23発目 納豆に絡めるなら
目を覚ますと、俺は一人で眠っていた。隣を見るとそこに彼女の姿は無かった。
「二子? ……あ」
俺はリビングに行くと、テーブルの上に書き置きがあるのを見つける。そこには短くこう書いてあった。
『ありがとう』
その一言だけだったが俺にはわかった。彼女は……もういないのだと……。わかっていた。あいつはいなくなるつもりだった。わかっていた。
尊重すべきか? …………いいや二子なら
「お前なら、勝手にしろって言うよな。だったら俺は、お前に意に反して勝手にするぜ?」
今日は学校だ。どうする? 行くか? どうすればいいかわからねえ。二子を探したいけど手がかりが何もない。とりあえず準備をして、制服に着替えて家を出る。
とりあえず神薙さんだ。彼女なら何かを知っているかもしれない。だったら登校するほかないだろう。
俺は教室に向かうが…………二子の席には誰もいない。いつも一緒に登校していたせいだろう。クラス中が俺を見て不思議そうにしていた。
最初に声をかけてきたのは委員長の小倉さんだった。
「あの…………明科さんはお休みですか?」
「あ、ああそうだよ」
俺はそう答えると自分の席に座る。そしてそのまま授業が始まったが、全く頭に入ってこなかった。
昼休みになると俺はすぐに屋上に向かった。そこにはいつも通り神薙さんがいた。
「神薙さん、昼休みに彼氏と一緒じゃなくていいのか?」
「…………二八には用事を済ませたらと伝えてあります。どうせ貴方が来ることはわかっていましたので」
「……そうか」
俺は彼女から少し距離を置いて座る。すると神薙さんはこちらに身体を向けた。
「二子さんのことですか?」
「……ああ……あいつがいなくなって……」
彼女は俺の言葉を遮って、そして俺に言った。
「そうですか。貴方は短絡的ですね。どうせ余計な事を言って事を進めたのでしょう」
「おいやめろ」
確かに俺のせいかもしれない。彼女が俺を巻き込めないと思わせたのは、俺の行動のせいかもしれない。もしかしたらもっと長く一緒に入れたかもしれなかったのに。
「二子さんは貴方とずっと一緒にいたかった。だから貴方に嫌われようとしていた」
「そうかもな。だけどあいつは嫌われるの下手くそ選手権優勝だよ」
「…………? ああ、そうですか」
なんかスベッたみたいな雰囲気やめてくれよ。
「私の所に来たということは……明科二子の居場所に心当たりがないか聞きに来たのでしょう?」
「そうだ」
俺は少しの可能性を賭けて神薙さんの所にやってきたんだ。唯一、二子の事情を知っている彼女ならもしかしたら……
「一日時間をあげます。今日の残りの時間、普通の高校生として周囲とかかわってください。それでもなお彼女の事情に踏み込める勇気があるなら……明日の放課後、ここに来てください。今までの人生すべてを捨ててここに来るのです」
「俺はもう覚悟を決めて!!! いや…………いい。わかった」
どちらにせよ主導権を握るのは神薙さんだ。だったら従うしかない。俺は一刻も早く二子に会いたいが、問い詰めたから教えてくれるなんてことはないのだろう。
「まあ……私としては、二子さんはこのまま貴方の前から消え去るべきだと思っていますが、貴方の気持ちも考えてあげます」
神薙さんはそう言う。こいつもか……だが俺は納得いかないんだ。あいつがいなくなるのだけは絶対に阻止する。
すぐに戻ったので昼休みの時間は沢山ある。俺は浅葱と光の三人で昼食をとる。とるに足らない普通の日常。
もし二子を選んだら……壊れるかもしれない毎日。普通の日常、普通の時間、普通の友人、普通の……恋愛。
もし二子が現れなければいつかは浅葱か光。もしくは別の女の子と思い描いた通りの恋愛が出来たのだろうか。
今も二子がいなくても、俺は笑えている。浅葱や光もだ。本当はあいつのことも忘れて、平凡に過ごすのが正しいのかもしれない。だけど……俺は……
放課後になり、俺は神薙さんの言葉を思い出す。今日は普通に過ごせって言ったよな。いつも普通のつもりだけど、おそらく二子のいない毎日って意味だよな。とりあえず寄り道して帰ろう。俺は近所のスーパーに向かうと、適当に買い物を済ませて外に出る。そして家にたどり着くと鍵を開けようとした……その時だった。
『ナツト』
俺を呼ぶ声がする。振り返るとそこには…………二子はいない。幻聴だ。
家の中にいると、どこにいても彼女の声が聞こえる。名前を呼ばれたり、飲み物をねだられたり、服を脱がさせたり…………それから…………
『ナツト!』『ねえリモコンとって…………やっぱり面倒だからチャンネル回してもらえる? あ、二つ目のチャンネル戻して、早く』『おかわり』『今日は麻婆豆腐が良いわ』『トイレットペーパーが無くなりそうだから買って来て』『このごみ捨てといて』『アイロンがけよろしく』『部屋にいるから紅茶を淹れてきてもらえる?』『ナーツト!』
「ああもう…………うるさいな」
どうして聞こえてくるんだよ。なんで諦めさせてくれないんだよ。二子がそうすべきだと思って俺から離れたのに…………二子の判断の方がずっとずっと正しいのに……
「わかってる。わかってるんだ! ……でも、嫌なんだよ!! お前のいない日々が!!」
俺は思わず叫んでしまった。近所迷惑だったかな? だけどそれでもいい。だって……俺の本心なんだから。
「俺はさ……馬鹿だから!! 間違っている事をするってわかっていても、自分を優先しようと思う。だってお前いうじゃん…………勝手にしてって」
『いわなかったら?』
「その返事はいう時の返事だ。勝手にするな」
『そう……ならいいわ。勝手にしてナツト』
決心がついた。明日俺は神薙さんともう一度話してお願いする。二子の手がかりを聞くんだ。
「ああ!! 二子のとこに行く。そして迎えに行くんだ」
翌日の放課後、俺は迷わず屋上に向かった。そして扉を開けるとそこには神薙さんがいた。
「来ましたか」
「ああ、二子の居場所を教えてほしい」
俺がそういうと彼女は少し驚いたような表情をしていた。だがすぐにいつもの無表情に戻り静かに答えた。
「居場所ですか……残念ながらGPSをつけている訳ではないのでわかりません」
「約束と違うぞ!」
「? 私は初めから手がかりを教えると申しましたが?」
「じゃあ手がかりは?」
「彼女にはお金がないはずです。ですので頼れる相手の元に向かうはず。例えば…………私と同じ裏の関係者です」
いや、俺にそんな伝手なんてないですけど?
「貴方にだって伝手はあるでしょう? 私という伝手が? 今、私たちは明科二子の居場所を捜索してあげています。昨日貴方と話した時点で、きっと今日ここに貴方が来ると信じていました」
「…………だったら」
「解答します。明科二子は貴方を巻き込まない為に、日本から発とうとしています。空港に向かいましょう」
「空港に!? ここから遠すぎるぞ!! 間に合わなかったらどうするんだ? なんで集合も駅にしなか…………え?」
そう思っていると急に近づくエンジン音と大きなプロペラの音。そして俺たちの元に梯子が降ろされた。
「チャーターしました。ヘリです」
「そんなもん一日で呼ぶな!」
「? 調査に一日かかったのでヘリはすぐ呼びましたが?」
「そうかよ!」
俺は言われるがまま梯子を上りヘリに乗る。神薙さんもすぐに乗り込んだ。
「ハッチを閉めます。多少揺れても我慢してくださいね」
「ハッチって何!? 扉の事? わかった!! …………あってる?」
「うるさいですね…………うるさいです」
「二回言った!!」
ヘリのドアが閉まると、轟音が鳴り響く。
「では、出発します」
彼女はそう言うと操縦桿を握りしめた。そしてゆっくりと機体が動き始める。
「なあ……なんでお前二子の居場所わかったんだ?」
「明科二子がお金を借りれる場所や知人は限られているということです」
そう言う事ね。行先まで話すなんて二子もうかつな奴だ。いや、何も言わずに金を借りれなかっただけか?
「なあ、二子はあのまま俺の家にいたらどうなると思う?」
「いずればれますね。きっと連れていかれるでしょう。そして場合によっては貴方は…………」
その先を口にしなかった。きっと俺を心配してくれている。
「そうか……そうならないように頑張るさ」
「一般人が? 無理ですよ。逆らえばどうなるかなんてわかり切っています。明科二子は貴方を一時的な拠点に選んだけど、完全に巻き込む気はなかったはずです。だから何の力のない貴方も頼った。むしろ無縁で伝手も辿れない貴方だからこそ頼ったのでしょう」
あいつは嫌われる前提で居座れる間だけ俺のとこにいるつもりだったのか。何と言うか、あいつらしいな。俺が追い出す前提だったもんな。
「神薙さん…………ありがとう」
「? 私は…………何のためにこんなことをしているのでしょうね」
「…………あんたもさ二子の事気に入ってるからじゃねーの?」
「……………………うるさいです」
「三回目!?」
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