新しい村と、相棒の楽観的思考
ヘタクソな解体を二人で何とか終わらせるものの、正直言って全然ちゃんとしたものにはならなかった。
皮は穴だらけだし、部位ごとに切り分けることもできていない。
しかし、俺らの間には確かな達成感があった。それだけでも収穫があったと言ってもいいだろう。
肉はどうしようかみたいな話をしている時、ふとあることを思い出した。
「あ!そういえばあのドラゴンの毒火花!あれって俺も使えるようになったかな?」
『主達が解体をしている最中に解析、修復の方を終わらせておきましたので使用できます』
「それって私も?」
『神の権限を与えられているヌイ様も同様です』
「お、マジか!これなら今後も期待できるな」
俺は早速誰もいない方向に向けて使ってみようとするが、もしかしてこれ口から出さなきゃいけないやつか…?
口から緑色の煙が出るのって、なんかすごい汚い気がするなぁ…
少しげんなりするも、初めてのスキル使用ということで否応なしにわくわくする。
「行くぜ!【
そう唱えると、ドラゴンが使っていた技が口から出る。
どうやらこのブレスを使用している間は口の中に毒火花が生成されるらしく、息を吐きだすことで遠くに飛ばす技?スキル?らしい。
なるほどな、これで寒い冬にふと出る白い息が毒霧だったみたいなネタができるなと思って隣を見ると、
明らかに俺が出した毒火花より強いものをヌイが出していた。
しかも強すぎてレーザーみたいになってるじゃん…ガチドラゴンブレスじゃん…
「…あのーヌイさんや、それは一体…」
「これ?スーが使ってた奴と一緒!」
絶対そんなわけない。あのドラゴンですらビームは出なかったぞ。
たとえ神パワーだとしてもなんで俺はそこまでのものが出ないんだ?教えてシャルwiki!
『毒火花の効果範囲は肺活量依存です。なので、単純に主の呼吸の仕方が下手ということになります』
「ひでぇよ神様」
「神様は私たちだけどね?」
俺の能力はアスリート並みだったはず。だったら肺活量だって常人より数段多いはずなのだ。
だがヌイと比べたら天と地ほどの格差がある。
この差は一朝一夕では埋められないのかもしれないと考えると、ちょっとしょんぼりした。今なら世界を滅ぼそうとした神の気持ちもわからないでもない。
『主もできるはずなのです。スペック上はヌイ様と同じはずなのですが…またこちらもバグなのでしょうか』
「そうであってほしいよ」
「スーが弱くても守ってあげるよ?」
「なんの慰めにもならないんだよその言葉は」
その後何度か使用しても同じ結果だったことから諦めることにした。どうせ毒を撒くだけのスキルだ、毒さえ当たればいいのだ。
あと使用するたびに何か減っていく予感がしたから早急に使用をやめた。スキルを消費無しで使えるとは思っていないので何かを消費しているはずなのだが、それが良くわかっていない。
シャルにも質問したが、『何か体力のようなものを消費しているのではないか』という返答を頂いた。シャルwikiがいつか更新されるのを求む。
ドラゴンの肉を蛮族のように掲げる真似をする遊びをするなどして休憩した後、また前へと進む。
何かしら進むべき目印みたいなのが欲しいと思ってヌイと相談したところ、戦闘中にヌイが投げた物干し竿の方向に歩くことが決まった。
どうやら【クリエ】で作ったものと作った人は互いに場所を把握できるらしく、一直線に投げた方向へと向かうことができた。
【クリエ】で作ったと言えばヌイもそうなのだが、俺の位置を把握できていたのか聞いたところ、ずっと一緒にいたから知らなかったと言っていた。まぁそうか…と納得しかけたが、せっかくヌイも受肉したのだ。彼女の好きなことをやってほしいとは思う。
そうして歩くこと数分。地面が少しへこんだ部分から続くなだらかな下り坂の先に小さな村があった。位置関係からさっきは見えなかったらしい。
その村は遠くから見てもわかる程美しい。四季折々の花々が咲き乱れる草原の中心に位置し、村の周りには小川が流れていて非常に清涼感がある。
家々は木造建築で、瓦葺き屋根の家が多い。家の周りには花畑や小さな庭が広がっていて、自然との調和がとれている。
村の中心の方には円形の広場があり、その周囲を屋台が囲っている。どうやら今は繁盛時らしく、人が多い…のだが、ちょっと様子がおかしい。
そう思って村人一同が向いている広場の中心には、だれだか知らない人の像が置いてあり…
その頭に、ヌイが呼び出した物干し竿が刺さっていた。クリーンヒットだ。
まずい。
どうするか。
額に脂汗が流れるが、気にしたことではない。謝りに行くか?だが今ならバレていないからこの失態を隠すことも…
隣にいるヌイだが、何も気にしていない様子で「すごいねぇ、ダーツだったらブル?」なんて言っている。今回みたいな状況だったらトリプル20の方が正しい気がするぞ。
んー…そうだな。
まだ遠くから見ている状態で、俺たちのことは見られていない。
それに…そもそも物干し竿が刺さるような状況だ。こんな二人組でできるとは到底思われないだろう。
「あー…ヌイ、あれってどう思う…?」
「そうだね…じゃあまず仮定の話をするよ。あの知らない人の像が、もしも大事な人の像だったら」
「…だとしたら破壊されたことに怒りを感じている人がいるだろうね」
「うん。そこは否定しないけど…あれがむしろ枷になるような存在だとしたら?」
いや、流石にそんな都合のいい話があるわけがない。
たまたま投げた槍(物干し竿)が?たまたまあった村の像にたまたま当たって?そしてたまたまその像が破壊したがっているものだと?
「いや…それは流石に仮定が過ぎるな。仮にそうだとしても勝手に破壊するのは…」
「んーもう!いい?じゃあ私が考えてること言うからよく聞いてね!」
「そんなこと、気にする必要は無いんだよ!なっちゃったものは仕方ない!
だから…どうあろうと、楽しんだもん勝ち!」
ヌイは太陽のような笑顔を浮かべて、俺の手を引っ張って村の方向に走る。
俺はつんのめりながらも彼女についていくことになった。
…ヌイの言葉は、責任から逃れる言葉なのだろう。
だが、うだうだと考えていた俺にとって、その言葉は何よりも言ってほしい言葉でもあった。
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村には防衛設備と呼べるものは無く、土地を示す木でできた杭が円形に刺さっているだけで、どこからでも入れそうだった。
花々を踏まないよう景色を楽しみながら歩いていると、人の流れが広場に向かっていることがわかる。
人々は口々に「広場の像が壊されたらしい」 「マジか」と喋りあっている。
どうやらこの村のような小さな村では情報が伝わるのが早いようで、ほぼすべての家の人が出ているようだが、そもそもこのレベルの事態の大きさだ。小さな村でなくても速報が駆け巡ることだろう。
…これ、俺たちが犯人だってバレたら一瞬で情報が広がりそうだな。それが悪い方向だったら猶更。考えるだけでお腹が痛くなりそうだ。
だが、当のヌイは涼しい顔をして歩いているので、考えすぎないようにした。ああ、屋台から漂う香辛料の香りが腹を刺激する。
「おぉ…像が…」
「まさか…そんな…」
広場についてみると、像の破壊について様々な声が飛び交っている。
ざわざわと野次馬が動き、口々に自分の意見を言う。
彼らの顔は見れない。なかなか人同士の混雑が激しく、顔を見ている余裕が無いからだ。
彼らの言葉だけでは、まだどちらかを判断することはできない。でも、ヌイの言葉を信じることにしたのだ。迷いは無い。
ふわりと、とても落ち着く香りがした。
アロマのようないい匂いではない。だが、確実に俺が落ち着く香り。
いつの間にかヌイが俺の手を握ったまま後ろに回っていたようで、後方から流れる風がヌイの香りを運んでいたようだ。今更だけど、なんで女の子ってこんないい匂いがするんだろうな。遺伝子?
「スー、今の気持ちは?」
「自分の受験番号を探している時の学生の気持ち」
「あはは、やっぱりちょっと緊張してたんだね。体が震えてたよ?」
「…マジか、迷いは無いと思ってたんだけどな。それでも、最悪ではないよ」
似たようなシチュエーションの時が昔あったことがある。あの時は確かに悪い結果に終わった。その時のトラウマがいまだに俺の中に根付いているんだろう。
しかし、昔と今は別。関係の無いことだ。
ヌイの手に俺の手を重ね、ふぅと一息吐いた時、周りから歓声が上がる。
「ほんとに悪魔の像が壊れてる!!」
「やったぞ!!!これで我々は解放されるんだ!!!」
「飛んできた槍は一体どこから!?」
「そんなことはどうでもいい!!宴だ宴!!」
村人たちの声は明るく、悲壮感などどこにもない。
俺がそうと気づいていなかっただけで、すでに村全体がお祭りムードだった。
…いや、ヌイの考察、本当に当たってたのかよ。
たくさんの偶然が重なったせいで俺が無駄に悩むだけだった、ということか。
「えへへ、私の正解だったみたいだね?」
「…負けたよ。今度からは最初から楽観視して臨むことにする」
周りがわいわいと楽しむ中、俺は決意を固める。
楽しもう、この世界を。
その心を胸に、さてこれからどうしようかと悩むのだった。
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24/7/22:舞野がこの事態を深刻に悩む描写を改稿
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