24発目 カラシは沁みる

 俺はヘリから降ろされると空港の中に入っていった。


「二子はどこに?」

「そこまでは知りません。手がかりしかわからないと何度言えばわかるのですか?」


 そう言われたらそうか。俺は空港に入る。…………空港って入ったことないんだけどどこに行けばいいんだ? てゆうか、海外に行く人ってどこに行くんだ?


 俺は右往左往している。とにかく歩ける範囲でくまなく歩こう。空港には金髪の女性なんて珍しくない。だから二子の外見で人探しが特別難しかった。俺は空港の中にあるベンチに座り込む。


 どこにもいない彼女を探し疲れていた。だけど、諦めるわけにはいかないのだ。俺は立ち上がり再び歩き出した。

それから数時間後、結局二子を見つけられなかった俺は空港の外まで歩いてきてしまった。


 すると、そこにはうつむいたまま空港に向かう一人の少女の姿があった。どうやら俺は早過ぎたらしい。


「二子!!」


 俺が大声で呼びかけると、その少女は驚いた様子でこちらを見る。そして少しだけ暗い顔でこちらに歩いてきた。


「ナツト……」

「今までどこにいたんだ」

「……」

「どうして何も言わなかったんだ?」

「書置きはしたわ」

「見たよ! でもそれは!!」


 それ以上は言葉が出なかった。二子の表情が暗い。何を言っても裏目に出てしまいそうで……俺は深呼吸をして気分を落ち着かせると、ゆっくり話し始める。


 普通に、日常に溶け込めればそれでいいんだ。俺たちの生活は壊れない。


 そうだろ? だって……


「帰るぞ」

「…………無理よ」


 二子は首を横に振る。そして、彼女は俺に背を向けるとそのまま歩き出してしまった。


「どこ行くんだ? 空港は俺の先にあるぞ」


 二子は俺の問いに答えず、そのまま歩き続ける。俺は彼女の後を追いかけて肩を掴んだ。すると彼女はこちらを振り向いた。


 その顔は……泣いていた。そして……俺の頬を叩いた。


 俺は何も言えずに立ち尽くしてしまう。そんな俺を睨みつけながら二子は叫んだ。


「私は! 貴方を巻き込まない為に……貴方の前から消えようとしたのに!! なんで邪魔するのよ!!」


 二子はそう言うと再び歩き出す。だけど俺は腕を摑んで引き留めた。彼女はこちらを睨みつけるが、その目には涙が溜まっているのが見えた。そして彼女は俺の手を振り払った。


「二子! …………どこかに消えるなら、俺も一緒だ」

「…………それはできないわ」


 二子は再び歩きだす。だけど俺はまた彼女の腕を摑んで引き留めた。そしてそのまま彼女を抱きしめる。

 彼女は抵抗しなかったが、涙を流し続けていた。

 そして……小さな声でつぶやいたのだった。


「貴方は……幸せに生きてほしいの。私がいなくなっても、貴方は幸せになれる。だから……」

「…………!?」


 確かに二子の言うとおりだ。浅葱や光と暮らす普通の高校生活は、きっと平和で幸せだろう。

 だけど、その裏で二子という一人の少女がいなくなるのは耐えられない。俺にとってそれはとても辛くて悲しいことなのだ。


「二子……お前が俺の前からいなくなったら、俺は幸せになれない。お前が俺の前に現れたせいだ。だからお前が責任を取れ」

「……っ!」


 彼女の目から大粒の涙が流れ落ちると、彼女は嗚咽を堪えながら泣き続けた。そして……しばらくして落ち着くと口を開いた。


「……ナツト……」

「どうした?」

「私…………」


 二子は何かを言いかけて言葉が出てこない。俺はそんな二子を優しく抱きしめてやる。


「二子、言葉に出来ない事がお前の本心で、言葉にできた事がお前がやらないといけないと思い込んでる事なんだな?」


 二子は小さく頷いた。


「じゃあ、お前がどうしても言葉に出来ない本心。俺が叶えてやるよ」


 そう言って俺は二子の手を引いて、家に向かう。二子は何も言葉を発することはなかった。だけど、その手は確かに繫がれていた。


 家に戻ると俺たちは自然とずっと一緒にいた。食事もわざわざ席を隣りにして座るくらいには距離が近い。


「急にデレデレじゃねえか」

「? もう貴方を巻き込むことに遠慮するつもりないから。むしろ、離れたら許さないかも」


 そう言って二子は俺に身体をぶつけてきた。そしてそのまま俺にもたれかかってくる。俺は優しく抱き寄せてやると、彼女は嬉しそうな声で笑っていた。


「なんだよ」

「ねえ、お風呂なんだけど…………今日も一緒にどう?」


 こないだも二人で入ったがまさかまた一緒に入りたがるとは思わなかった。このままだとずっと一緒に入らされるな。


「いや、風呂くらい一人の時間を作った方がいいぞ?」

「そう……」


 二子は明らかに落ち込んでいた。それを見て俺は慌てて訂正する。


「いやいや! やっぱり一緒に入ろう」

「そう、いいんじゃない?」


 なんでお前は仕方なく風呂に入るみたいな流れなんだよ。

 こないだ同様、脱衣は別々でタオルを巻いて風呂に入る。


「ナツト、背中洗って」


 そう言って二子はバスタオルを外して背中を晒す。俺は彼女の後ろにすわり、彼女の背中を眺めた。お尻も隠せていない。一応座っているおかげで丸見えではないが形はよくわかる。


 俺は二子の尻をまじまじと見た。やはり均整の取れた、いい尻だ。胸もデカいぞ。


「洗うからな?」

「ええ」


俺はボディソープで彼女の背中を洗っていく。その間彼女は黙って何もしゃべらなかった。そして一通り洗い終える。


「ありがと…………背中流そうか?」

「お前が俺の為に!?」

「ええ、そうよ。おかしい?」


 料理すらしてくれなかったのに、背中を流してくれるだと? 俺は感動した。二子が俺の為に何かしてくれようとするなんて……そんな気持ちにさせてしまったのか!!


「それじゃあお願いしようかな」


 どんな事だろうと、二子が俺に何かをしてくれるのは嬉しかった。


 前後を入れ替わり俺は二子に背中を向けると二子は少しだけ乱暴に背中を流してくれた。加減が分からなかったのだろうが、俺は指摘しなかった。


「ほら入るぞ。タオル巻けよ」

「本当は見たいくせに」

「…………からかうな」


 風呂に入ると、二子は俺の前に座りもたれかかった。


「お前さ…………明日は休みだけどどうする?」

「一日中離れないけど?」


 俺もそう努力しよう。二子といると一人の時間を作るのが難しそうだな。二子は機嫌良さそうにしているので何も言うつもりはない。たまに抱き締める力を強くすると、機嫌良さそうに声を出す。


「なぁに?」

「ん? こうしてるとお前を近くに感じるんだ」

「そう」


 風呂から上がり、ベッドに入って二子と一緒に横になる。彼女の頭を撫でながら話しかけた。


「柔らかいな」

「ゴツゴツの身体の彼女じゃなくてよかったでしょ?」

「お前なら多少ごつくてもいいよ」

「ふふ」


 二子は俺の胸に顔を埋める。そして、そのまま俺を抱きしめる力を強めた。俺もそれを受け入れ彼女の頭を撫でる。


「ねえ……」

「どうした?」

「なんでもない」


 俺は二子の顔を見ようとするが、二子が顔を埋めたままなので確認できない。だが……彼女がどんな表情をしているかは想像できた。きっと幸せそうな顔をしているに違いない。


 そういえば二子を護るって言っても俺は、彼女を隠すことしかできないんだな。一応浅葱と毎日試合していたから多少柔道はできるがそれでも素人だし、何か武器が欲しい。


 今、両腕で覆っている彼女が、何も恐れなくていいようになるまで…………俺が彼女を護れるように。俺はお前の体温を感じながら眠りについた。

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