5発目 納豆以外で嫌いなものはありますか?
俺は制服のアイロンかけを終えると、二子が俺の隣に座り込む。彼女の服装はワイシャツと下着だけ。
「…………最初にしては上出来ね」
「ネットで調べただけだよ」
「なんでスカートのアイロンのかけ方知ってるのきも! って思ってごめんなさいね」
「じゃあ頼むなよ!?」
俺はそう言いながら二子にブレザーを返そうとしたが、彼女は受け取ろうとしない。
「受け取れよ」
「私はハンガーじゃないわ。明日着るからその時また用意してくれればいいわよ」
バカなの? と言いたげな表情をする二子。
せめて頼み方を覚えさせよう。きっとこいつは日本の生活に不慣れできっと日本語も周りの人間に影響されたんだろう。そう思おう。普通にハーフで日本語も流暢だけど…………そう思わせてくれ。
「今までは誰がアイロンをかけてくれたんだ」
「制服を着たのは幼い頃だけで私服の学校に通ってたのよ。私服はクリーニングで回していたわ」
金があるなら俺じゃなくてもいいのに。なんでこいつは俺に頼っているんだ?
色々疑問はあるが、今は俺に頼らないといけない状態と考えるのが自然なのではないだろうか。
「家事出来ないのはいつも誰かがしてくれたからなんだな?」
「…………」
「お前の世話をしてくれる人がいなかったんだな?」
「…………」
「その両親はどうやって海外に送ったんだ? 金の力だと思っていたが」
「それは偶然よ」
そんな訳あるか。しかし、二子はその話題だけは視線をそらした。何か話せない訳でもあるのか。ただ偶然と言い張りたいだけなのか。
なんとなくだが、二子は誰かの助けを求めていて、俺は二子に告白した。きっと二子にとっては突然目の前に現れた使えるかもしれない手足だったのだろう。
俺は隣に座っている二子の方に視線を向けると、彼女は何か言いたげな表情で俺の様子を窺う。
「それより何か着ろ。それからワイシャツは洗い物出しとけよ。着替えはあるのか?」
「…………貸して」
そう言われ俺は服を貸してやるために彼女を俺の部屋に連れ込む。部屋には俺と二子の二人。しかも二子は白いワイシャツと黒い下着だけだ。
「ほら着替えだ」
俺はとりあえず自分のジャージや部屋着を彼女に見せると、二子は誰を着るか悩んでいる様子だ。どれも男物の適当な奴なんだからサイズと肌触りで選べばいいのに。
そして二子は何を思ったのかタンスに入っていた綺麗な服をすべてしまうと周囲をきょろきょろと見て俺が今朝脱ぎ捨てたTシャツとハーフパンツを手に取った。
「これ」
「いやお前それは今朝まで俺が着ていた奴で……」
しかし二子は俺の言葉を無視してそのまま洗面所までそれを持って行って着替えてきた。そして脱ぎたてのワイシャツを俺に手渡す。
「洗っていいわよ」
脱いだ服を律儀に俺に手渡してくる二子。口調さえ気にしなければなんかこいつ可愛いな。だが、これこのまま放置してたら脱いだ下着を渡してくるのか?
それは…………気持ち悪い顔になりそうだし、洗濯物を入れておく籠でも用意するか。どうせ触るかもしれない下着でも脱ぎたてを手渡しはさすがに…………そうだな、籠を用意しよう。
「とりあえずメシの用意するわ。何か食べれないものはあるか?」
「納豆以外なら」
わざとか? 俺のあだ名を知っていて弄っているのか? それとも本当に嫌い? でも俺の認識だと夕飯に納豆が出る家ってそんなにないと思うぞ? 多分。
適当に用意したご飯を食べる二子の正面に座り、俺も食事を始める。二子は綺麗に食べると皿を一度手に持ってシンクまで運ぼうとしてハッと気づきその皿を置いて一言。
「食べ終わったわ」
「まてまてお前今、片づけようって思っただろ」
「思いもしないわ」
「…………?」
二子は間違いなく自ら片付けをしようとした。なのに後から「やらない」を選択したように見える。
「お前は…………いや、いい。だけど俺もできる時間は限られているんだ。なんでもかんでも頼むならお前もそれなりに対価をよこすんだな」
俺がそう言うと二子は考え込んで、立ち上がり俺の顔をジーっと見つめて彼女は言った。
「私はあげてるつもりなんだけどね」
そう言って彼女は浴室に向かって行ってしまった。俺はリビングで彼女の次に風呂に入る準備だけしておいてから皿洗いをした。そして、風呂から上がった二子は俺のジャージを着てリビングに戻ってくる。
「これ」
そう言って彼女は手を突き出し、俺はそれを受け取ると、それは黒い布だった。シルク製で上下セットの下着だ。おそらくさっきまで履いていた奴だろう。
洗えという意味だろうな。洗濯籠を用意し忘れた俺が悪いが、こいつ普通に脱ぎたてを渡してくる。
「俺が変態だったらどうするんだお前」
「…………その時は替えの下着を買って貰うわ。使っちゃったヤツは返さなくていいわよ。いらなくなったら捨てて」
二子は使われたモノはさすがに返してほしくないようだ。てゆうか使わないから安心してほしい。
「風呂入ってくる」
「ごゆっくり…………」
二子はテレビをつけてソファに座り、身体を沈ませる。俺はいつも通りに風呂をすませて彼女の隣に腰掛けた。二子は何も言わず、テレビを見ていたがふとこちらを振り向き俺の肩に寄り掛かるように頭を乗せる。
そして俺がそんな二子の頭を撫でてやると二子は俺をジッと見つめてくる。
「どうした? 先に甘えてきたのはお前だろ?」
「いえ…………貴方って意外と紳士なのね」
意外とは余計だ。ただ、なんとなくだが今の俺たちはそういう段階じゃないって事は俺でもわかる。きっと二子を苦しめる。
今くらいの距離感で…………このまま…………いつか彼女が本当の事を話してくれたら、俺はその時本当に彼女の彼氏になれるのだろう。
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