第3話 ずっとそこにいる少女
小高い丘に建てられた小さな古城の中には、豊かで清らかな水を保ち続ける大きな泉があった。
鳥が自由に出入りし、花は季節ごとに咲き誇る。どこからか吹き始めた風が泉の周りを巡り、淀みひとつない異常なまでの正常な空気がそこにあった。
その泉の傍らにある真っ白な墓石に、少女は泉の水をかける。それは毎日言い渡された仕事の1つだ。
この中庭に穢れや滞りがないか確認すること。鳥が巣を作らないか見張ること。生き物が死んだら屋敷の外へ出すこと。
少女はこの泉がある中庭の清さを守る仕事をしていた。どこへ行くこともなく、毎日同じ事を繰り返す。仕事に飽きることなく、不満に思うこともなく、疑いを持つこともなく、ただただ従順に主人の言いつけを守り続ける。
「ドール、食事の時間だよ」
泉のそばにある木の枝に巻きついた青い蛇が告げた。この蛇はドールと呼ばれる少女が不具合を起こさないか、監視するために存在していた。ドールが動かなくならないように、定期的に食事を取る時を知らせる。
ドールは手にしていたガラスの水差しでもう一度泉の水を汲むと、それをステンドグラスの屋根がついたガゼボの真ん中にある、大理石のテーブルの上に静かに置いた。
ステンドグラスの様々な色の中に、水差しからの光が加わり、辺りに柔らかい色が散らばって揺れている。
ドールは足元で揺れる光に目をやった。「小さな魚たちみたいでかわいいね」主人の声が聞こえる。ゆっくりと顔を上げ辺りを見渡したが、声の主はどこにもいない。それはドールの中の少し前の記憶か、随分前の記憶から聞こえた声だ。この行動をすると再生ボタンが押されたように、いつも同じように聞こえてくる。
ドールはゆっくりと青い蛇の元へと向かった。この中庭にある一番大きな木には、深い海のように真っ青な色の実が生っている。鳥や小動物たちが決して口にしない実。彼らには毒であることが本能的にわかるのだろう。この実の正体も感じ取っているのかもしれない。証拠に一番大きな木だというのに、鳥たちはその枝に止まることをしないし、小動物が木の実を求めて木を登ることもない。
ドールは手を伸ばして、青い実を1つ木からもぎ取った。それを両手で大事そうに持つと、ステンドグラスのガゼボまで戻る。そこにあるドールのために作られた籐で出来た椅子に腰かけ実をかじる。シャリッとみずみずしい音を立てながら、ドールは実を食べる。すべて食べ終わると、次に汲んでおいた水差しの水を飲む。
味わう食事ではなく、決められた行動から取る食事。
食べ終わると、次はテーブルに置かれているブラシで自分の髪を梳かす。少し癖のある栗色の髪は腰まであり、ドールは毛先から丁寧に髪を梳かしていく。
主人は言っていた。ドールの身体は大切な人からの借り物だと。いずれ返す日が来るまで、大切に扱うようにと。
ドールは主人の言いつけを守りながら、今日も1日を終える。
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