15発目 納豆はそこにあって当たり前のもので

 ある日曜日。今日は家に浅葱と光が来ると、さっき二子から教えて貰った。


「なんでもっと早く教えてくれないんだよ」

「あら? 言ってなかった?」


 俺は二子から渡されたお茶を一口飲むと、ため息を吐いた。まあ……別に困ることはないし、別にいいけども。


「で? なんで今日は来るんだ」


 俺がそう言うと二子は少しだけ考えてから口を開いた。


「やっぱりぽっと出の私に納得できないみたいよ。自分の良いところをアピールしに来るんですって」

「なんでそれお前に話が通るんだよ。あいつら正々堂々にもほどがあるだろ」

「退屈だから遊びに来るだけかもしれないわ。本気で貴方を奪いに来るなら返り討ちにするだけ」


 二子はわざわざ俺の名前が刺繍されている体育で使うジャージに着替え始める。お前友達? クラスメイト? が家に来るのにジャージで応対…………いや待てそのジャージはまずいだろ。


「その恰好はもう勝利宣言を大幅に超えてるんだよな」


 浅葱や光が見たらどんなリアクションをするのかと考えると今から怖いものだ。


「勝利宣言とも言えるし、宣戦布告とも言えるわね。誰がこの戦いで一番優位であるか改めて再認識させるための勝負服でもあるわ」


 俺の彼女、武将か軍人だったかもしれねえ。浅葱や光の心が折れないこと、あるいは散々振っていた俺を諦める事を祈ろう。


 俺はとりあえず掃除を始める。普段から綺麗にしているのだが、最近は両親が一瞬で海外に行ったことと、なぜか二人分の家事、特に女性ものの衣類を丁寧に洗う知識が増えたものだ。


 そのせいかリビングを綺麗に維持する時間が減っていてちょっと汚い。


 そうだ、お菓子とも買ってきてやろう。二子は何が好きかわからないけど、光は米菓とか好きだったな。浅葱は何でも文句言わなかった気がする。


「二子は好きなお菓子ってあるか?」

「お菓子? そうね辛いほうが良いわ」


 辛いお菓子…………罰ゲーム用みたいな奴で良いかな。


「あいよ…………部屋の掃除もひと段落したし、ちょっと買ってくるわ。あいつら来たらあげといていいぞ。部屋には通すなよ」


 俺の部屋は今、二子の下着が干されていてとてもじゃないが他人を入れる事が出来ない状態だからだ。


「? わかったわ? 貴方にも見られたくないものとかあったのね。あとで教えて貰える」

「おめーの下着だよ! 部屋に女子高生の下着を干してる男なんてヤバイ奴認定されるだろ!!」


 俺のツッコミに二子はクスクスと笑う。くそ……なんか納得いかないけどまあいいか。

俺は着替えた後、家の近くのスーパーでお菓子を買い込むと家路についたのだが……なんだか妙に騒がしい。


 どうやら浅葱と光はもういるみたいだな。さてと、俺も家にあがるか。


「戻ったぞ」


 俺が玄関に上がるとリビングの扉が勢いよく開き、ものすごい顔の浅葱と光が飛び出してきた。


「納豆君!」「納豆!!」

「「どうして明科さんが貴方(納豆)のジャージを着ているんですか?(着ているの!?)」」


 おお、同時に喋っているのに何を言っているかわかるぞ。…………同じことだ。


「どうしてって…………二子が着たがるんだよ」


 俺が着せているわけではない。二子は俺のジャージの俺の名前を見せつけてきている。そしてどや顔だ。


 浅葱と光はぐぬぬと言わんばかりの表情をして二子を見ている。


「と、とにかく! 納豆君に明科さんよりも私との方はお似合いだと思います!」

「違う! 九条院さんよりもあたし!」


 浅葱と光が俺にものすごい勢いで迫る中、二子は余裕そうだ。


「似合うか似合わないかで言ったら…………アサギもヒカリも十分綺麗だしナツト、貴方もうちょっとモテる男の自覚を持ちなさい」

「え? え? え?」


 どういうこと? 俺が誰ともつり合い取れてないって事? てゆうか俺ってモテる男の分類で大丈夫? 一応、二子と付き合うまでは無限にフラれていた面白男子高生だったんだけどな。


 三人がじっと俺を睨む。今更だけど確かに三人は俺と釣り合わない。それは俺が低い位置にいて三人が高嶺の花という意味でだ。


 なのに、三人は俺が好き。まるでフィクションだな。


「そもそも俺はモテないだろ?」


 俺がそう発言すると三人は目を合わせて深いため息を吐いた。なんで俺が漫画とかにいる鈍感系主人公みたいに扱われなければいけないんだ。


 現に高校生になってから彼女を作る為に一年以上努力して誰よりもアクションしていたんだぞ。その結果、やった一人振り向かせた俺は非モテだ。


 だが現状の俺は、間違いなくモテモテと言わざる負えないのだろう。ここ一年の努力を考えれば腑に落ちないが、事実は事実だ。


「それで浅葱と光はどうやって俺を惚れさせに来たんだ?」

「? 作戦なんてありませんよ?」

「ないよね。だって」


 だってと言って浅葱と光は顔を見合わせる。そして二人は同時に喋り始めた。


「「だって私って既に魅力的だからそのままの自分を見せればいいじゃない(ですか)」」


 いや、まあそうなんですけどなんだこの自信家共。


 それからしばらくは浅葱も光もいつも通り。自然体の自分を見せてやっぱり二子よりも私の方がいいでしょって思わせようとしているらしい。実際、二子と違ってこの二人は何でも面倒をみてください。というタイプではないし絶対に付き合うなら二子じゃない方が楽なのは間違いないのだろう。


 だが俺は…………ずっと二子と一緒にいて二子にはどこか隠し事があると思うことまではわかるが…………何かに怯える彼女を支えたいと思った俺には効果的とは言えない作戦だった。


 それでも浅葱も光も十分に魅力的な女性で…………俺は二子と付き合う事で…………神薙さんの言葉が頭によぎる。


『貴女にとって壊されたくないものはいずれ、貴女が壊します。私の大切な物と一緒に』


 俺は二子と付き合い続けてこの先、何に巻き込まれてしまうのだろうか。もしそこに浅葱と光が巻き込まれることになるくらいなら…………俺は…………


 いや、大丈夫だろう。そんな現実離れした事が起きるはずがないんだ。この世界には妖怪もいないし、異世界もない。


 怪人が現れてヒーローが参上することもないんだ。宇宙からの侵略者は…………可能性はゼロじゃないかもだけど、地球なんて端っこの星見つけられないだろう。


 だから俺の日常は平和でせいぜいフィクションみたいな毎日も…………せいぜい実は美少女達からモテモテでしたってくらいが関の山だ。


 それが俺のフィクションのような日常のフィクションみたいなピーク。


 俺はそう…………願っていたんだ。

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