第5話 宿

 話を聞き終えて、神主は静かにユウコを見つめる。

背筋に冷気が走った、ユウコはそう感じた。あの神主から、どうしてここまでの気迫が出てくるのか、ユウコは不思議で仕方がなかった。

「あっ、ありがとうございま・・・、えっ」

ユウコは絶句した。遠く遠く、鐘の音が響いている。

チリーンチリーン、チリーンチリーン。

「あっ、あっ。ありがとうございました」

そういうと同時に、ユウコは一目散に階段を駆け下りていった。

辺りはもう、暗くなり始めていた。


宿に着くと、ユウコはそのまま風呂に入った。風呂から上がると、ちょうど夕食が準備されていた。山菜尽くしと、この地方名物の絹ごし豆腐の御膳だった。

走って帰ってきたためか、宿に帰った時の胸の動悸はすっかり収まり、風呂と美味しい晩飯で、ユウコはすっかり落ち着いた。

 食後、宿の主人と今日の出来事を話していると、奥にある宿の電話がけたたましく鳴った。

電話を取りに奥へ入った宿の主人が、電話口で「はい、はい」と答えているようだが、壁があるせいで何をしゃべっているのかは、詳しくは分からなかった。

ユウコは食堂にかかる時計を見た。もうこんな時間か。

宿の主人が戻ってきた。

「明日の朝食は、何時ごろがいいかね」

「そうですね、特にやることもないから早く帰ろうと思うんで、七時に朝食食べて、それからチェックアウトします」

「はい、はい。ではこちらもそれで準備します」


ユウコは階段を上り、ベットに寝転がった。

「今日は色々あったなー。カズキ、今頃何してるだろ」

LINEを見ても、カズキからの動きは何もなかった。

とりあえず、今この時も繋がっていたい。ユウコはそう思い、他愛のないメッセージを送り、眠りについた。鐘の音に誘われるかのように。


 突拍子もない滑稽な電子音に目を覚ます。

朝だ。ユウコはのっそりとスマホを操作し、無機質な目覚まし時計のアイコンを消す。

田舎の朝と言えば、小鳥のさえずりに起こされるイメージだったが、ここではそんなことはなかった。

「でも、久しぶりだな。こんな朝まで眠れたの」

ユウコは起き上がると、朝食までに身支度をした。

もちろん、カズキへのLINEは忘れなかった。

昨日最後に送ったメッセージには、同じく笑顔のリアクションがついていた。


 食堂へ入ると、宿のオバちゃんがちょうど朝食を並べているところだった。

「あれあれ、おはようさん。ゆっくり眠れた?」

「おはようございます。ええ、おかげさまで」

おかげさまで、という答えが正しいのかは分からないが、ユウコは笑顔で返した。

並べられた朝食を見る。和食の、宿の朝食の定番が並んでいた。ただ、食器にしろ盛り付けにしろ、この宿らしいセンスの良い小奇麗さを感じられた。

「いただきます」

ユウコはゆっくりと朝食を食べ始めた。こんなに落ち着いて食事をするなんて、そもそも朝食を食べるなんていつぶりだろう。朝の味噌汁の香りにふと、しみじみと思った。


 食後、お茶を飲んでいると、オバちゃんが片づけにきた。

「駅まで送るけど、何時ごろがいいかい」

オバちゃんにそう訊かれ、ふと壁の時計に目をやる。目覚めた時は、すぐ帰ってもいいかなと思ったけど、朝食を終えて、まったりと過ごして、ゆっくり帰ろうかなと、ユウコはのんびりと感じていた。この、ほわほたとした、心地よい余韻。

「そうですねー、えー。そうだなー。えーと・・・」

ユウコの記憶は、ここまでだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る