30発目 カラシが馴染む

 俺たちは浅葱を置いていくことにした。浅葱もそれを了承してくれる。彼女の目が少し寂しそうだけど、決断を尊重してくれてるのが分かる。


「せめてこれをお持ちください」


 浅葱が渡してくるのはスマートフォンだ。黒いケースがついたシンプルなデザインで、少し重い。


「明科さんのスマートフォンはもしかしたら突き止められかねないですし、我が家にある業務用みたいなものです。これなら私から明科さんに連絡できますからね」

「ありがとうアサギ、貴女は私の親友よ」


 二子がそう言って微笑むと、俺たちは浅葱の家の屋敷から出ていくことにした。バレないようにウィッグをつけて茶髪の女性に変装した二子に、何人かの金髪の女性が集まってくる。彼女たちの髪が夕陽に映えて、少し眩しい。


「この人たちは?」

「金髪の女性を多めに集めました。これでカモフラージュになるでしょう。顔が見えないようにみんなで出入りしてもらって、一部黒髪や茶髪の女性も出入りさせます。その中に紛れ込んでください」


 なるほどな。金髪の女性たちをたくさん出入りさせて、その上でさらにブラフとして黒髪や茶髪の女性も動かすのか。これなら屋敷から出てもすぐに俺たちを追いかけてくることはないだろう。それに女性陣も複数人で行動するみたいで、中には男性も混じってる。これは俺と二子が男女の二人組とバレてる可能性を考慮してるのだろう。浅葱の頭の良さに少し感心する。俺たちは金髪、黒髪、茶髪と様々な髪色の女性陣の後ろを歩くことにした。足音が地面に響いて、少し緊張する。

 そしてみんなで様々な方向に散っていく。路地裏や大通り、いろんな道に分かれていく流れに紛れる。俺たちもその動きに合わせて離れていくと、なんとか尾行を撒けたみたいだ。風が耳元で鳴って、少しホッとする。


「どこに行く?」

「そうね……小向から逃亡費用はもらってるからどこへでも行けるわ。偽装パスポートもあるわ」

「え? 嘘それ大丈夫?」

「……わからないわ、念のためって言われただけで」


 おいおい……本当に大丈夫なんだろうか。偽装パスポートなんて見るのも初めてだ。少し不安が募るけど、とりあえず変装して街を歩き始める。行く当てもない俺たちが最初に選んだ場所は、本来修学旅行で行くはずだった京都だった。二子に提案すると、少し驚いた顔してた。


「京都? 都市部は目立たないかしら?」

「いや、ああいう場所は逆に人も外国人も多いから金髪は紛れやすいだろ」


 と、神薙さんに言われたことをそのまま伝える。俺がそう言うと、二子が納得してくれたようだ。乗るのはわざとローカル線。途中下車しやすいように選んだ。電車の中では首都圏から離れるにつれ人が減っていく。窓の外に流れる田んぼや小さな駅が、少し現実感を薄れさせる。


「こういうのも悪くねえな」

「……そう? 私はもっとゆっくりできると良かったのだけど」


 確かにこれはのんびりした旅行じゃない。電車の揺れが心地いいけど、心は落ち着かない。俺たちはこれから逃亡生活を送るのだから。荷物が軽い分、気持ちが重い。

 そういえば海外に飛ばされた俺の両親のことだけど、二子に聞いたところ、時間を空けて日本に戻るようにしてくれているらしい。二人とも無事で安心した。でも……息子が蒸発してるなんて夢にも思ってないだろうな。親父の笑顔や母さんの声が頭に浮かんで、少し胸が締め付けられる。


「どうしたの?」

「いや……親父たちは俺を探すかなって思って」

「……戻ってもいいのよ」

「馬鹿言うな」

「馬鹿は……お互い様ね」

「そうだよ」


 二子が少し笑うと、俺もつられて笑う。そして俺たちは京都駅に到着した。ホームに降りると、人混みがざわついて、少し圧倒される。宿泊先の旅館に向かうことにする。京都の街並みは想像より近代的だ。と言っても駅の周囲だからかもしれない。高いビルと古い看板が混ざって、不思議な雰囲気だ。旅館に着いて荷物を置くことにした。玄関の木の香りが鼻に届く。


「いらっしゃいませ」


 女将に挨拶して、俺と二子は通された部屋へと向かう。畳の感触が足に心地よくて、少し疲れが和らぐ。そして一息つくと二子がこっちを向いて口を開いてくる。目が真剣だ。


「……本当によかったの?」

「何がだ?」

「疑問に思うってことは本当に後悔がないのね」


 なんとなく二子が何を言いたいか分かった。家族や友達、全部捨てて逃げることへの迷いがないのかって聞いてる。それでも俺は……二子と一緒にいたいから。彼女がいれば、それでいい。


「後悔なんてしてない」


 俺がそう言うと、彼女が俺の胸に飛び込んでくる。少し勢いが強くて、畳に倒れそうになる。彼女の温もりを知らない頃には、もう戻れそうにないな。髪から漂う匂いが懐かしくて、逃亡してる現実を一瞬忘れる。

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