助けたい人と、相棒が必要な俺
ここは真っ白ではないどこかの一室。
先程まで二人だったその部屋には、今は一人しかいない。
「…うっ…ぐぅぁ…ぇぁ……」
静寂の中、一人の少女の泣き声だけがか弱く響く。
ヌイは、ある男性がいた部分のソファの上で泣き続ける。
あまりにも急な別れ。
救えなかった。助けられなかった。行ってしまった。もう帰ってこない。
深い悲しみより深く、深くに落ちていく。
「…また…私は同じ過ちを…」
ヌイの中にある記憶が、少しだけ蘇った。
**
『…痛いな、はは…』
『…ッァ!?ガハッ!!あぇ、ぐ、うえぇ…げほ、げほ』
『……もし、もし誰かが…助けに…いや、ただ話すだけでも』
『…誰?』
**
ああ…そうだ。
私は、私は…彼の。彼を…
彼を、守らないといけなかった。
彼を、救わないといけなかった。
私は、そのために…
『ヌイ様』
ウィンドウが視界の端に映る。だが、罪の重さに耐えきれないヌイには、ただの文字の羅列があるとしか認識できない。
でかでかと書かれた黄色と赤のどぎついコントラストすらわからない。辛うじて「ドッキ」まで読めたか。
『ヌイ様、お気を確かに』
「…誰が」
『…?』
「…誰がァ、やった…………?」
『…私で』
「てめぇが!!!!スーを!!!!!」
思い切りウィンドウを殴りつける。
人の体を得たヌイではあるが、実際に体を使ったのは久々だ。だから、力加減ができない。
バリィッ!!!!
爆音と共にウィンドウは割れ、机をも破壊する。
力の限りを尽くした一撃は、相手を砕くことはできたが、自らの腕をも傷つけてしまう。
まるで、自分の罪を贖うかのように。
『落ち着いてください』
「落ち着いて、だってぇ…?はは、お前は、同じ状況で落ち着いてられるのかなぁ…?なぁ」
『それは…わかりかねます。演算では導けない感情ですので』
「…」
元の状態に戻り、何事もなかったかのように文字を映し出し続けるウィンドウを睨みつける。
ヌイの表情は、地球で言われている鬼よりも怖い表情をしている。
『結論から言えば、主は無事です』
「…………本当なのか確証が掴めない。証拠は?」
『こちらです』
そういうと、別のウィンドウが立ち上がる。そこには、一人の男性が映し出された。
「スー!!!! …よかった…生きてた………」
『………ですが…今の主は………接敵、しているようです』
なぜかとても文字の送りがとても遅い。まるで、合っているのだが違うような、そんな印象を受ける。
だがそんなもの。彼がピンチであれば、助けない選択肢などあるはずがない。
「ッ!?じゃあ早く助けないと!」
『いえ…厳密には敵ではないのですが…』
「なんでそんなに歯切れが悪いの!?」
またもやヌイは怒りのあまりこぶしを握る。先程の行動により腕全体から血が流れ出ているのに、何も気にしていない。
ただ、感情のまま肉体を動かしているようで。シャルにとって、それはまぶしく映ることだろう。
『今主を帰還させたら、確実にトラウマになるでしょう。なので…』
『ヌイ様。あなたが直接、主を迎えに行ってもらえますか?』
---
「ちょおわあああああああ!!???」
目が覚めた俺は、現在空の旅をしていた。
具体的には、旅ではなく、自由落下だが。
ゴウゴウと風が俺の体に当たり続ける。
これも風ではなく、すさまじい速度で落ちているが故の物理法則だろう。
「なんでこんなことににににににに…」
俺のほほ肉がプルプルと震える中、どうにかして頭を動かす。
何故パラシュート無しスカイダイビングをしているかはどうでもいい。
とにかく助かる方法を考えなければ。
下を見ると、どんどんと地面が迫ってくる。起伏の少ない地形だが、無傷で着地できる場所はあるだろうか。
可能性としては、水面にダイブ、雪原に突っ込む、林の中に落ちる、斜面でうまく転がるとかがあるが…
ダメだ、水辺も雪も林も無い!!斜面も上からじゃ観測が難しい!!
「うぁぁぁ…!神様パワーでどうにかなんないですかねェ!?」
そう、今の俺はこの世界の神なのだ。
だったらなんでもできるはず。
例えば…浮遊とか、衝撃に強い体になるとか、テレポートを覚えたりとか…ッ
「…………はは!ダメだ!なんもできる気がしないわ!!!終わったか!?これ!!」
すでに地面にだいぶ近い。もう今から何かをして衝撃から身を守るなんてことはできないだろう。
神様としての力、本当に備わっているのか心配になってきた。
もうあと数秒後には地面に激突する。だが…その前に。
最後に一つだけ、やれることだけやっておしまいにしよう。
「おらぁあああああ!!!【インパクト】!!!!」
ぶつかる直前、地面に向けてグーパンを放つ。
能力が使えなくとも、神様の体なら割と固い体のはず。どうにかして落下の衝撃を吸収してほしい。じゃないと死ぬ。
ズゴォォォォン!!!!
爆裂音が響き渡る。その音は周囲の大地を揺らし、何もない大地を駆け巡った。
おおよそ人が出せる力を超えた超人…いや、神がかった力。
俺がパンチした場所にはクレーターが出来上がり、周囲には土埃が舞い続ける。
勿論、俺がもともとこんな力を隠し持っていたわけでは無い。さらに言うと、先ほどの言葉の【インパクト】も、力を増幅させる力など無い。
…これは後ほど知ったことだが、俺の現状に危機感を覚えたシャルが、彼女の権限を使ってちょっとだけ手助けをしてくれたようだ。その内容については教えてくれなかったが。
「…」
砂埃が晴れ、視界がクリアになる。
先ほどの衝撃により吹き飛んだ砂が降ってきてまるで雨のようになるが、それも数秒の事。
爆音の後は、なんの音もしない。ただ静寂のみが流れる。
シンとした空気の中、俺は口を開いた。
「腕埋まった…」
現在の俺の体勢は、大体 OTL みたいな感じになってる。すごい落ち込んでるみたいで恥ずかしく感じるが、幸い誰もこの現状を見ていない。
体はズタボロだが、何とか生きている。
あとプラスで、痛みはほぼ無い、あるけど見た目ほどではない。これは多分神様効果だろうということで納得する。
まずはこの人生の終わりみたいなポーズをどうにかしなければと思い、腕を力任せに引き抜く。
「…うげぇ…グロ…」
思い切り引っ張った腕は、体以上にボロボロになっていた。
骨が折れていることは無いが、ところどころ見られないレベルの負傷を負っている。あと血も割とちゃんと出ている。
一般人なら痛みからの失神→流血による失血死が確定している場面だが、幸い神パワーで失神はしていない。血がドバドバと流れ出続けるのはちょっとシュールだ。
というかそもそも、俺はこの世界で死んでも生き返れるよな…。そもそもゲームとして発売してるんだ、プレイヤーが死傷沙汰になるようなものはそもそも発売を許されない。
痛みが少ないのもそのあたりが原因かな…。さっきは神パワーとか言ったけど、正確には大人の事情だったか。
「神パワーが使えるなら、この傷も治せるはず…むむ…【ヒーリング】!」
ヌイを受肉させた時のように、自分なら何でもできると思い込んで治癒をしようとする。
が、何も起こらない。
「 【ヒーリング】!【治癒】!【再生】!」
いろいろな呪文を試してみる。が、反応無し。
そういえば別に唱える必要は無い、みたいなことをシャルが言っていたような気がするので、体が治癒されるのをイメージする。
しかし、体に変化は起きず、刻一刻と時間が過ぎ去るのみ。
少し違うかもしれないが、書いたプログラムが、コンパイル時にエラーが吐かれるけどエラーの内容がよくわからない、みたいな現象が起きているように感じる。
つまりは結局のところ、何も発動しない。
「なんでだ…?ヌイの時は別に何を唱えなくてもできたけど…んー?」
神なら何でも生み出せるはずなのに。もしかして、あの部屋じゃないと神の力は使えないのだろうか?
でもそんな仕様だとしたら即刻で運営に報告もんだぞ。そもそも、チュートリアル中にいきなり知らない土地に飛ばされて、しかも高所からの死亡確実ダイビングをさせているのに、ちょっと体が頑丈なだけの一般人でしかないって、どんな拷問だ。
「こんな拷問、中世でもありえないってんだよな、なぁヌイ———」
だが、返事は無かった。
いつもなら、元気よく(なにいってるの?)とか返してくるはず。今までこんなことは無かったはずだが。
もしかして…俺が悪ノリでやった行動に怒っているのだろうか。だとしたらやっぱり返事もしなくなるかもな。
もしくは…さっきのヌイに、俺の中にいたヌイが本当に入ったのか…?
…俺がさっき作ったのは、「イマジナリーフレンド」としてのヌイをイメージして作成した、いわば別の人のはずだった。
だがもし、ヌイが本当に俺から出て体に入っていったとしたら。
……彼女は、どういう存在だと考えればいいのだろう?
「…まあいいや。俺と相棒の間にめんどくさい関係なんか必要ない。とりあえず今は帰る算段を立てないとな」
そう思って、一度治癒することは諦め、今度は自分の知識内の物が生み出せるかどうかを試そうと適当な武器を———
と、ここで周囲に違和感が生じる。
先ほどまで何もないはずだった空間に、何かがたたずんでいる。
シルエットは2足歩行の生物のようだが、人ではない。というより、人だとは思えない。
「縺溘☆縺代※」
「……ぅ……なん、だ…こいつ…」
それは人であり、人ではなかった。
体のいたるところから腕が生えており、先端からは血が滴っている。
顔はいたるところについており、一部分無くなっている顔もある。
足は二つだが、歩いてきたであろう道には千切れた足をぼとぼとと落としながら歩いている。
極めつけは、その声。
たくさんの人の声を同時に再生したときのような、不気味な感覚。長いこと聞きたくない声だ。
「繧ォ繧コ」 「縺九★縺上s」 「縺翫↓縺?■繧?s」 「縺セ縺??縺輔s」
「…キッショぉ……でも、よく聞くと知ってる声…?」
何を言っているかわからない。わからない…のだが。
きっと、知っている声だ。
だが、その知っている声の主は、今ここにはいないはず。
俺の家族は、今現実の方にいるはずなんだ。
「繧ケ繝シ」
ドクン。
心臓が跳ねる。
その声は
きっとききたくなかった声。
きけるはずだった声。
さっき、呼びかけて帰ってこなかった、声。
「…!!!!…おま、それ…ヌイの………う、うぇェ…」
想像したくもない考えが頭をよぎり、猛烈な吐き気が体に襲い掛かる。
体の力が抜け、地面に座り込んでしまった。
昔、ホラー映画を親に無理やり見させられた時のように、足が震えて立てなくなる。
昔やってたゲームに出てきた滅茶苦茶怖い敵を見たときのように、瞼の裏に張り付いて取れなくなる。
悪い。
とても悪趣味な夢だ。
しかし、これは夢ではない。現実の冷たさが、皮膚を通じてじわじわと体に染み込んでくる。息を整えようとするが、胸が締め付けられるような感覚に襲われるだけだ。
なんとか立ち上がろうとするも、足がまるで鉛のように重くて動かない。心の中で必死に「大丈夫」と自分に言い聞かせるが、その言葉は虚しく響くだけだった。
こんな状況で、どうやって進めばいいのだろう。どうやってこの恐怖から逃れることができるのだろう。答えは見つからないまま、時間だけが過ぎていく。
「が…んぐ…ぇ…」
まともに思考ができない。
まともな思考をしていられない。
嫌な予感というのは、大抵の場合的中しない。
これは、人が今まで生きてきた歴史が証明している。
俺らは暗闇に不安に思うことで、身を守る術を身に付けたり、将来に不安を抱くことで今勉強できたりするのだ。
そしてその結果、「何も起こらなかったじゃん」と安心する。
…だから、杞憂なんて言葉が生まれる。
でも、それでも…今回ばかりは、杞憂なんてことは無く。
「も…しかして…、こいつ…俺のかぞ」
後ろで何かの音がした。聞いたことが無い音が。
そして。
「私のスーになにしやがんだぁああぁ!!!!!!!!」
強い、とても力強い声と共に、俺の予感を吹き飛ばしてくれた。
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