第2話 ユウコ

 七月初旬のワンルームの部屋で、ユウコは「旅への誘い」という、個人が作った旅紹介ページを読んでいた。

「あー良いなー、私も一人旅しようかな」

 ユウコは二十三歳の独身女性である。数年前、大学進学のため地方から都会へ出て、当たり障りのない大学生活を過ごしていた。

大学二年の時、サークルで仲良くなった友達に誘われて、初めてホストクラブを経験した。彼女の生活が変わったのはそれからだ。

 彼氏と別れたばっかりだったこともあってか、担当のカズキにのめり込むのは早かった。優しく話を聞いてくれて、褒めてくれて、更に大切に、まるでお姫様のように接してくれるカズキは、ユウコの心の拠り所だった。

今まで出会った男と違い、自分勝手な押し付けや横暴はなく、隣で優しく慰めてくれる。ユウコのカズキに会いに行く回数は、日増しに増えていった。

 連絡先を交換し、授業も聞かずに連絡を取った。そのうち、授業にすら行かなくなった。授業に行かないことに不安もあったが、カズキに会うと、将来の不安も感じず、明るい未来を展望することができた。何も具体的な予定もないのだけれど。

 ある日、カズキがユウコに将来の夢を語った。ホストでお金を貯め、ゆくゆくはセレクトショップを開きたいと。そしてその店を、ユウコと一緒に運営していきたい。事業が大きくなれば、新しい店舗もユウコに任せたい、と。自分の将来のことまで助けてくれるカズキに、ユウコはもはや全てを委ねる以外なかった。

 ただ当然、カズキと会うにはお金がかかる。大学生のバイトではどうにもならなかった。それにある時知った。その月で最もカズキを指名した客は「エース」と呼ばれ、カズキとデートや旅行に行けるのだと。

カズキは私と一緒にいたいのに、仕事で好きでもない相手と旅行に行かなくちゃいけない。ユウコはカズキのことが心配で、いたたまれず苦しい毎日を過ごした。でも、カズキと会った時はその苦しみも癒え、安らぎを得た。そしてカズキも同じ気持ちだと確信していた。

 カズキは、いつまでもユウコに優しかった。

「俺は早く開業して、ユウコと一緒になりたいよ。旅行もユウコと一緒に行きたい。だから俺も頑張るし、ユウコも頑張って俺を指名して欲しい。俺たちの幸せのために」

ホストではツケ払いだ。当然ながら、支払日には全額を払う必要がある。ユウコは親から金を借り、友人から金を借り、消費者金融から金を借り、二人の幸せのためにカズキに会いに行き、二人の慰めのためにお酒を注文し、二人の将来だけを信じていた。

そしてある日、今まで貯めていた貯金も尽きた。

それでも、ユウコはエースになれなかった。


ユウコは泣きながら、カズキに会いに行けなくなったことを告げた。カズキに怒られる嫌われる、とユウコは思った。このままでは、お店を開く二人の夢を壊してしまう、と。でもカズキは優しかった。一緒に涙を流してくれた。

「俺は、俺たちの夢をここで潰したくない。俺ももっと頑張って早くホストを抜けるから、そのためにもユウコも一緒に頑張って欲しい。二人で頑張って開いた店だったら、運営で辛いことがあってもずっと励みになると思う。お金のことは俺に任せて。いいツテがあるから」

そしてカズキは、ユウコに風俗店を紹介した。


それからユウコは休まず風俗店で働いた。客はクズばかりだった。でも仕事で辛い時は、いつもカズキが支えてくれた。カズキにも今まで以上に会えるようになり、長い時間を過ごすことも出来るようになった。

ようやくエース目前まできた。ただ今月もエースにはなれなかった。

「今月もエースにはなれなかったな。カズキには申し訳ないな。ああ嫌だ、今頃はカズキはエースと旅行か。いいなー。

ピル終わりの生理休暇だし、私もどっか一人旅に出ようかな」

一人旅で使うお金があるなら、カズキに使いたいのはユウコの本望だが、ただカズキから貰ったキーホルダーやプレゼントに囲まれていると、余計にカズキを恋しくなり、ユウコは更に落ち込んでしまう。気を紛らわすためにも、今はこの部屋を出たい、その口実が欲しい、というのがユウコの本音であった。

ユウコはスマホで旅行情報を調べ始めた。「旅への誘い」というサイトを見つけた。

「面白そう。ちょっと読んでみよ。でもやっぱ、ああ、カズキと会いたい」



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