第6話 降臨

ううっ、うう。

いつの間にか、寝そべってしまったみたい。痛みはないけど、なんか体がだるい。それに、このベット、硬い。すごく硬い。

ここはどこだっけ、今は何時だっけ。確か、宿で朝食を食べて、それから。えっと、それから、それから。思い出せない。


ぼんやりとした視界が広がる。

天井の、あれは蛍光灯の明かりかな。おかげで部屋全体が心なしか青く冷たく感じる。窓はない。二十畳ほどの左右に長い畳敷きの部屋の、三辺が木戸みたいので閉じられてるから、なんか圧迫されてるようで、胸が苦しい。

後ろには、祭壇?大きな鏡がある祭壇。

これ、これ、昨日の神社で見た祭壇と一緒。でも、部屋が一回り大きいし、畳敷きだったっけな。

近くで見ると、より迫力があって不気味。


とりあえず起き上がったけど、なんかフラフラする。

出ようと木戸を引いてみたけど、開かない。

唯一開けられた木戸の先は、トイレと風呂があった。

どっちも新しくって最新式っぽい。

この部屋とは不釣り合い。


出口はないみたい。

とにかく出ようと、必死に叩いたりしたけど、びくともしない。

開かないし、出られない。絶望しかない。

がっくりと座り込んだら、自然と涙が出てきた。

あまりに絶望過ぎて、茫然として叫び声も出ない。


「そうだ、スマホで助けを呼ぼう」

その時気付いた。服が、服が違う。

真っ白な、浴衣みたいな服。時代劇で見たことある、死装束みたいな真っ白な着物。

どこをまさぐっても、スマホがない。

助けが呼べない、カズキに助けを呼べない。

カズキに会いたい。


ますます絶望に頭を抱えていた時、聞こえた。

チリーン、チリーン。

「えっ」

チリーン、チリーン。

あの鐘の音。神社で聞いた、あの鐘の音。

どこから聞こえてくるか、周りを見たけど、どう考えてもあの鏡から聞こえてくる。

自然と鏡に近づいて、ぼんやり覗き込む。

チリーン、チリーン。チリーン、チリーン。

大きな鏡には私しか映ってないけど、でも鐘の音はこの中から響いてくる。

すると突然、鏡の中の私の後ろに、何者かの身体が写し込んだ。

「ひいっ」

悲鳴を上げて後ろへ仰け反ると、何かにぶつかった。

何、何。何かが後ろにいる。誰かが後ろに立って、私の身体に引っ付いている。恐ろしくて動けない。


「新しい人柱は貴様か。おいでー、おいでー」

低い、腹に響く男の声がした。

男に、畳へ引き倒された。全身をみた。

異様。

身長は2メートル近くの大柄、白い服を着て、髭を生やし、髪の毛を両耳のところで結っている。

この姿、見覚えがある。そう、漫画や映画で見た、古代の人間の恰好。弥生時代とかの人間の恰好。

逃げよう、としたけど、体が動かない、声も出ない。怖くて動けないという感じより、動かそうとして、全身に力が入らない。金縛りのよう。

男が私の着物をはぎ取り、うつ伏せで素っ裸にされた。

嫌っ、嫌っ、レイプされる。

嫌っ、助けて、カズキ。

信じられないほどの涙が、溢れ出てくる。

男は構わず、私の尻を持ち上げ、股を押し開いた。


そして、男の動きが止まった。

「なんだ、貴様は生理か」

当たり前だ。生理休暇だからここにいるんだよ。

助けて、カズキ、カズキ。

男は、持ち上げた私の臀部をまじまじ見つめているようだ。

「こっちかな」

メリメリメリ。

男が、アナルに入ってきた。痛い、痛い。

嫌、痛い、嫌。

痛みで、そこから先は覚えてない。


気が付くと、畳に横たわっていた。

頭がぼーっとしている。動こうとすると、お尻に痛みが走る。

「痛い」

泣くにも、涙はもう出ない。茫然として、ただ辛い。

「ああ、ああ」

痛い。ただ旅行に来ただけなのに、なんでこんな目に合わないといけないのか。

現実にただ憔悴していたら、木戸が静かに開いた。

深々と土下座をした男が入ってきた。服装は、神主のよう。

おもむろに私のそばに来ると、何も言わずアナルの消毒を始めた。

消毒が終わると、私に服を丁寧に着せた。大切に扱うように。

この人が襲うことはなさそう。

「ここはどこ。何で連れてこられたの」

「ここは水神様を祀る神社です。あなたは水神様へのお供え物として連れてきました」

男は平然と言った。あまりの平然さに、私は怒る気力も無くなった。

「なにか入用でしたら、何なりと言ってください。こちらの鐘を鳴らしていただければ、駆け付けます。では後程、食事を持ってきますので」

懐から出した鐘を置いて、男は去っていった。


お尻が痛い。でも、さっきよりは落ち着いてきた。

色々と思い起こしてみる。確かあの神主、私のことを人柱って言ってたな。てことは、あの髭のレイプ魔は、神様?

人柱、確か昨日、神社で聞いた民話に出てきた。少女が、堤防で人柱にされた民話。

すると、私も埋められるのかな。

いや、でも、あのレイプ魔が神様だったら、もう神様に会ってるから、埋められることもないかな。

それに、聞こえた鐘の音も気になる。


ここでの生活は困らない。衣食住、すべて揃っていた。

三食は必ず神主が恭しく運んできた。どの食事も、必ず名物の絹ごし豆腐は入ってるのは変だったけど。

神主に言ったら暇つぶしの配信動画サービス付きのテレビもきた。本も言えば用意してくれた。外との通信手段以外は、用意してくれる。食事も、希望を言えば、それに沿って出してくれる。でも、絹ごし豆腐だけはついてきた。

三食食べて、暇つぶしの動画見て、鐘が鳴ったらレイプ魔が出てきてアナルを犯されて失神して、気が付くと手当を受ける。

その繰り返し。その間ずっと、カズキのことを思ってた。

世話をする神主に、色々と聞いて分かったことがある。

まずひとつ、あのレイプ魔が水神様であること。だから金縛りで動けないんだ。話しかけることもできない。

二つ目、鐘を鳴らすのは、人柱にされた少女。でも実物は見ていない。

それに最後、ここからは出られない。前に神主が食事を持ってきたとき、お膳をひっくり返して逃げ出そうとしたけど、開いている木戸のところで弾き飛ばされた。透明なバリアがあるようで、私はそこを通り抜けることはできない。

神主は、神域との結界があると言っていた。その結界で、人柱の私は出られないみたい。

こんな日々を繰り返す。一人の時、ふと思う。

「ああ、カズキは今頃何してるんだろ。そういえば働いてる店もどうなってるだろ。何日経ったか分かんないけど、私、店を飛んだって扱いになってんのかな」

そんなことを考えていた。

そんなある日、いつものように手当しながら神主が言った。

「明日はちょうど七日目。明日は神事の日です」

「神事?神事って何?何をするの?」

「簡単に言えば、信者の皆様の前へお披露目です」

「はあ・・・」

まったく的を射ない、訳の分からない回答。でも全てを諦めた私には、どうでもいい。私はなんて運が悪い、最低の人生。

だから、もう何もビックリしない。そうにでもなれ。

この部屋では時間が分からないけど、とりあえず布団で寝た。

その時が来たら、神主が起こしに来るだろ。

そして、たぶん朝が来た。


神主に言われて、風呂に入る。風呂から出ると、用意された白装束に着替え、首にお守りのような袋をぶら下げられた。

そして目隠しをされる。何で目隠しがいるのよ。

そのまま神主に連れられて移動する。どうも別の部屋に行ってるみたい。このお守りがあると、結界を出られるのか。

そのうち神主の案内が終わって立たされて、目隠しを外された。

見える、信者たちが見える。


部屋は、私のいる部屋と同じ大きさ、同じつくりみたい。ただ、私が立っている辺りだけ畳で、信者たちは板張りに正座してた。

よく見ると、信者は女性だけ、三十人はいるのかな。

気のせいか、老婆がほとんどだ。

ふと後ろを振り返ると、やっぱ同じ祭壇がある。

怖い、老婆たちがじっと見てくる。悪意のある視線じゃないけど、ただ黙って何十人に見つめられると、怖い。怖気づいて、逃げ出すこともできない。

立ったままいると、横で神主が何か呪文を唱えだした。

後で知ったけど、祝詞っていうやつみたい。

祝詞が唱えられている間ずっと、老婆たちはひたすら私を覗き込んでくる。動かない二つの皺の眼で、覗き込んでくる。

ひたすら、じっと。ひたすら、じっと。じっと。


神主が出ていくと、いきなり、鐘の音がなった。チリーン、チリーンと。固まってたからビックリした。

神事はこれからなんだ。

鐘の音の方を見ると、人が立ってる。そんな身長はない、女性だ。いわゆる尼さんみたいな恰好。でも顔のところだけは、布で隠しているけど、直感で分かった。この人、あの人柱の少女だ。この人だ。

鐘の音、視線。鐘の音、視線。

その鐘の音を聞いた老婆たちが、突然姿勢を変えた。

今まで正座だったのに、急に体育座りになった。

体育座りとはちょっと違う。体育座りより股を開いてて、手も後ろでついて体を支えてる。何か、出産の恰好っぽい。

そう思った瞬間、

「きーな、ごーしー。きーな、ごーし」

老婆たちが何か大声で叫びだした。そして腰を激しく上下させる。

「きーな、ごーしー。きーな、ごーし」

ひたすら叫ぶ叫ぶ、ひたすら動く動く。

老婆がそれぞれ勝手に叫び、老婆がそれぞれ勝手に動く。

いつもの通り、鏡から水神様が出てきた。水神様が出てきても、老婆たちはそのまま祈ってる。他の人には見えないんだな。

いつも通り脱がされて、いつも通りうつ伏せにされたとき、急に静かになった。

青天の霹靂って言葉を聞いたことあるけど、そんな感じ。いきなり近くに雷が落ちたみたいに、急にみんな静かになり、驚いて私を眺めていた。

いつも通り、私はアナルを犯される。ああ、老婆たちには水神様が見えないんだろうな。

黙ってじっと覗いてた老婆の一人が、急に両手両膝をついて犬のような恰好になった。次の瞬間、両膝を伸ばしお尻を高く掲げながら、唱える。

「きーな、ごーしー。きーな、ごーし」

唱えながら、膝の屈伸運動をひたすら行う。一心不乱に。

それを見た他の老婆たちも、大慌てで同じ格好で、唱えだす。

合唱、合唱、合唱。

屈伸、屈伸、屈伸。

こいつら、犯されてる私の真似をしてるんだな。

そのうち、老婆たちがその恰好のまま、私の近くに迫ってきた。

いつの間にか、老婆たちに囲まれる。どこを見ても、目と鼻の先に老婆の顔がある。どこを見ても、老婆の顔、顔、顔。

「きーな、ごーしー。きーな、ごーし」


そのうち水神様は帰っていった。

それでもまだ、私は老婆たちの顔に囲まれ、祈りは続いた。

あの鐘の音が、再び鳴らされるまで。

老婆の顔、老婆の顔。

「きーな、ごーしー。きーな、ごーし」

老婆の顔。

「きーな、ごーしー。きーな、ごーし」


チリーン、チリーン。


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