第7話 邂逅

 神事は終わった。ユウコはまた元の部屋に連れられ、手当てを受けた。

この神事の後、ユウコの環境も色々と変わった。一番大きく変わったのは、水神様と直接会話が出来るようになったこと。そして、水神様に毎日襲われることも無くなった。襲われるのは、毎月の神事の時だけになった。

鐘の音とともに、水神様は少女を引き連れて毎日現れるが、ただ話をして帰るだけになった。

神主のユウコに対する態度も、以前以上に恭しいものになった。

儀式を終えるとは、大したことのようだ。

 そんなある日のこと、いつものとおり鐘の音とともに現れた水神様が、ユウコに話を始めた。

「お前も既に知っていると思うが、この一緒にいる尼は、かつて人柱として堤防に埋められた少女だ。信者たちは、十五の森と呼んでる民話のな。かれこれ五百年か、とてもよく私に尽くしてくれた。

その誠実の見返りに、お前も神にしてやろうと言ったが、元が謙虚な娘だ、恐れ多いと辞退した。それから泣きながら、神になる代わりに、そろそろ生き別れた家族の元に行きたいと言ってきた。

もう死んだ家族だ。会うとなると黄泉の国に行かねばならん。

ただ黄泉の国に行けば、二度と帰ることはできん。ワシが黄泉の国から連れ戻すことも、当然できん。あのイザナギ様でさえ、イザナミ様を黄泉の国から連れ帰れんかったんだ。ワシぐらいの神じゃ無理だ。

あれほど尽くしてくれた娘の願いじゃ。ワシは娘を黄泉の国へ送ってやることにした。

ただせめて最後、あの娘に良い男を抱かしてやろうと思ってな。それでお前にやってもらうことがある。あの健気な娘のため、どこかから良い男を連れてくるように」

ユウコは嫌な気分になった。そもそも、最後に良い男を抱かせるとか、なんて男の発想だろう。ただ、この部屋から出られるのだから、強く断る理由もなかった。

「分かりました。そのお役目、お受けします」

「そうか。ではあとは神主とよく話すように。すぐに男も見つからんだろうから、まあ半年は待とう。それと、神域から外には出られるが、逃げられないよう呪いがかかっているからな。まあその呪いのおかげで、帰るのは困るまい。もし半年経ったら、自然とここへ戻る」

そういうと、おもむろに水神様は懐からに木札を出し、ユウコの脳天に、木札を突き刺した。

あまりの出来事に、ユウコはただ茫然としていた。そんなユウコを尻目に、

「これで良い、これで良い」

とだけつぶやき、水神様は、鏡の中へ帰っていった。

 残されたユウコは、恐る恐る頭のてっぺんを触る。木札は突き出ておらず全て頭にぶち込まれたようで、出血もなかった。

これが呪いなんだ、とユウコは静かに受け入れた。

もう何もかも、受け入れるしかないのだと、ユウコはいつも通り諦めていた。


 神主が丁寧に部屋に入ってきた。

「あらましは、水神様からお聞きのようで」

「はい。とりあえず、良い男を連れてこればよいと」

「さようでございます。必要なものは、こちらで準備いたします。必要なら、スマホもお金も存分に」

少しの思案の後、ユウコは答えた。

「では、あるだけの金をお願いします。それに私のスマホも」

神主はユウコの要望を書き留めると、

「では、早速準備いたします」

と言って、部屋から出ていった。

 その男を誰にするか、ユウコの中では既に決まっていた。

たぶん、半年もいらないだろう。


 そして、朝。

 朝食後、ユウコは神主から外出に必要なものを渡された。

お金にスマホ、交通系カード、服、バッグ、そしてキャッシュカードに暗証番号の書いた紙。それらを持って、ユウコは外に出た。

ユウコにとっては、久しぶりの外だった。神社の鳥居を出て周りを見た時、ユウコは思わず驚いた。

どこか僻地のカルトな神社に連れてこられてと思っていたが、周りには思った以上に普通の家が立ち並んでいた。田舎には間違いないが、新しく開発されつつある地域といった感じだった。

 神主から、あらかじめ最寄り駅の場所が聞いていたが、時間があるのでユウコは周りをぶらりと歩く。すると、広い川にかかる大きな橋が目についた。その橋にユウコは辿り着く。

「大きな川。この堤防が、あの少女の埋められた堤防かな」

橋を通る車の音で川のせせらぎは聞こえないが、ユウコには鐘の音が響いているようで、その響きに少女の寂しさを感じた。

「私が、やらないと。彼女のためにも」

踵を返し、ユウコは最寄りの駅まで急いだ。


 駅に着いた。高さのある、近代的な橋上駅だった。その駅名をみて、ユウコはまたも驚いた。

「なにこれ、私の住んでるとこの近くじゃん。電車のアナウンスで聞いたことある駅じゃん」

自分が何も考えずに住んでいた地域のすぐそばで、あんな昔話みたいなことが行われていたなんて。

ユウコはその驚きを振り払い、ホームへと向かった。

目的の男の元まではどう行けばいいかは、ユウコはよく分かっていた。そう、神隠しに遭うまで、よく通いなれば場所だから。


 ユウコは目的の地下鉄の駅を降りると、近くのコンビニに寄った。

手持ちの現金だけで目的は果たせそうだが、念のため渡された口座の残高を確認した。全て、十分そう。ユウコは確信した。

 それからユウコはスマホを確認した。店からの着信履歴と、カズキからの連絡が入っていた。カズキからのLINEを見ると、最初は心配のメッセージだったのが、最後はツケの督促に変わっていた。

そりゃそうだよな、とユウコは変に納得した。

「でも、このバッグの中身で、カズキも許してくれる」


 その日は、カズキに連絡せずにユウコは店に入った。ユウコを見つけた時、カズキは怒鳴る勢いで詰め寄ってきたが、バッグの札束で一気にカズキはユウコに優しくなった。

「闘病中の父の面倒を見てたから、来られずごめんね。ドタバタしてて、連絡に返事もできなくて。でも父の遺産も入ったから、またこれからも来るから」

カズキは優しくユウコを慰めた。

ユウコは今までのツケを全て返すと同時に、高級酒を指名したカズキに注文した。カズキは、今まで以上にユウコに優しくなった。

それからユウコは、毎日カズキの元に通い、散財した。でも、お金はまだまだ無くならなかった。

 カズキを指名し、高級酒を入れる毎日、毎日、毎日。

やがて、ユウコはカズキのエースになった。今までどれだけ頑張ってもなれなかったエースに。

 ご褒美として、ユウコはカズキと旅行に行くことになった。

旅先は、もう決まっている。

「せっかく初めての旅行だから、近場でのんびりしたい。それに、父の墓前にカズキのこと紹介したいし」

カズキにはそう伝えところ、カズキは大いに喜んだ。

ユウコはカズキと旅に出た。


 ユウコとカズキは、連れ立って駅に降りた。あの神社の最寄り駅だ。子供の頃からそこに住んでいたかのように、ユウコは迷わず神社への道を進む。

半年という猶予があったので、本来はこんなにも急いで神社に戻ることもないのだが、ユウコは何よりも早く、カズキを連れてあの神社の、あの部屋に戻ることを渇望していた。

「あの部屋に二人で戻れば、ずっとカズキと一緒にいられる」


 墓参りの前に、先に生前父と交友のあった神主のところへ寄りたいとカズキを誘導し、二人は神社の社務所を訪れた。

電車を降りてから、カズキは心の中では退屈そうだが、ユウコには関係がなかった。

「これから、その退屈も終わる」

ユウコは心の中でそっと思った。


 二人は社務所に入り、奥に声をかけた。神主とは、既に段取りは打ち合わせ済みだ。

「これはこれは、いらっしゃい」

奥から出てきた神主に案内され、部屋に入る。そう、あの馴染み深い部屋に、ユウコは帰ってきた。そして、自分の意志では出られないこの部屋に。

ユウコはこっそりと笑みを浮かべた。

「これでもう、カズキとずっと一緒。カズキとずっと一緒」

カズキは更に退屈そうだった。

「なんか、気持ち悪い部屋だな」

カズキが悪態をついた。


 二人で部屋に入ってからの展開は、ユウコの想像以上に早かった。神主が部屋を出た途端、あの鐘が鳴った。

チリーン、チリーン。

これだけで事を起こすには十分だった。この鐘の音が響いた瞬間から、カズキは金縛りで動くことが出来なくなったからだ。

そして現れる、水神様と、顔を布で隠した尼が。

カズキは恐怖で叫ぼうとするが、金縛りで表情すらも変えられない。そのまま尼に押し倒され、裸にされる。

 尼が顔の布を脱ぐ。人間が刻むであろうシワいうシワが顔に刻まれている。一見すればゾンビのよう。

その顔を見てユウコは、驚きはしたけれど、美しく感じた。この深く、骨まで達しているかのようなシワひとつひとつに、この人の誠実さからくる悲しみ、人々のために人柱になった恨み、そしてその役目を終えて人々を助けた慈悲。この人の生き様が、嘘偽りなく刻まれている。とても美しい。

彼女の鳴らす鐘も、その響きが、彼女の美しい真心を表していたのだ。儚さはない。

 行為の最中、ユウコは尼の鐘を拾い鳴らした。尼の純真を慰めるように。

「もう、苦しまなくても良いんですよ」

チリーン、チリーン、チリーン。





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