったのに」

「あんま気にすんなそんなことは。どうせお姉ちゃんと一緒に無一文で田舎から飛び出してきたんだろ?」



まあここも田舎だけどな、と笑いながら言う。

俺は姉弟ではないと言おうと思ったが、こうやって俺たちの評価が決まってくれれば、そういうロールプレイも取りやすいと思い、曖昧に返事をする。

ヌイとしても不満はないようで、俺の方を抱いては「弟を守るのが姉の役目なので」と言ってスキンシップを取ってくる。


そんな俺らの関係を見たレイエスはまたもあきれ顔をして肩をすくめた。どうせこいつはヌイのことをブラコンだとでも思っているのだろう。あながち間違ってないぞ、とだけ言っておこう。


彼は「とりあえず俺が考えてるところに案内してやる」と言って、町の西の方に歩みを進めたので、彼の後ろをついていく。

今まで居た村の広場と違い、だんだんと鉄の匂いが漂ってくる。

どうやらこの辺りは冒険者用の装備や道具等をまとめて売っているところらしく、店前には自慢の品であろう剣や防具がピカピカに磨かれて並んでいる。

これぞ異世界だなぁという感傷に浸っていると、レイエスが今の行先についてしゃべり始めた。



「お前らは旅ができるぐらいには力があるんだろ?ならその力を生かすところにでも行くか」

「力を生かせる…ってことは、ギルドにでも行くのか」

「お察しの通りだ。登録はしてるだろ?」

「いや…してない」

「はぁ…???」



今回ばかりは彼も本当に謎に思っているようで、足は止めないまでも顔をこっちに向けながら疑問の声を投げかけてくる。

せめて前を向いてほしい。さっきから彼の足元がだいぶふらふらしてて店先の商品を蹴っ飛ばしそうで怖い。



「いや…俺の村にはギルドとかなくて…」

「えぇえ…?ギルドって至るところにあるはずなんだが…んんん?」

「私たちの村は本当に田舎でねぇ…スーと私だけで生きていけるようになったら出て行こうって相談してたの」



ヌイが真っ赤な嘘を笑顔でつぶやくと、レイエスは納得したように手をポンと叩く。

そして…どんな想像をしたのかわからないが、少し涙ぐんだ後、俺たちに対する目が優しくなった。



「そうか、そうか。なら登録してなくてもおかしくないよな、そうだな…………頑張ったんだな…グスッ」

「…い、いやそんな泣くほどのことでは…」

「あいわかった!!このレイエス!お前たち姉弟を、責任もって一人前にしてやる!!」

「そこまではいいかなぁ…?」



一人で勝手な想像をして、一人で盛り上がっているレイエスを見てヌイと苦笑いを浮かべていると、ほかの建物の大きさとは一回りもデカい建物を見つける。

レイエスは「あれだぞ」と指を差して、小走りでその建物の前に向かう。



「ここがギルドハウスだ。お前たちの物語の始まりのホームでもある」

「レイエス、テンション上がりすぎだぞ」



俺とヌイは特に小走りすることはなかったが、自然と歩むスピートが早くなった。

異世界らしいイベントに、俺の心は踊り、テンションも上がる。


表情と声には出さなかったが、俺の気持ちはレイエスと同じぐらい高まっている。



じゃぁ、行こう。初ギルド。

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