バグと、相棒のヤンデレ化
「ヌイ…悪かったから…放してくれ」
「嫌。絶対離さないから」
あの後、俺たちはシャルを呼び出して元の部屋に帰ってきた。
ヌイがしきりに俺の無事を確認している途中、先ほどこの部屋で行った言動がドッキリであったことを伝えたところ…。
「おしおき」とシャルは一言呟くと、デスス〇ーを引っ掴んでシャルにぶち当てる。彼女のどこにそんな力があるのかわからないが両者共に粉々に粉砕された。
あまりの怪力に血の気が引いていると、シャルのお仕置きの手は俺にも伸びてくる。
俺も粉砕されるのか…と覚悟を決めて目を瞑ると、ヌイは俺に抱き着いてくる。それどころか、ソファに押し倒して、上に覆いかぶさってきた。
彼女の体格については言っていたはずだが、俺の顔にはその豊満な胸がこれでもかと押し付けられている。
こうして、ヌイに抱きしめられてから既に結構な時間が経とうとしていた。
「お互いケガしてるから…な?」
「…ん」
どうにかして背中をぽんぽんと叩き、どいてくれと行動を促す。
ヌイは俺の上からどいたかと思うと、傷ついていない腕を引っ張り、膝の上に座らせてきた。
その時点で割と恥ずかしい。変な汗の代わりに腕から血が流れている気がする。
そしてそのまま後ろから抱きしめてきた。
「ね」
「どうした、ヌ…」
「おそろい、だね?」
俺のボロボロの腕と、ヌイの傷だらけの腕をぴとりと合わせる。
彼女はうっすらと笑みを浮かべながら耳元でそう囁いた。
ビックリしながらヌイの方を見ると、とろんとした顔で俺の傷を眺めている。
その表情には、愛おしさと狂気が入り混じっていて、目のハイライトが消えている。
「スーと同じ痛みじゃないかもしれないけど。スーと同じ辛さじゃないかもしれないけど」
「それでも、一緒に痛みを感じた。これでこそ、【運命共同体】 だよね?」
体が包み込まれる。やわらかで、女性特有の香りが鼻を突き抜け、頭がくらくらしてくる。
いつまでも抱きしめてほしいと本気で感じるほど、魅力的で、誘惑的で、狂気的だった。
…どうしよう、割とすぐにシャルに治してもらおうと思ってたんだが、これ完治させたらいけない奴だよな…
なぜかは知らないが今のヌイはヤンデレの中でも割とアウトな方のヤンデレと化している。選択肢を間違えたら四肢切断からの監禁もありうるほどの説得力がある。
「………シャル、俺たちの体の治療って…」
『可能です。ただちに治療いたします』
「待て待て。いいか、治すのはいい。だが、傷は残してくれ。ヌイの分もだ。割とマジで俺の命がかかってる」
シャルが治療し始めようとしたとき、俺の体に割と洒落にならないレベルの圧がかかる。
真後ろから抱きしめてるはずなのに今どういう表情をしてるかわかるし、あと俺の腕の傷をちょっとえぐり始めている。
すごい痛いわけではないけどさすがに無視はしたくないレベルなんだ。だからヌイ、俺の手を使って自分の腕に傷をつけようとするのやめな?
『承知いたしました。ではお二人の傷を体に刻み付けたまま治療します』
「物分かりが良くて助かる。本当はさっさと神パワーで治療しようとしたんだができなくてな」
『そちらも後ほど説明させていただきます』
シャルがそう言うと、俺たちの体が治療される。
まるで自然治癒する過程を早送りにしたような光景に、少しだけ驚く。
ヌイは残った傷を嬉しそうに撫でるが、治りたての部分は割と敏感なので触られると体がビックリする。
「おぉぉくすぐってぇ…。ちなみに四肢の欠損は?」
『治ります。その場合は、自然治癒の形ではなく、時間逆行による欠損事象の無効化にて対応します』
「大丈夫なのかそれ…」
急に挟まれる難しい単語群に、ちょっとだけ不安を覚える。あと腕が生える感覚ってどんな感じなんだろう…
だが、今後いくらケガをしようとも治療することはできる。それだけは、唯一の安心点だ。
さてと一息入れ、体の調子を確かめる。痛みが少なかったせいでどこをケガしていたかがわかっていないせいで、具体的にどこが治ったかもあまり把握していないが、特に異常は見られないっぽい。
足の調子も確かめるかと思い、立ち上がろうとする。が、その行動を妨げる過保護な俺の相棒がいた。
「なぁヌイ、治療が終わったんだし、こんな人形みたいな形で俺を抱かなくても…」
「おねがい、どこにもいかないで」
「…」
こんなにも過保護だったか…?と疑問に思ってしまう。正直今までの認識で言うと、隣にはいるけど必要以上に干渉しない距離感が心地よかった。それが、今ではヤンデレのシチュエーションボイスでしか聞いたことのないようなレベルのガチヤンデレが出来上がっている。マジでどういうこと??
俺が黙っていると、抱きしめる力がきゅっと強くなった。だが、強くなったことで、ヌイの体の震えが俺の体にも伝わってきた。
こんなにも心配してくれてたのだ。少しぐらいわがままを聞くのが俺の仕事というものだろう。あと抱きしめられるのは普通に気持ちがいい。
あとほんと申し訳ないのが、どさくさに紛れて体をなでるのはやめてほしい。体が無意識に反応しちゃう。
『まず一つ、謝らなければならないことがあります』
「ほぉ、なんだよ言ってみな?」
『今回の一連の現象は、ひとえに私の調査不足が原因です。申し訳ございませんでした』
一連の現象ね。まあ確かに、俺を飛ばすときのシャルはなんだか、「物語の始めから登場してるけど意味深なことしか言わないキャラ」みたいな感じになってたな。『今はまだその時ではない…』とか言うのか?もったいぶるなよお前が食品だったら腐るぞ。
だがシャルは『問題がいくつか見つかった』と言ってたはず。ならば、すべてが予想外ということは無いんじゃなかろうか。
「…どこまで予想してた?」
『作成した地球のデータが欠損しているため、この状態で地球に飛んだ場合には紐無しバンジーを楽しめるだろうというところまでです』
「そこはお前の差し金かい」
完全に俺を殺す気じゃねぇか。
ただの人間は空を飛べないし、地面にたたきつけられたら死ぬ。それがわかってやったってのかよこのクソウィンドウは。
「はぁ、んで?予想外の部分は?」
『…主が力を使えなくて地面にたたきつけられた以降はすべてです』
「素直でよろしいね、反省しろお前は」
『猛省しています。ヌイ様には叩き割られるぐらい怒られたので、猛省です』
じゃあ二回叩き割られてんだこいつ…。というか腕ケガしてたのって、一回目は素手で叩き割ったのか!?
…あとでちゃんと言っておかないとな。必要な暴力はいいけど自分を傷つけたらいけないってことを。あとその暴力を人に向けないでほしいとも。特に俺に。
シャルの予想としては、
・俺、地球に飛ばされる
・途中で力を使ってなんとかケガを回避
・シャル『地球のデータ欠損してるよね?百聞は一見に如かずです』
・俺「言葉で言われればわかるわ!」
みたいな流れを踏むつもりだったのだろうか。
確かにその通りだが、何もリスクを背負ってまでやることでもないだろう。あまりにも俺に恨みがありすぎる。
もしかしてだが、俺とヌイを見て何かしらイラっと来るものでもあったのだろうか。だとしたら本当に感情的なAIだな。クソ迷惑だということを除けば、めちゃハイスペックだな…と感心するところだ。
「はぁ~~~、分かった。で~? その嫉妬した挙句自分の主を危険な目に晒すようなAIさんは、今回のイレギュラーに関してどう考察しているのさ?」
『ッ…、では私の考察を、人の目を憚らずどこでもイチャイチャするようなどっかの誰かさんにわかりやすく説明してあげましょう』
「わかりやすくキレんな」
『バグです。以上』
「バグかい」
ただのバグでした。
---
「ちなみに、主が治療を行えなかったのもバグです。現象で言えばデータの欠損が起きています」
データ欠損系のバグ…
心当たりはある。確か、ダウンロードしている時、エラーを吐いていた時があったはず。
その時は動揺のあまり何のエラーが出ていたかは気にせず、どうにかして直そうと躍起になっていたのを覚えている。
しかし…そうか…。やっぱりあの時、エラーの内容をちゃんと確認しておけばよかった。
でなければ俺が死にかけることもなかったし、ヌイが後ろから俺のことを抱きしめて匂いを嗅いだりすることもなかっただろう。
後半はともかく、前半は由々しき事態だ。次回からは気を付けよう。うん。
データのバグなら、ダウンロードしなおせばいいだろうと思って、ふと考える。
「データの欠損ね…そういやログアウトして現実地球に帰ることは?」
『できます』
「……………あ、できるんだ」
別に、この世界に閉じ込められたとかそういうわけではなかったようだ。
それはそれで別にいい。むしろ、ちょっとだけ優越感すら感じる。
…ただ、このまま出れなかったら、現実に戻る必要もないなーと少しだけ思っていただけ。ただ、それだけ。
「なら、ちょっと戻ってファイル整合性の処理走らせてくるよ」
『それであればしなくて結構です。主が不在の間、こちらの方で抜けているデータの解析を進め、問題解決に努めます』
「へー…ちなみに俺が外から走らせた場合は?」
『データが初期化される恐れがあるのと、ここで起きたことのすべてが無かったことにされます』
「チュートリアルはじめっからって事だろ?まあそのぐらいなら…」
『整合性チェックには5日かかります』
「長いねぇ!!!というかなんでダウンロードより時間かかるんだよ!!」
本当にふざけてるAIだ。事務的な言葉遣いをするくせに感情的とかいうニッチなキャラになってきてるし、もっと扱いやすい性格付与をしておいた方が良かったんじゃないか…?
「あー…わかったよ。その辺はもうシャルに任せるから、俺らは一度ログアウトするよ…。ヌイ、聞いてるか? 帰るぞー」
「うん、聞いてる。一緒に行こうね」
Gクラを起動する前に比べて、ずいぶんとしおらしくなったもんだ。いつもちょっとゆったりぎみに話すのに、今は言葉少なになっている。まあかわいいので何も悪くはないが。
よし、と気合を入れて立ち上がろうとすると、今度は手を放してくれた。少し名残惜しいが、彼女の方が名残惜しそうにしている。ずっと触っていたいだろうに、愛い奴め。
そう思って頭を撫でる。今は俺が立ってるから、ちゃんと頭に届いた。わしゃわしゃとかき回すとケモみみがぴくぴく動いたり、あわあわとした顔になって面白い。
「んじゃ、シャル、俺らはいったん抜けるよ。これからもよろしくな」
『了解しました、主。あなたのご帰還を心よりお待ちしております』
そういうと、Gクラを始める時と違い、目の前が真っ白になっていく。
『あと、最後にですが』
「どうしたよシャル」
『主が接敵したあの生命体、本来であれば主と親しい人物”達”として現れるはずだったものだと予想できます』
「知ってたけど言うなよ!!!!!!!!!!!」
やっぱアレって俺の家族と知り合いが一つになったクリーチャーなんかい。俺の家族をコケにしやがってゴミウィンドウがよぉ…
俺は中指を立てたし、ヌイは無言で親指で首を掻っ切る動作をした。
出来ればそうであってほしくなかった爆弾情報を落としてシャルは消えた。ほんとふざけてる。
完全に真っ白になる前に、少しだけ声が聞こえた。
「今度はちゃんと…守るから、ね?」
その言葉は、誰の耳にも届かない。
誰に言った言葉でもないが、強いて言うなら。
本人が自分に言い聞かせた言葉、なのだろう。
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