6発目 葱の味は苦く

 その夜、もう遅くなるころだ。二子は昨日はソファで寝ていたがさすがに二日連続ソファで寝かせるのは悪いよな。


「二子、とりあえず…………」


 両親のベッドに二子を寝かせるのはいかがなものか。しかし、二子に俺のベッドを使わせるのもなぁ。


「私はまたソファでも…………」

「何でこういう時だけ遠慮がちなんだよ。お前が嫌じゃなければ俺のベッド使えよ。俺は寝る時だけ両親のベッド使うから」


 俺がそう言うと二子はしばらく考える素振りをしてから呟いた。


「一緒に寝ればいいじゃない。恋人同士でしょ?」

「え?」


 二子は少しだけテンションが高めだった。教室にいる時はツンとしている雰囲気を感じたが、今は構って欲しくてしょうがない大型犬にも見える。


「そんなに俺と一緒に寝たいのか?」

「ん? 違うわよ。私は好きな場所で眠る。貴方はいつも通り眠る。だから同じベッドで眠るだけ。それ以上はないわ」

「なんだよそれ。お前の好きな場所は俺のベッドか?」

「…………へ?」


 二子の顔はみるみる内に赤くなっていき、耳まで真っ赤にして顔を伏せてしまう。


「私……今何言ったの? ……待って! 違うから!」


 こいつ動揺しすぎだろ。絶対何も考えないで喋っていたな。てゆうか好きな場所なんか? 俺のベッド好きなのか? 一度も来たことないだろ? ないよな? ないのか? わからない。


「寝ましょ?」


 そう言って二子は俺をベッドに引きずり込む。互いの肩が触れ合う距離。何をする訳でもないのに、彼女はぎゅっと俺に抱き着いている。


 思えばこいつは少しおかしい。俺の事を好きなようなそぶりを感じる。服もそうだ。綺麗に洗濯した服じゃなくて、今朝まで来ていた部屋着を着たがった。


 本当に好きなのか? でも初めて会ったのはつい二日前で、告白は出会いがしら。理由も顔が良いから。彼女もその場でOKをするが理由は気まぐれ。


「どこまでが予定通りなんだ?」


 不意に彼女に尋ねると彼女はにやりと笑ってこういった。


「まだこの先も予定衣通りよ」


 まだ先があるのか。でもそれはきっと二子にとって良い事なのだろうな。


「俺はどうなるんだ?」

「予定通りなら…………そうね。きっと貴方は幸せになれるわ」


 二子はそう言って俺を抱きしめる力を少しだけ強めた。そしてすぐに寝息が聞こえてきた。俺はそのまま寝付けず、彼女の寝顔を眺めていた。


「本当に綺麗な顔してるよな……」


 思わず口に出した言葉。幸せになるか。どんな結末が待っているか知らないけど、お前がそういうなら、なんか本当にそうなりそうな気がするよ。そして俺は、二子を抱きしめ返して眠りについた。


 翌朝、インターフォンの連打に起こされると、既に二子は起きていた。彼女は鏡で自分の顔を確認してから玄関に向かおうとする。


「朝から誰だ…………こんな早起きの奴浅葱…………!?」


 浅葱だと!? まずいぞ。もし浅葱だったらこの状況は非常にまずい。別に浮気とかではないし、俺の彼女は二子だけだ。だが高校生で同棲をしているところを見られるのは何か非常にまずい気がする。


「まて二子!」


 しかし、俺の静止を無視し、二子はそのまま玄関の扉を開いた。浅葱は目の前にいるはずのない二子と顔を合わせ、目を丸くして驚いている。


「どう…………して? 納豆君のお家に明科さんがいるのですか?」


 浅葱は明らかに動揺している。そこまで動揺するほどなのか。いやまあ知り合って3日で同棲している高校生カップルって普通に怖いか。


「えっとこれは二子が朝から来てくれたんだよ! 可愛い奴だよな?」

「部屋着です。明科さん…………部屋着ですよ納豆君?」


 しまった!? 二子の服装は俺の部屋着。男物の部屋着だ。間違いなくお泊りしたことが露呈してしまった。だがまだ同棲までは発覚していないはず。


「と、とにかく後で話そうな。俺はもう…………朝練に来ないって思ってくれ」


 俺がそう伝えると、浅葱は下を向いて肩を震わせる。わからない。なぜ浅葱はここまで悔しそうにしているのか本当にわからない。


 俺は高校入学してから一年間、鬱陶しいほど彼女に交際を迫った。だが、彼女はイエスと言わなかった。


 その結果、俺が別の女子と付き合ってまるで、浅葱は俺の事が好きだったのかと錯覚させれられる。


「納豆君……私はまだ諦めません。今日は帰ります」


 そう言って浅葱は帰って行った。二子はそんな浅葱の背中をただ黙って見ていた。


「お前にしては話に参加しなかったな」

「ええ…………だって私がどんな言葉をかけても彼女が傷つくでしょう。私や貴方を否定する言葉なら言い返したわ」


 彼女なりの信念なのだろうか。無駄に煽る真似はしないのか。正直餌付けされかけた時、ドSかと思ったわ。


 二子は部屋に戻ると着替え始めるようだったので、俺は先に朝ごはんの用意をし始めた。その前に顔を洗おう。


 二人で登校し始めて二日目。二子の様子は昨日の夜とは打って変わって昨日の日中のようにツンとした態度に戻っていた。それでも、彼女がちゃんと俺を彼氏と認識してくれているようで、手はしっかりと握ってくれている。


 この後教室でどんな顔をして浅葱と会えばいいのだろうか。


「…………一応彼女がああなったのは貴方のせいでもあるわ」

「…………」


 指摘されていることはわかる。でも…………だって…………だけど…………じゃあなんで俺はフラれ続けたんだよ。


 いつでも恋人にできるキープだったのか?


「わからないみたいね」

「逆にお前はわかるのかよ! 俺はガキの頃から浅葱と一緒にいて!!」


 バチン! と乾いた音が耳に届いた。頬が痛い……。俺は二子に平手打ちをされたようだ。


「何するんだよ!!」

「…………さすがにアサギさんが可愛そうだと思ったのよ。貴方は誰でも良いから告白した。そんな告白を受ける人なんて…………貴方を愛してる人だったら残酷だったでしょうね」


 誰でも良いから告白していた。確かに俺は浅葱の良いところを浅葱だけじゃない。光や他の女の子の良いところをたくさん知っている。でも、俺の告白は誰でも良いから彼女が欲しい。それが動機だ。


 そしてそんな告白を受けた二子は…………一体何を考えているのだろうか。

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