8発目 米も葱も納豆にあうから

 浅葱と光に呼び出された俺たちは、放課後のチャイムが鳴り終わると、四人でファミレスに向かうことになった。教室を出る時、窓から見える夕陽がオレンジ色に校庭を染めてて、ちょっと緊張する。女の子二人に呼び出されるって、なんかドラマみたいだなって思うけど、現実はそんな甘くねぇよな。


「悪いな二子。俺の問題なのに」


 俺が二子に小声で言うと、彼女は隣で軽く肩をすくめた。金髪が夕陽に映えて、いつもより柔らかく見える。


「気にしないで。私のせいでこうなったとも言えるわけでしょ」


 確かに浅葱たちの様子がおかしくなったのは二子と付き合い始めてからだ。教室で二子を見かけた日から、俺の毎日は一変した。そして決定打は今朝、二子が俺の家に宿泊してた疑惑が発覚したことだ。浅葱が玄関で見たあの瞬間が頭にこびりついてる。まあ、正確には宿泊じゃなくて同棲で、ステップはもっと上なんだけどな。高校生で同棲って普通じゃねぇよなって自分でも思うけど、二子と一緒にいるのが今は自然に感じちまう。

 俺たちは誰も悪くねぇ。ただ、かみ合わなかっただけだ。浅葱や光に何度も告白してた俺と、それを断ってた彼女たち。そして二子と付き合った俺。タイミングがズレただけなんだよ。だから俺は堂々としていようって決めた。女の子に興味あるのが俺の性分なんだから、隠す必要もねぇよな。

 でも、空気が重い。校門を出てファミレスまでの道を歩く間、誰もあんまり喋らねぇ。浅葱は怒ってるみたいで、ずっと前を向いて歩いてる。彼女の柔道着の裾が風に揺れてて、背中がピンと張ってるのがわかる。光はソワソワしてて、俺の方をチラチラ見てはすぐに目を逸らす。茶髪が肩で揺れて、なんか落ち込んでるっぽい。そんなに俺は悪いことしたのか? 高校生男子が可愛い女の子を彼女にしたいと思って行動するのは悪いことじゃねぇはずだよな。俺、女の子の笑顔とか仕草とか見るたびにドキドキして、それで告白してただけなのに…………なんでこんなに重い気持ちになるんだろう。胸が締め付けられて、足取りまで重くなる。

 ファミレスに着くと、店内の明るい照明とエアコンの涼しさがちょっと気分を変えてくれる。光が人数分のドリンクバーを頼んで、俺が財布を出してる間に「ナツトのおごりね!」って笑顔で言われた。ちなみに俺のおごりになった。まあ、女の子に奢るのは嫌いじゃねぇからいいけどさ。俺たちは窓際の席に座って、それぞれドリンクバーのコーナーに飲み物を取りに行く。俺はコーラ、浅葱はオレンジジュース、光はアイスティー、二子は炭酸水。カップに氷がカランって音を立てて、なんかその音が妙に耳に残る。


「それで? お前らはどうしたいんだ?」


 だんまりが続きそうだと思った俺は、全員が飲み物持って席に戻ってきたところで声をかけた。テーブルの上にカップが並んで、ちょっとした緊張感が漂ってる。浅葱はまだ下を向いてて、長い髪が顔を隠してる。光はチラチラ俺を見て、ついに口を開いた。


「私は…………納豆…………いや夏人なつとのことが好きだよ」


 光の声が小さく響いて、俺は一瞬固まった。女の子の告白って、やっぱ心臓にくるよな。


「じゃあ俺を振り続けたのはなんだったんだ?」


 俺が思わず聞いてしまうと、光はだんまりになった。目を伏せて、アイスティーのストローで氷をかき混ぜてる。そしてやっと浅葱が顔を上げた。彼女の表情は……怒りと悲しみが混ざったような複雑な顔だ。目が少し赤くて、泣きそうなのかもしれねぇ。


「沢山の誰かみたいな扱いが嫌だったんです。だから私の得意分野で勝てるようになった納豆君となら…………きっと私一人を見てくれていると思いました。でも、本当の納豆君はただ可愛い女の子と付き合いしたかっただけで複数人相手にするつもりはなかった」

「あ、ああそうだな…………」


 浅葱の言葉に俺はうなずくしかねぇ。俺だって浮気なんて不誠実なことはしたくねぇ。今まではフリーだったからこそ、色んな女子に告白してたんだ。柔道をしている浅葱の凛とした姿とか、光の明るい笑顔とか、女の子の良いとこ見つけるたびに撃ちまくってた。それが彼女たちに勘違いを助長させてたんだろうな。頭の中で自分の行動がぐるぐる回って、なんか申し訳ねぇ気持ちになる。


「今からでも私を選んでと言ったら…………納豆君は私と、九条院浅葱くじょういん あさぎと付き合ってくださりますか?」


 浅葱が泣いてた。そして泣きながら俺をまっすぐ見つめてくる。彼女の目が潤んでて、声が震えてる。女の子の涙って、ほんと弱いよな。


「俺がお前を選ばなかったら?」

「……それでも納豆君を想う気持ちは変わりません。ただ、貴方に振り向いてもらえないのは悲しいです」


 そう言って彼女はまた下を向いてしまった。俺は二子を見るけど、彼女は何も言ってこねぇし、表情も変えねぇ。クールな顔で炭酸水を飲んでて、俺たちの会話に興味なさそうに見える。そして光が話し出した。


「私もおんなじかな? ううん、なんか好きって認めたら私ってこんな軽薄な人をって思うのが嫌でさ。でも毎日告白しに来てくれる夏人のこと、楽しみにしていたことに気付いてね。あー、諦めないんだなって思って、次の誕生日まで粘られたら…………良いよって言うつもりだったんだ」

「そっか…………」


 光の言葉が胸に刺さる。浅葱も光も俺のことが好きだったのか。嬉しいけど…………でも俺はもう二子の彼氏だし、他の人を選ぶなんて不誠実なことをしたら、それこそ浅葱や光が嫌だった俺になっちまう。女の子に興味ある俺でも、そこは譲れねぇよな。


「でも納豆君、今朝も言いましたが諦めません。学生の恋なんて儚いものです。一週間もしないうちに別れるカップルだっているんですよ!」


 浅葱が急に力強く言い出して、俺はビックリした。


「急に何言いだすんだよ。こえーな」

「確かに…………私たちはあくまで一途だから、夏人のこと好きになってもいいし、諦めなくてもいいんだよね?」


 光がニヤッと笑って浅葱に同意する。浅葱と光は何かに納得したみたいで、目がキラッと光ってる。俺は呆れて物も言えねぇ状況だ。堂々と略奪宣言されるとは思わなかった。女の子のこういう強さって、ちょっと怖いけど惹かれるとこもあるよな。

 そして現在、恋人を略奪宣言されてるはずの二子は、なぜかクスクスと笑ってた。炭酸水のカップ持ったまま、口元が緩んでる。


「あー! 明科さん! なんですかその余裕の笑みは!! 昨日は納豆君の家にお泊りだったみたいですが今日はご自宅に帰るんですよね!?」


 浅葱が勢いよく立ち上がって二子に詰め寄る。


「え? お泊り!?」


 光が目を丸くして驚いてる。どうやら光の耳には今朝の件は入ってなかったらしいし、やっぱり浅葱は同棲をお泊りと勘違いしてるみたいだ。


「ええ、帰るわ。私と…………ナツトの家にね?」


 二子がクールに言い放つと、浅葱が「なっ!?」って声を上げた。


「そんな……納豆君! 私というものがありながら!!」

「いや、俺お前と付き合ってねーから」

「毎日告白していた幼馴染ですよ!?」


 いやまあ何も間違ってねぇけど、毎日告白してフラれた幼馴染とは同棲しねぇだろ。高校生の彼女より同棲しねぇだろ。いや、高校生の彼女とも同棲しねぇのが普通だけどさ。俺と二子の状況が異常なだけなんだよなって、改めて思う。


「話は決まったわね。ナツトと私は別れる気はなくても、アサギとヒカリは諦めない。よくわかったわ。だったら私はあなた達が諦められるくらいナツトとラブラブなところを見せてあげるわ」


 二子がニヤリと笑って宣言する。


「え? ちょっと楽しみ」


 俺が思わず口に出すと、浅葱が飛びついてきた。


「納豆君! 鼻の下が伸びてますよ不純です!!」

「そ、そうだよ! 彼女だからってそういうのは早いと思うな!!」


 浅葱が食いついて、光が同調する。それにしてもラブラブなとこを見せつけようとは…………早速どうですか? 抱き着いてきてもいいんですよ? 俺がちらちら二子を見てると、彼女がそれに気付いて声に出した。


「え? 何見てるのナツト、気持ち悪いわね」

「よし、抱きついていいぞ」


 俺がニヤニヤして言うと、二子はクスリと笑ってこう言った。


「自然にしてなさい気持ち悪いわね」


 そういう割には楽しそうにしてる二子を見て、俺はホッとする。浅葱たちはムーっと頬を膨らませて、テーブル叩いて抗議してくる。女の子のこういう反応って、なんか可愛いなって思うよ。

 その後は先ほどのギスギスした空気とは打って変わって、二子と浅葱たちが打ち解け始めた。元々、浅葱も光も友好的な人間だし、二子も害がなけりゃ邪険にはしねぇタイプだ。ファミレスのテーブルで、浅葱が柔道の話して笑ったり、光が学校の噂話持ち出したりして、二子も時々クールに相槌打ってる。仲良くなるのに時間はいらなかったんだろうな。女の子同士のこういう和やかな雰囲気って、見てて癒されるよ。

 そして帰路に向かう。ファミレスを出ると、外はもう薄暗くなってて、街灯がポツポツ点いてる。光は駅に向かうけど、俺と二子と浅葱は同じ方向だ。光とはそうそうに別れて、三人で帰宅する。光が「またねー!」って手を振って駅の階段登ってく後ろ姿が小さくなっていく。とりあえず二子の同棲はもう突っ込まれねぇみたいだ。もっと気にするところだと思うけど、本人たちが突っ込まねぇならいいか。俺としては少しホッとしてる。


「納豆君! また明日!! 明日には私のこと好きになってますからね!」


 浅葱がニッコリ笑って手を振ってきた。夕陽に照らされた笑顔が眩しくて、俺もつい手を振り返す。そしたら二子が肘で小突いてきた。痛いわボケ。肘が俺の脇腹に当たって、思わず「いてっ」って声が出ちまう。


「ほら帰るぞ」

「ええ…………もうクタクタ」


 そう言った二子が俺に抱き着いてきた。彼女の金髪が俺の肩に触れて、ちょっとくすぐったい。疲れた顔してるけど、俺にくっついてくる仕草が可愛いなって思う。俺はそんな二子を引っ張りながら家に上げて、思う。こういうとこを浅葱や光に見せつけるんじゃないんですか? 二子の細い腕が俺の背中に回ってて、彼女の体温がじんわり伝わってくる。女の子のこういう自然な甘え方って、ほんと心にくるよな。家までの道のりを歩きながら、二子の横顔見て、なんか満足感が湧いてくる。明日もこんな感じでいいよなって思うよ。

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