第5話 空中庭園
「で?わざわざ起こして何の用?」
風船で起こされた葵は、茜にされるがまま身支度を整えていく。服を変えられ、髪をとかされ、歯を磨かれ、顔を拭かれ、紅をひ「やめろ」「お化粧した方が、可愛らしいですよ?」「いらないよ」
葵は立ち上がると、チェストの上に置かれた銀のトレイから、こまやかな銀細工のブレスレットを取り、左腕にはめた。
昔、自分の魔法に振り回されて泣く葵に、魔力を制御する為と睡蓮が贈ったものだ。そもそも制御出来るという話が子供騙しだったのか、ブレスレットが抑える力より、葵の魔法がさらに強くなったのか、もう何の役にも立っていないそれを、葵はいつも身につけていた。
「楡様が庭園でお待ちですわ」
先ほどの問いに茜が答えた。脱いだ服を手早くたたみ、使った道具を片付けていく。茜の侍女としてのスペックはとても高かった。葵は茜が部屋を片付ける様を眺めていた。
「さ。参りましょう」茜は振り返ると、葵にそう言って笑った。凛とした一本の白百合が風に揺れたかのような優しい笑顔で。
城にある塔の屋上には、空中庭園が作られていた。代々王と、王に許されたものだけが入れるその庭園は、土を入れ、水を流し、木々や季節ごとに咲く花が、穏やかに吹く水恵の風に揺れていた。そして、木々に集まる鳥の声が軽やかに響く。
「葵、元気だったかい?」
「元気だよ」
「この前、梛と街に行ったんだろ?面白かったかい?次は僕も誘ってよ」楡は楽しそうに笑いながら、茜の入れた紅茶を飲む。
「楡は笑うが、なかなか大変だったんだぞ?ねえ、葵」
「大変だったのは梛だけだよ」
「ならいいよ。それは梛の仕事なんだから。ね?」
「兄妹して、同じような事を言うから困る」
空中庭園には、楡と梛と茜、そして葵の4人しかおらず、ここにいる間はただの幼馴染の3人と、その妹として、変わらぬ関係でいる事を楡が望み、ほかの3人が受け入れた。そんな4人は、穏やかな昼前の時間を楽しんでいる。
「茜は行かなかったの?」
「私はお留守番。お部屋の掃除がとても捗ったわ」ニコニコと答える茜に、葵はありがとうと言った。
「今度、4人で街に行こうか!」
「楡と梛だけで行っておいでよ。私はもういい」
「なんで」「人が好きじゃない」
行けば皆が自分を恐れる。本心から自分に殺されると思って恐れるのだ。葵はそんな人達を見ることに苛ついていた。
「葵は優しいのにね」楡が愛おしそうに葵を眺める。その目線は葵にとっても、側にいる2人にとっても、とても心地よいものだった。
「ここでいいよ。ここが好きだし」葵は手元のカップを覗いた。紅茶に光がキラキラと反射している。本当にここでこうして、4人でなんでもない話をしているだけで十分だと思えた。
「なら、街じゃなく、森を抜けて林檎の村へ行こう。葵は林檎が好きだろ?」梛が提案をした。街で葵が林檎を手にしたことを思い出していた。
「それなら私も一緒に行きたいわ」茜はそう言うと葵にニッコリと笑って見せた。
「じゃあ、決定だね!日にちは、僕と梛で打ち合わせてから知らせるね」楡の言葉に、葵が頷いた。
「市場でね、林檎を見たから思わず手に取ってしまったんだ。梛の村の林檎は美味しかったなーって。そしたら店主に命乞いをされた」葵が口を尖らせながら言う。あの時と同じように可愛らしい葵に、梛は笑った。
「なら、なおさら林檎を食べに行こう。私の両親も、葵が行けばとても喜ぶよ」
「うん。楽しみにしておくよ」
太陽は空中庭園の真上に移動し、白く薄い雲が青い空を流れていく。木の枝に止まっている鳥が、4人の他愛もない話を聞いているかのように首を左右に揺らした。そして、自分も会話を楽しむかのようにピピッピーィと鳴く。長く垂れ下がった鳥の尾が風に揺れ、青い空と同じ色をした羽に嘴を入れると、鳥は丁寧に毛繕いを始めた。
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