6発目 葱の味は苦く
その夜、もう遅くなるころだ。時計の針は11時を回ってて、リビングの蛍光灯が薄暗く部屋を照らしてる。二子は昨日はソファで寝てたけど、さすがに二日連続ソファで寝かせるのは悪いよな。あの狭いソファで、足を縮めて寝てる姿を思い出すと、ちょっと可哀想になってくる。女の子にはもっとちゃんとした場所で寝かせてやりたいって思うのが、俺の性分だ。
「二子、とりあえず…………」
両親のベッドに二子を寝かせるのはいかがなものか。父さんと母さんの匂いが染み付いたシーツに、彼女の金髪が広がるのを想像すると、なんか変な気分だ。でも、二子に俺のベッドを使わせるのもなぁ。俺の枕には汗の匂いとか残ってるだろうし、女の子にそんなとこ寝かせるのも気が引ける。部屋の隅に積まれた漫画とかも片付けてねぇし。
「私はまたソファでも…………」
二子がそう言って、ソファの方に目をやる。声がいつもより小さくて、遠慮がちな感じがする。
「何でこういう時だけ遠慮がちなんだよ。お前が嫌じゃなければ俺のベッド使えよ。俺は寝る時だけ両親のベッド使うから」
俺がそう言うと、二子はしばらく考える素振りをして、顎に手を当てて天井を見上げた。碧眼が蛍光灯の光を反射して、ちょっと幻想的だ。そしたらポツリと呟いた。
「一緒に寝ればいいじゃない。恋人同士でしょ?」
「え?」
一瞬、頭が真っ白になった。二子は少しだけテンションが高めで、口元にニヤッとした笑みが浮かんでる。教室にいる時はツンとしてる雰囲気しか感じなかったけど、今は構って欲しくてしょうがない大型犬みたいに見える。金髪を軽く揺らして、俺をチラチラ見てくるのがなんか可愛いなって思う。女の子のこういうギャップって、ほんと心臓に悪いよ。
「そんなに俺と一緒に寝たいのか?」
俺がからかうように言うと、二子は首を振って反論してきた。
「ん? 違うわよ。私は好きな場所で眠る。貴方はいつも通り眠る。だから同じベッドで眠るだけ。それ以上はないわ」
「なんだよそれ。お前の好きな場所は俺のベッドか?」
俺がニヤニヤしながら言うと、二子は一瞬「…………へ?」って間の抜けた声を出した。そしたら彼女の顔がみるみる内に赤くなっていき、耳まで真っ赤にして顔を伏せてしまう。ソファのクッションに顔を埋めて、肩が小さく震えてる。
「私……今何言ったの? ……待って! 違うから!」
こいつ動揺しすぎだろ。絶対何も考えずに喋ってたな。てゆうか好きな場所なんか? 俺のベッド好きなのか? 一度も来たことないだろ? 昨日はソファで寝てたし、俺の部屋に入ったのだって今日が初めてだよな? ないよな? ないのか? わからねぇ。なんか頭が混乱してくる。もしかして俺が寝てる間に忍び込んでたとか? いや、まさかな。
「寝ましょ?」
二子が顔を上げて、そう言って俺の手を掴んだ。そしたらそのまま俺をベッドに引きずり込む。俺は彼女の力に引っ張られてベッドにドサッと倒れ込んだ。互いの肩が触れ合う距離で、狭いシングルベッドに二人並んでる。何をするわけでもねぇのに、彼女はぎゅっと俺に抱き着いてくる。二子の金髪が俺の頬に触れて、シャンプーの匂いがふわっと鼻に届く。女の子の体温がこんな近くにあるってだけで、なんかドキドキが止まらねぇよ。
思えばこいつは少しおかしい。俺の事を好きなようなそぶりを感じるんだよな。服もそうだ。タンスに綺麗に畳んであった洗濯済みの服じゃなくて、今朝まで俺が着てた汗臭い部屋着をわざわざ選んで着たがった。あの時、彼女がTシャツを手に持って洗面所に消えてく後ろ姿見て、なんか変な感じしたんだよ。
本当に好きなのか? でも初めて会ったのはつい二日前で、教室で顔見かけた瞬間に衝動的に告白しただけだ。理由も顔が良いからってだけでさ。彼女もその場でOKしたけど、理由は「気まぐれ」って言ってた。こんな短期間で好きになるなんてあり得るのか?
「どこまでが予定通りなんだ?」
不意に彼女に尋ねると、二子は俺の腕の中でにやりと笑ってこう言った。
「まだこの先も予定通りよ」
まだ先があるのかよ。頭の中でその言葉が反響して、ちょっとゾクッとする。でもそれはきっと二子にとって良いことなんだろうな。彼女の声には妙な自信があって、俺を安心させるような響きがある。
「俺はどうなるんだ?」
「予定通りなら…………そうね。きっと貴方は幸せになれるわ」
二子はそう言って、俺を抱きしめる力を少しだけ強めた。彼女の細い腕が俺の背中に回って、温かさがじんわり伝わってくる。そしてすぐに寝息が聞こえてきた。小さくて規則正しい息遣いが耳に届いて、なんか落ち着く。俺はそのまま寝付けず、彼女の寝顔を眺めてた。長いまつ毛が閉じた目にかかってて、金髪が枕に広がってる。本当に綺麗な顔してるよな……。
「本当に綺麗な顔してるよな……」
思わず口に出した言葉が部屋に響いて、自分でちょっと恥ずかしくなる。幸せになるか。どんな結末が待ってるか知らねぇけど、お前がそういうなら、なんか本当にそうなりそうな気がするよ。女の子のこんな寝顔見てると、なんか信じちまうんだよな。そして俺は、二子を抱きしめ返して目を閉じた。彼女の温もりに包まれて、ようやく眠りについた。
翌朝、インターフォンの連打に起こされた。けたたましい音が頭に響いて、眠気が一気に吹っ飛ぶ。時計見たらまだ6時前だ。誰だよこんな朝早くに。ベッドから這い出してリビングに目をやると、既に二子は起きてた。彼女は鏡の前で自分の顔を確認して、金髪を軽く整えてから玄関に向かおうとしてる。
「朝から誰だ…………こんな早起きの奴浅葱…………!?」
浅葱だと!? 頭の中で警報が鳴り響く。まずいぞ。もし浅葱だったらこの状況は非常にまずい。別に浮気とかじゃねぇし、俺の彼女は二子だけだ。だが高校生で同棲してるってとこ見られるのは何か非常にまずい気がする。浅葱の驚いた顔が目に浮かんで、焦りが胸に広がる。
「待て二子!」
俺が慌てて叫ぶけど、二子は俺の静止を無視してそのまま玄関の扉を開いた。ドアが開く音と一緒に、浅葱の姿が目に入る。目の前にいるはずのない二子と顔を合わせて、浅葱は目を丸くして驚いてる。朝陽が彼女の柔道着の裾を照らしてて、ちょっと眠そうな顔が固まってる。
「どう…………して? 納豆君のお家に明科さんがいるのですか?」
浅葱は明らかに動揺してる。声が震えてて、手に持ったカバンが少し揺れてる。そこまで動揺するほどなのか。いやまあ、知り合って3日で同棲してる高校生カップルって普通に怖いか。俺でも逆の立場だったらビビるよな。
「えっとこれは二子が朝から来てくれたんだよ! 可愛い奴だよな?」
俺が必死に取り繕うけど、浅葱の視線が二子に固定されてる。
「部屋着です。明科さん…………部屋着ですよ納豆君?」
しまった!? 二子の服装は俺の部屋着だ。男物のダボっとしたTシャツとハーフパンツ。朝から来ましたって言い訳が通用するわけねぇ。間違いなくお泊りしたことが露呈してしまった。だがまだ同棲までは発覚してねぇはずだ。頭フル回転で言い訳考えなきゃ。
「と、とにかく後で話そうな。俺はもう…………朝練に来ないって思ってくれ」
俺がそう伝えると、浅葱は下を向いて肩を震わせる。わからない。なぜ浅葱はここまで悔しそうにしてるのか本当にわからねぇ。彼女の長い髪が顔を隠してて、表情が見えねぇけど、なんか泣いてるみたいにも見える。
俺は高校入学してから一年間、鬱陶しいほど彼女に交際を迫った。教室の隅で、部活帰りに、休み時間に、何度も何度も告白したよ。女の子の中でも浅葱の明るくて優しいとこが好きだったからさ。だが、彼女はイエスって言わなかった。毎回笑って「ごめんね、納豆君」って断られてた。その結果、俺が別の女子と付き合って、まるで浅葱は俺の事が好きだったのかと錯覚させられる。頭の中でその可能性がぐるぐる回って、胸が締め付けられる。
「納豆君……私はまだ諦めません。今日は帰ります」
そう言って浅葱は帰って行った。朝陽に照らされた背中が小さくなって、角を曲がって見えなくなった。二子はそんな浅葱の背中をただ黙って見てた。いつもなら何か言いそうなのに、珍しく静かだ。
「お前にしては話に参加しなかったな」
「ええ…………だって私がどんな言葉をかけても彼女が傷つくでしょう。私や貴方を否定する言葉なら言い返したわ」
彼女なりの信念なんだろうか。無駄に煽る真似はしないのか。昼休みに餌付けされかけた時、ドSかと思ったけど、案外優しいとこもあるんだな。正直意外だよ。
二子は部屋に戻ると着替え始めるようだったから、俺は先に朝ごはんの用意をし始めた。その前に顔を洗おう。洗面所で冷たい水をかぶって、頭をスッキリさせる。冷蔵庫に残ってた卵とパンで適当に朝食作って、テーブルに並べる。
二人で登校し始めて二日目。二子の様子は昨日の夜とは打って変わって、昨日の日中みたいにツンとした態度に戻ってた。金髪を軽く揺らして、クールな顔で前見て歩いてる。それでも、彼女がちゃんと俺を彼氏と認識してくれてるようで、手はしっかりと握ってくれてる。彼女の手が少し冷たくて、でもその感触が妙に安心するんだよな。女の子の手ってこんな感じなんだって、改めて思う。
この後教室でどんな顔をして浅葱と会えばいいんだろうか。さっきの彼女の背中が頭から離れねぇよ。
「…………一応彼女がああなったのは貴方のせいでもあるわ」
二子がポツリと言う。俺は黙ったまま、地面に目を落とす。
「…………」
指摘されてることはわかってる。でも…………だって…………だけど…………じゃあなんで俺はフラれ続けたんだよ。浅葱に何度も告白して、毎回笑顔で断られてたのは何だったんだ。俺の気持ちなんて遊びだったのか?
いつでも恋人にできるキープだったのか? そんな考えが頭をよぎって、なんかモヤモヤが収まらねぇ。
「わからないみたいね」
二子がため息混じりに言う。
「逆にお前はわかるのかよ! 俺はガキの頃から浅葱と一緒にいて!!」
バチン! と乾いた音が耳に届いた。頬が熱くて痛い……。俺は二子に平手打ちされたみたいだ。彼女の碧眼が俺を睨んでて、手を上げたまま固まってる。
「何するんだよ!!」
「…………さすがにアサギさんが可愛そうだと思ったのよ。貴方は誰でも良いから告白した。そんな告白を受ける人なんて…………貴方を愛してる人だったら残酷だったでしょうね」
誰でも良いから告白してた。でも確かに俺は浅葱の良いところを知ってる。明るくて優しくて、柔道着姿もカッコいい。でもそれだけじゃねぇ。光の元気なとこや、他の女の子の可愛いとこもたくさん知ってる。俺の告白は誰でも良いから彼女が欲しいって動機だ。女の子に興味があって、美女見つけたらすぐ撃つ。それが俺のやり方だった。
そしてそんな告白を受けた二子は…………一体何を考えてるんだろうか。彼女の碧眼が俺を見てて、その奥に何があるのかさっぱりわからねぇよ。顔が良いからって理由でOKした彼女の気持ちが、今になって気になり始めた。
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