9発目 納豆と辛い物はあいますよね?

 今日は調理実習だ。クラスメイト達で自由に班を作るのだが俺と二子と浅葱の三人にあと一人。二子や浅葱目当ての男子たちが多数立候補してきた挙句俺を追い出そうとしてきている。


「まてまて! こっちで先に三人は決めてたんだから追い出される筋合いはねーぞ!」


 俺が反論すると男子たちからブーイングの嵐である。こうなったら最後の一人も女子にした方がよさそうだな。俺の親友である男子生徒、月見里二八やまなし にはちは彼女の神薙小向かんなぎ こなたと組むため、四人グループのあと一人にカウントできないのが惜しまれる。


 他にも男子の友達はいるが、あと一人に収まるように集まっている男子友達はいなかった。


「浅葱、お前誰かいないか?」


 二子は転校したばかりで宛はいないだろうし浅葱に尋ねる。彼女は少し考えてから言った。


「そうですね、納豆君が一緒でも喜んで入ってくれる人となりますと…………小倉おぐらさんはどうですか?」

「小倉さんか…………」


 そう思って彼女を探すとまだ誰とも組めていないようだ。小倉葵おぐら あおいおっとりとした見た目で十分美少女の一人なのだが控えめすぎて目立たない。


 それでもこんなにがっついてくる男子共の一人や二人くらいはあっちに行ってもいいくらいなのによほど俺が両手に華で許せないのだろう。


 しかし、ここで小倉さんのところに行ってみろ。どう考えても俺は刺される。


 あまりにも男子たちが溢れかえってしまい、こちらが一切希望していないことを把握した家庭科の先生が男子たちを分離して余った人から一人流れてきたのが…………小倉さんになった。


 男子たちは先生によって強制的にペアを組まされ、あぶれた残り物扱いで小倉は申し訳なそうだが、申し訳ないのは残り物だからじゃないぞ。


 美少女三人と俺の構図を作ったことだぞ。


「明科さんは初めてですよね。小倉葵おぐら あおいです。園芸部です」

「そうアオイねよろしく」

「はい。よろしくお願いします」


 そう言って小倉さんは微笑み、二子も柔らかい表情になる。そして小倉さんは俺の方を見て言った。

「えっと……水戸みと君もよろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」


 俺がそう言うと小倉さんは少しだけ驚いた表情をする。


「なんだ?」

「えと、いつもお話しする時告白されていたから身構えちゃって」

「あー、まあ告白したけどフラれたからな」


 俺がそう言うと小倉さんは少し申し訳なさそうにして言った。


「そ、そうですね。水戸君のことよく知らないので今でも難しいです。でも、慕われるような人だとはわかりました」


 そう言って小倉さんは俺の左右にいる二子と浅葱を見てにこりと笑う。ああ、そうか俺の事をよく知らないから断るってこともあるのか。でもそれならそうと言ってくれれば良かったんだけどな。


 いいや、フラれる理由を聞かなかった俺が悪いのかもな。浅葱や光の事だってちゃんと話し合っていたら、もっと穏便に片付いたのかもしれないし、もしかしたらどちらかと付き合っていた可能性もあったんだよな。


 そして家庭科室に向かいエプロンを着込むと、調理実習が始まった。

 メニューはカレーだ。


「さてと…………二子は料理できるのか?」

「…………できなくもないと思うこともあるわ」

「日本語不自由か」

「ハーフだから…………」


 それずるくない? 


「まあ、俺もカレーならできるし。小倉さんは?」

「私も……お母さんの手伝いで」

「納豆君、私にも聞かないのですか?」

「お前は…………切ってくれればいいよ」


 小倉さんが家庭的な子で安心した。浅葱は刃物の扱いは旨いし和食を作るのは上手なのだが、こいつに和食以外の料理の味付けを任せると…………死ぬほど激辛になるんだ。


 二子は知らない。皿を用意して貰おう。メインは俺と小倉さんで行えば大丈夫だな。


「さてと、じゃあ作りますか」


 俺がそう言うと二子はエプロンを着る。小倉さんも着たのを確認してから俺は野菜を切り始めた。


「水戸君って料理上手なんですね」

「まあな、カレーならできるよ。あ、でも浅葱は和食しか作れないぞ」

「納豆君? なんで私の事を言うのですか?」

「いやだってお前……洋食は唐辛子、タバスコ、黒コショウ、ニンニク! 大陸の料理は全部四川料理くらい辛くしろって習ったのか?」

「????????????? いえ、和食は出汁の味わいの邪魔になるから使わないだけで基本的には美味しく作っているだけですよ?」


 浅葱は心底不思議そうだ。本当に不思議そうだ。俺もお前が疑問に思うことが不思議で仕方ないぞ。


「で、では水戸君はカレーに何を入れるんですか?」

「辛さはルーそのままだな。こだわりのカレーを作るタイプでもねーし。隠し味は興味わいたものを使ってて最近はコーヒー牛乳だ。小倉さんは?」

「私はココナッツミルクを入れてます」


 ココナッツミルクか。試したことなかったな。そんなことを考えていたら、服を引っ張られるので振り向くと二子がいて、こちらを見ている。


「どうした?」

「私には聞かないの?」

「…………お前は…………どんなカレー食うんだ?」

「私は食べる専門か!!」


 違うの? 家だとそうなんだけどな。下手にここで家だとそうというと、クラス全体に同棲がばれかねない。黙っていよう。


「で、何食うんだ」

「私は…………辛口が好き。激辛じゃなくてもいいわ」


 安心したよ。激辛党が二人いるかとヒヤヒヤした。二子はおとなしく準備だけしてくれた。俺以外がいる時はあまり横暴にはならないらしい。


 これは甘えられていると思っておこう。こいつとの付き合いは適度なポジティブが重要だ。心が折れる。


 なお、カレー作りは浅葱の介入を阻止できずに真っ赤な物が出来上がった。俺は真っ赤なカレーを見て思った。


「ケチャップとかトマトだよな?」

「いいえ、豆板醬にサルサソース! 極めつけはそのまま美味しい具になる鷹の爪です」


 よし…………クラスの男子におすそ分けしよう。浅葱の手料理だ。みんなきっと涙を流すだろう。俺はここにいるだけで目が染みてきたくらいだ。


 その日、全クラスメイトが泣いた。浅葱の奴、申告している香辛料以外に絶対に何か入れただろ。そして俺は浅葱の料理は二度と食べまいと決めた。


 いや、こいつの作る和食は美味しいからそっちは食べたい。あと一周回って浅葱の作る四川料理はもうそのものなんじゃないかという興味本位がわいた。

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