ふざける俺と、相棒とのチュートリアル

ヌイが受肉したので、座ってたソファの隣に座らせることにした。

3人が座れるほどのスペースがあるはずだが、ヌイは俺にほぼ密着するような形で座っている。

まぁ…相棒だし、このぐらいの距離感が普通なのだろう。甘んじて受け入れることにした。



「んじゃシャル、チュートリアルの続きをやってくれ」

『……………………承知いたしました』

「拗ねるなよ」



明らかにウィンドウに映る文字のスピードが遅かったな。怒っているのか、はたまた呆れているのかは知らないけど、割と感情があるんじゃないかこいつ。

だがそっちの方がやっぱやりやすい。感情が無いと企業からのメールを見ている気分になるからね。



『ではまず神としてできる権能の主な機能、【天地開闢】を使用していただきます』

「おっけ了解。使い方はヌイを受肉させた時と同じでいいか?」

『はい。体の動作はなんでもいいですが、【天地開闢】と唱えていただければ基本世界が創造されます』



なるほどな。ヌイの時も少し思ったが、ウィンドウとかからタブを選択して…とかそういう操作はしないんだな。

全部の操作を自分の思った通りにやれるのは少し興奮するが、宙に浮いたタブをぽちぽちしてみたかったので、ちょっと残念な気持ちが渦巻いている。そんな淡い気持ちもいつか消えるだろうな。なぜならそんなことに気持ちを寄せている暇はないからだ。


体の動作はいらないとは言われた(書かれた)が、それでも何もせずに唱えるのはなんかこっぱずかしい。感覚で言うとスマホとかに話しかける勇気が出ない、みたいな小さな悩みがある。

なので、思い切って片腕を前に突き出して手のひらを前に向ける。この体勢ならなんかそれっぽく見える気がする。

もう片方の手をヌイが握って…いやこれ絡ませてきてるな…笑顔を見せてくる。「スーならできるよ」といったような表情でこちらを見てるが…普通このタイミングでやります?別に俺そんなに子供じゃないんだよ?確かに背は小さいけれども。



「むむむ…【天地開闢】ゥ!!」

『すみません、別に叫ばなくてもいいです』

「…【天地開闢】…」

『声に出さなくてもいいです』

「唱えろっつったのはお前やろがぃ!!!」



シャルに突っ込むと同時に部屋の明るさが一段階下がり、目の前のテーブルの上に青みがかかった球体が出現する。

また、その球体の周りには恒星と惑星が追加で出現しているが、真ん中の球体よりかは小さい。

まるで太陽系のうち、地球だけを拡大表示しているように見えるそれは、地球にしてはずいぶんとシンプルな作りをしている。

大陸と思われる部分は四角と三角の組み合わせでできており、水のグラフィックも大分荒い作りをしている。



「なんか…荒い地球って感じだな…」

「ねぇ、ほかの惑星も見てよ。こっちも荒い作りだねぇ」



太陽と思われるオレンジ色の球体は、黒点などもなく、フレアも出ている様子はない。子供が遊ぶようなオレンジ色のゴムボールのようだ。

一番ひどいのは土星で、明らかにグラフィックが低い。土星の周りの特徴的な輪はぐちゃぐちゃになり、もはや原型を留めていない。

これは…俺の想像力が低いせいなのだろうか。今からでも図鑑を引っ張り出してきてちゃんと開闢しなおすべきだろうか。あまりにも解像度が低すぎて完全にポリゴン球になっている。



「あー、シャルさん?グラフィックの設定ってどうなってる?もしかしてこれが普通だったりする?」

『グラフィックの設定は最高設定になっています』

「…そんなわけないよねぇ?もしかしてだけど、ダウンロードしてるときに何か問題でもあったんじゃないかな?」

『確認します』



ヌイの言葉にシャルがそう返すと、ウィンドウにロード中マークが出た。ついでに言うと終わりまでの時間を示すバーも表示されている。

とりあえず終わるまで待つか…と思ったのだが、これがまた長い。

先ほどからバーが動く気配が無い。まるで大きな質量のものに押さえつけられているかの如く動く様子が無い。

おい…これ、まさかまた3日間待つってわけじゃないだろうな…!?俺はもうあの日々を思い出したくないんだぞッ…!

とは言ってももう既にGクラのダウンロード自体は終わっているのだ。流石に気分がどん底ということは無い。ヌイもいるし。



「全然終わらなさそう」

「だねぇ…」



暇になってしまったので、ヌイに膝枕してもらいながら荒いグラフィックの太陽系をいじってみる。

ゆったりと髪を撫でられてると少し気持ちが良くなってくる。さすが俺の相棒だ、頭を撫でるのがうまい。



「おー、ほかの惑星も拡大表示ができるわけか」

「そういえば、【天地開闢】って、私もできるかなぁ?」

「やってみないとわからんけど、できなかったら権限付与でもしてみるか」



ヌイにやらせてみたところ、どうやらできなかったようだ。なので、俺が持ってる神の権限をヌイにも使えるようにすると頭の中で唱えてみる。

多分だが、この神の権限周りは、ゲームで言うところのクランマスターが持っている権限に似ているんだと思う。

俺がクランマスターで、すべての権限を持つことができ、ほかのクランメンバーにいくつかの権限を使えるよう許可することができる、といった具合に。



「ん~、じゃあ使ってみるね」

「ちなみに何をなさるおつもりで?」

「秘密」



そういうや否や、ヌイの前には白色の星が生まれる。だがやはりグラフィックは低いままだ。

しかし…なんだろうこれは。本当にただ真っ白の惑星だな、月でも作ったのか?



「なにこれ?月?」

「いや、デス〇ター」

「いや百歩譲って凹んだピンポン玉でしょ」

「「あはは!」」



ちゃんと既存作品だとしても、頭の中で想像さえできてたら形になるんだな。というかヌイって、もともと俺と記憶共有してたんだよな…?俺正直デ〇スターのことなんか頭になかったんだけど、ほんとに俺と同じ脳みそ共有してました?


そんなこんなでヌイが何を作るか楽しく見ていると、長らく沈黙を貫いていたシャルが語りだしたので、顔だけあげてシャル(ウィンドウ)の方向を見た。



『解析…失敗。予測…一部成功。

一度データのすべてを洗ってみましたが、問題となる点がいくつか発見されました』

「お、やっと原因わかった?」

『はい。とはいえ、一部ではありますが』

「ほーん、じゃあ解説してくれ」

『わかりました。ではその前に』

「?」



俺の体が歪みだす。

だが痛みがあるわけではなく、陽炎のようにグニャグニャになっているんだろうな、という感覚がある。

若干の気持ち悪さが体に駆け巡るが、特にそれ以上のことはないようだ。



「…ッ!?スー!?」

「あー、ヌイ、落ち着いてくれ。シャル、これは何をしようとしてるんだ?」

『すぐにわかりますよ』



体の端の、歪みが一番ひどい部分からグラが荒い地球に吸い込まれていく。

どんどんと体がなくなっていく感覚に俺自身動揺を隠せないほどビビるが、今後の展開もまぁ予想できるので声を荒げて怒るほどのことでもない。



「ちょっと!?シャル!!スーはどうなるの!?」

『…』

「反応してよ!!!」



約一名、焦りすぎである。


あ、そうだ。

この状況なら、人生で一度はやってみたかった”アレ”ができるかもしれない。

アニメの最終回でよく見るような例の演出。誰しもは少しはあこがれたであろう、最高のエンディングを。



「ヌイ」

「スー!?大丈夫なの!?」

「大丈夫だ。ヌイ。それより、言わなくちゃいけないことがある」

「…………そんな…お願い…」

「いいか。俺たちはもともと一人だ、そうだろう?だから…」

「…やだ…………いかないで…」



俺の体がほぼ吸い込まれ、顔のあたりだけ残る。

ヌイは必死に俺を行かせまいとするが、どうにもならない。吸い込まれ始めた俺の体は、最後まで止まることを知らないのだろう。

この転移やってるのって、多分シャルだよな。めちゃノリいいじゃん…。

ただ…流石にネタバレはするべきだろう。ちょっとヌイが可哀そうになってきた。


ま、するのは俺じゃないけどな!!シャルにまかせちゃお!!



「…もうお別れだよ、ヌイ」

「ッ!?いや…いやだよ…ずっと一緒に…ッ!?」


「さよなら」

「まってまってお願いまってよお願いまだ一緒に…」



最後顔だけ残してくれたので、きちんとにっこり笑顔でさよならを告げた。

きっと、また会える。多分割とすぐ。



そうして、体がすべて消えた俺はまた気を失った。





――こんなことして、彼女が楽しめるはずがないのに。

俺は、この時の行動をいつまでも後悔し続けることだろう。

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