第8話 女神

尼とカズキの行為が終わった。行為が終わるとともに、尼は消えてしまった。私が鳴らした鐘の音が、響き終わる前に。

鐘を残して、消えてしまった。成仏したんだろうな。

水神様も、そのまま鏡の中へ帰ってしまった。部屋には私と、横たわったままのカズキだけ。永遠に、この二人だけ。

なすが儘にされ、絶句したままのカズキにそっと絡みつく。

「カズキ、もう大丈夫だよ。これからは二人、ずっと一緒だよ」

次の瞬間、驚いたように起き上がったカズキに、私は思いっきり突き飛ばされた。

「ふざけんなテメー」

近寄ってきたカズキに、ひたすら蹴られる。私は倒れたまま動けない。カズキは狂ったように私を蹴り続ける。


「何が一緒だテメー、ふざけんな。テメーみたいな奴となんでずっといなきゃいけねえんだよ。さっそと出せやコラ」

「やめて、カズキやめて」

倒れたまま体を縮こませながら、私は懇願した。

「私がこれから何とかするから。だから一緒にカズキの夢、叶えようよ。出られるよう、何とかするから」

カズキに無理やり胸倉を掴まれる。

「俺にはな、一緒に事業やろうとしてる彼女がいるんだよ、ちゃんと。ずっと付き合ってる彼女だ。テメエみたいな金づる、ふざけんな。お前は単なる金づるだボケ。店辞めたら金もねえテメエなんかと、本気で事業するわけねえだろ。

それにチェーン店のオーナーも、他のホストにハマる前の女を誘うに決まってんだろ。ヤバくなったら、負債抱え込ませて切れば良いんだからな。

分かったか、アホ女」

言葉でも肉体的にも、私はカズキに投げ捨てられた。

これだけカズキを想ってたのに、これだけカズキを信じてたのに。これだけ、これだけ・・・

涙が溢れてくる。悔しい、悔しい。

なんでこんな奴に。なんでこんな奴に。

「お前ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなー」

私はキレた。これ以上もなくキレた。


カズキが吹っ飛んだ。いきなり吹っ飛んで、倒れたままもがいている。金縛りで動けないように。


「お前、その眼で私を騙して楽しんでたんだな。ふざけんな」

心が破ける。突き出した声が一気に暴れ出る。

「まーずはー、ほーら、ひだりめー」

次の瞬間、カズキの左眼が、メリメリメリメリと飛び出してくる。

ぶちっ。

視神経がちぎれ始める。左眼は更に飛び出てくる。

宙に飛び出た左眼が左に左に、捩じられていく。

ぶち、ぶちぶちぶちぶち、ころんころん。

鈍い音と共に視神経がちぎれ、床に落ちた眼球が転がっていく。

カズキの左眼の窪みには、血が溢れ出す。

「つぎー、みぎめー」

右眼も大きく外に飛び出し、右に捩じられていく。

ぶちぶちぶちぶちぶち、こんこん。

眼球が弾みながら転がっていく。


「お前のその両耳、私を騙す言葉を楽しんでたんだ。ふざけんな。ほーら、みぎみみー」

右耳たぶが、前に折れ、そのまま上に引っ張られる。

カズキの顔は首に抑えられ、耳たぶだけが、上へ上へと引っ張られる。

ぶち、ぶちぶちぶち。

紙が裂けるように、右耳が徐々に徐々に千切られていく。

ぶちぶち、ぼとり。

無様に破れた右耳が床に落ち、血が噴き出す。

カズキは芋虫みたいにもがこうとするけど、金縛りで動けない。

「つぎー、ひだりみみー」

左耳も、同様に捩じり千切られていく。

カズキが小便を漏らす。


「お前のその舌、その舌で騙しやがって、ふざけんな。ほーら、したー、したー」

口が、大きく開かれ、前歯が押し倒される。引っ張り出された舌が、捻じられる。

グチグチグチグチ、ぐちゃ。

カズキの舌が引き抜かれる。呼吸で染み出す血が泡立つ。


「お前のその顔、ふざけんな。ほーら、かお。かおだよー」

顔の真ん中に黒い線が走ったその瞬間、

べろん。

カズキの顔の皮が、めくれた。両側に、桃の皮がめくれるように、真ん中から一気にべろんとめくれた。めくれた皮が、耳があったところでぶら下がってる。ザクロのように真っ赤に弾けた顔の両側に。

私はようやく、落ち着いてきた。


カズキの顔をまじまじと見つめた。こんな奴だったんだ、私が必死に想ってたのは。バカバカしい。

芋虫みたいにカズキの身体が、左右にもがこうとする。

「この身体も、悪い。からだ、からだ、からだー」

カズキの上半身が左に回転し捩られいき、下半身は逆に捩じられていく。

メキメキメキ、バキッ。バキバキバキバキ、ぐちょ、みしゃ。

カズキの上半身と下半身が、それぞれ逆に回転して、一気に容赦なく捩じり切られた。

終わった。心からそう思え、安心した。これでこの悪縁と、綺麗さっぱりお別れ。縁が切れた。

「ほーら、おしまい」


しばらくして、神主が入ってきた。

「水神様から状況を伺っております。神罰が下ったんですな」

「ではこれは、水神様が」

「いいえ、これはあなた様のお力です。神になる通過儀礼です。水神様は、あなたの念の強さに感服し、あなた様を神とお認めになられたのです。

あなた様は、それはもう絶望をなされた。絶望した人だからこそ、本当の優しさを知り、周りに施しを行えるのです。水神様はそのため、あなた様を神にされたのです。

あなた様は、今日から女神さまです。

お名前は、ゆくゆくお決めになられれば。

水神様はこうも仰られてました。人間はよく、亡くなった人間を神として崇めがちだが、それはおこがましい。その者が神であると認められるのは、神だけだ。人間ではないと。

この様子を見ますと、あなた様の神力は、念力のようですな。

心の念から生じたものでしょう。この神力である念力で、これからは如何様にでもなさいませ。

この神社からお生まれになった神様、われら信者、末社を含めたすべての者が、水神様同様にお支えいたします。ご自由に、神力をお使いなされませ」

私はこの日から、神になった。


この力をどう使うか、それはもう決まっている。

私のように、悪い男に苦しむ女性を助ける。そのためにこの神力を使うのだ。

悪い縁を全て、ねじ切ってやるのだ。

そう全て、捩じって捩じって、千切ってやる。

ゆくゆくは、他の神と一緒に成敗をしていこう。

私はこの世で悪い男をねじ切るから、黄泉の国でもその男を苦しめられる、その神力がある神と。

同じ神になってから、水神様も丁寧に接してくれる。相談すれば、その神との接触に協力してくれるようだ。


私は、私の力でこの道を進む。

私自身の力で、成しえていくのだ。

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