シャルによる現状報告と、相棒の心配性
『おかえりなさいませ、主、ヌイ様』
「ああ、ただいま」
すでに二回目なので勝手知ったるものだ。昨日座っていた位置と同じ場所に座…ろうとしたら、ヌイが先に座って膝をぽんぽんする。いやそれ続投なのかよ。
やはり恥ずかしさはあるものの、やれというのであれば仕方ない。彼女に促されるまま膝に座った。
『いまだにやっているのですね』
「俺だって恥ずかしいんだわ」
「?」
ヌイだけはハテナを浮かべているが、君の仕業だからね。ちょっとはその狂気をしまってほしい。威圧感と同レベルなんだよそれ。
俺が押し黙っているのを見て、シャルは先に話を切り出してくれた。空気の読めるAIだ、容赦はないけど。
『では、主達がいなかった時に収集したデータを展開いたします』
「ん、頼んだ」
そう言うと俺の周りにたくさんのウィンドウが出現していく。
グラフやら表やら文字やらたくさん表示されているが、正直こんなに見せられてもよくわからない。
「このウィンドウ達は?」
『かっこいいから展開しただけです』
「紛らわしいんじゃい」
そもそも相手に理解させる気が無かったみたいだ。なんでそんな紛らわしいことをするんだ…。
そう思っていると、たくさん散っていたウィンドウが収縮していき、いくつかのウィンドウに融合する。
今回のウィンドウは言っていることが分かるレベルで情報整理されていた。
そこで書かれていることは、主に2つ。
一つは、今回のバグのメインであるデータ欠損が、基本的なデータ以外が使えない状況になっていたこと。
もう一つは、ネクラ内で作成したものが現実世界に持ち出せるようになっているということ。
まずは一つ目から。
基本的なデータ以外、というのは「ゲームを起動するのに必要なデータ」以外ということだ。
つまり、俺はゲームとしては結構な欠陥を抱えたままプレイしなければならないわけだ。
例えるなら、ゲーム内の使えるものは個数制限も無く使えるクリエイティブなモードなのが通常のGenesisCraftであり、
俺のGenesisCraftはタイトル画面とチュートリアルしか受けられない無料版みたいになっているらしい。これが格差…?
一応【天地開闢】によって星を作ることはできるが、今俺が作れるのは太陽系だけであり、それも行けるのは地球(例のシンプル地球)だけらしい。つまり行っても意味ないし、何も得ることができない。ヌイが別の惑星を創れた理由としては、「プレイヤーと別存在でありながらプレイヤーと同等の権限を持つ特別な存在」であったからだと書いてあった。
なお、俺がヌイを呼び出せたり、博物館で見た剣を生成できたのは、「ゲーム内のデータからの参照」ではなく「プレイヤーの脳内にあるイメージ」からAIによって補完、生成に至ったようだ。なお俺が回復系の魔法のような行為が使えなかったのは、アニメや小説などの中途半端な知識では補完ができなかったためであり、シャルが使えたのはチュートリアルの最後に回復をかけてくれる手筈だったようなのでデータに残っていたようだ。
そう考えるとヌイが何気なく作っていた例の〇ススター…ヌイは実際に見たことがあることになってしまう。ここについてシャルに尋ねてみたが、星の外形だけなら想像しているものを作れるらしい。中身は空っぽらしいのでそんなに厳密に知識が必要なわけではないらしい。矛盾が起きなくてよかった…。
そしてもう一つ。
ヌイが現実世界に来たのはこれが理由である、というのは理解した。
俺たちプレイヤーがこの部屋と生成した世界を行き来するのに使われている技術。
実はその技術を現実世界に対して使うこともできるらしいのだが、普段はシステムロックが掛かっているらしい。
だが、俺のネクラはデータ欠損のバグにより使えるようになっている。
どうやらこれに関してはある意味フェールセーフ的な原理があり、プレイヤーが現実に戻れなくなるという重大なバグが起こらないように緊急避難的な意味合いで使えるようになっているらしい。
試しにこの辺りをシャルに聞いてみると、『通常の帰還方法では主は帰還することができません』と言われたので、このフェールセーフ機能に感謝した。俺一生閉じ込められる可能性があったってことかよ。いやなったらなったでそういう展開もいいかなと思っちゃうところあるかもしれんが。
ちなみに俺が現実世界にいろんなものを持ち出すのは問題ないかと聞いたが、実際は問題ではあるが俺とヌイの関係を見て必要なことだと判断したらしい。俺の中のシャルの評価が一つ上がった。
なお、あまりにも現実世界を揺るがすレベルのものを持ち帰ったりするのはご法度らしい。まぁ、言わんとすることは理解できるのでここは素直に頷いておいた。
すべてを読み終えて一息つく。読んでる間俺を膝に乗せているヌイに辛くないかと聞いたが全然問題ないとのこと。割と体力あるな…
「…んで、ここまで読んで思ったことを言っていい?」
『…なんとなく何を言いたいのかわかりますが、なんでしょうか?』
「このゲームどうやってプレイすればいいんだよ!!!???」
今回わかったことは、「ゲーム内の物は現実でも使えるよ!けどゲーム内のデータは無いよ!」ということである。
無いものは無い。無いものは取り出せない。
つまり、今のところプレイする手段が無いのだ。
「どうすりゃええねん!?これまたダウンロードしなおしですわーーーー!?」
『主、言葉遣いが変になってます。落ち着いてください』
「にゃおーーーー!!!!」
「スー!?」
ダウンロードし直しとまではいかないが、整合性チェックには5日かかるって言ってたよな…。しかもそれでデータ治ったら現実でヌイと会えなくなるし…いやでも結局脳内で会話できるからいないわけではないけどうごごご…
発狂して頭を抱える俺をあわあわと慰めようとするヌイ。
そんな俺らに待ったをかける声(ウィンドウ)があった。
『そうなると思って代替案を用意しています』
「さすがだぜシャル!お前は世界一のAIだ!」
気が変になったまま言葉を発しているので表現が大げさになるが、なんだかシャルが誇らしげになったので一応喜んでくれているようだ。だがこんなことではまともな会話にならない気がするので少し気持ちを落ち着かせた。
『では代替案の流れを説明します』
そう言って今回も俺の周りにウィンドウを広げ…ることはなく、普通に一つのウィンドウを見せてくる。
今回の話をするためにパワポみたいなものを用意したようだ。プレゼンかよ。
『まず私の方で少しですがデータの修復をさせていただきました。まずメインの【天地開闢】についてですが、チュートリアルの制限を外して別の星を作成することができるようになりました。また、作成した際のデータの欠損ですが、こちらについては私の方で補完させていただきます』
「おお!ってことは俺もちゃんとプレイすることができるってことか!」
『はい。ですが現在のデータ状況では星のパラメータを調節することはできません。なので、完全にランダムな星に降り立ってもらうことになります』
まぁそれでもプレイできないよりましだなと考えてヌイと向かいあう。にっこりと笑うその笑顔は、ただ俺が振り向いたから笑顔になっただけみたいに見える。ちゃんと話聞いてるのかこいつ。
『さらに言うと、今現在主の能力は低く、地球でのアスリートほどしかありません』
「いやそれでも十分すごいが??」
『よく考えてみてください。ランダムということは、その星に住んでいる獣の強さもランダムということ。なので、主の腕前では歯が立たない可能性があります』
「確かに…それは困る」
何が困るって、ヌイが多分困る。
彼女は俺を守ることを信念に今この場にいる。そんな彼女が俺を守れないかもしれないと少しでも思うと、どうしてでも守るために修行でもなんでもしてしまうだろう。
そして修行をするためには力をつけに行かないといけないが、俺のそばを離れることはない。つまり、修行の機会が失われているということ。
強いものと戦うにはケガをしてしまうだろう。弱いものを守りながらというのはなおさら。
そんな結論に至ったヌイは俺を抱きしめ、この場から一歩も動けなくしてくる。
せめてどこにも行けないように。この手で守れるように。
そうして、今まで全然口を開かなかったヌイが口を開く。
「…それをわかっているということは、つまりスーが安全に降りれる星を作る方法があるんでしょ?」
『流石です、ヌイ様。その通りです』
「大体方法は分かるよ。シャルがいくつかランダムな星を作って、危険度を計算。そしてスーが行っても大丈夫な星をピックアップして行ってもらう。でしょ?」
『…ヌイ様にはかないませんね』
そう言うと目の前の机の上にいくつかの星が円状になって配置されている。この星群はそれぞれに危険度が書いてあって、どんな星なのかを簡潔的に説明してある。
『主達がいない間、ランダムな星をたくさん生成し、その中でも危険度が低い星がこの星群です』
「とりあえずいけるのはこの辺りだけってことか…。ちなみに、危険度が高い星ってのは俺もいつか行っても大丈夫になるの?」
さっきシャルは、『今現在主の能力は低く』と言っていた。つまりは後々高くなる可能性がある。
ゲームでいうところのレベルアップ的な要素が、このネクラ内でもあるのかもしれない。
『ええ確かに、現在主は確かに力も無いポンコツ神様ですが』
「余計なお世話だ」
『その力が完全に失われたわけではありません。具体的に言うなら、その目で見て、理解した物はもちろん、スキル、魔法、技等を模倣することができます』
「えっつよ」
『これはもともと主に備わっているはずの力…つまりは欠損しているデータの部分ですので、いわゆる修復に近いですね』
成程。読めてきたぞ…
つまりは、弱いところでできるだけデータ修復に努めつつ、俺ができることを増やしていく。
んで、できることが増えたらその力でもっと上の星を目指してがんばれってことだろう。
なかなか理にかなっている作戦だと思う。その上で俺が手に入れた物は現実に持ち出せるのだ。
楽しみつつ、利益を得る。非常に魅力的な提案だ。
「OK。じゃあ俺は弱いところでレベリングみたいなことすればいいわけだろ?」
『その通りです。私が考えていた流れとしては、この通りですね』
疑似パワポに俺が想像していた通りの図が表示される。素晴らしい作戦だ、今すぐ実行しなければ。
「おっしゃシャル!じゃあ今すぐ俺を一番危険度が少ない星にとばしてくれい!」
そう元気よくシャルに伝えるが、それを阻むのは我が相棒。
「…本当に大丈夫な星なんだよね?ちゃんと調べた?危険度の測定方法は?人は生活してる?治安は?文明レベルは?星の環境の変化とかは?自然災害による被害はどれぐらい?民族の分布は?種族は…」
「あの…ヌイ?」
「少し静かにしててね、私がちゃんと見合う星か詰問するから」
俺はちょっとだけ気落ちしつつも、ヌイが満足するまで星の安全性についてシャルと語っていた。
なお、話は1時間ほどになった。俺の尻が痛い…
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