息子への誕生日プレゼント

浅賀ソルト

息子への誕生日プレゼント

 息子の描いた絵がボードに貼られている。その場にいる全員がそれを見ていた。そこにいたのは校長、教師、俺、妻、そしてスクールカウンセラーだ。

 絵に描かれているのは、人が血だらけになって倒れている様子と、それを塗り潰そうと滅茶苦茶に走らせた線だ。高校生にもなって描く絵じゃない。小さい子供ならこういう残酷な絵をノリノリで描いたりもする。人間の姿は四角と丸に棒の手足がくっついた記号みたいな代物だ。人に注意されたい構ってちゃん心理が見え透いて鼻につく。ほんとに高校生か? 描きたくなくてももっと適当に描けばいいにに、わざと問題児っぽく描いている。

 これはもちろんウケ狙いや悪ふざけで描いた絵ではありませんとスクールカウンセラーは言った。ダニエルは強いストレスを感じていて、いつ爆発してもおかしくないと説明する。

 何が爆発するのかさっぱり分からない。この15年間、いつ爆発してもおかしくないと言われ続けてきた。今後15年もいつ爆発してもおかしくないだろう。

「はあ、そうですね」俺は小指で耳をほじりながら言った。耳の中が痒かった。

 この場にいるのは俺以外は全員が女だ。校長も担任も、カウンセラーも女。こんな状況で真面目に話など聞いていられない。女はいつもビクビクしている生き物だ。息子の何が分かるというのか。どうせ爆発などしない。

 横にいる妻も何も言わないが同意見だ。腕を組んで、『聞く耳を持ちませんがそれでも何か言いたければどうぞ』という顔で学校関係者全員を睨んでいる。

 息子は高校1年生だ。俺は慣れたものだが、ここの教師にとってはダニエル初体験ということになる。「小学生のときも中学生のときも教師に同じことを言われてきた。俺にとっては言われ慣れているし、ダニエルも言われ慣れている。あまり気にしすぎない方がいい」

 おばさん校長、おばさん担任、おばさんカウンセラー、3人が黙って顔を見合わせた。俺たちを馬鹿にしている。言いたいことがあれば言えばいいのに。そもそもなんで若い教師がいなくて3人が3人ともおばさんなんだ。

 校長が偉そうな態度で口を開いた。両手をへその前で組み、顎をやや上げている。「小学校、中学校からの情報も受けています。ダニエル君には強い加害性が見られます。それもかなり子供の頃から」

「それの何が悪い。俺は俺の息子を誇りに思っている」

 俺は心底退屈していた。何を俺が言っても通じないし、向こうが何をして欲しいのかも分からない。俺の息子が危ないという話も聞き飽きた。危ない奴と思われる方が、ナメられるより100倍いい。

「加害性の強い子への対処方法というのがあります。まずは心当たりを見つけて、そのときの適切な対応方法を学んでください。一方で、絶対にやってはいけないことというのもあります。これは絶対に守ってください。場合によっては決定的な結果を招くことになります」

 何か偉そうに俺に説教をしてきたとしか思えなかった。そして俺は説教されるのは気に食わない。まして女の言うことなど聞いていられない。

 俺は何も言わずに立ち上がった。そのまま出口に向かう。

「ちょっと。話はこれからですよ。あなたが情報共有も警告も無視したということは記録に残しますよ」

 嫁もあとからついてきた。

 ミーティングルームの外は当たり前だが学校の廊下だった。リノリウムの床とそれに映る天井の蛍光灯。両側に等間隔に並んでいるドアに、中が見れるガラスの覗き穴。そしてスチール製のロッカー。まだ息子もどこかの教室で授業を受けているはずだ。教師の声と生徒の話し声が聞こえる。

 授業のない生徒たちがまばらに廊下でしゃべっている。そいつらは俺達夫婦をちらりと見て、馬鹿にしたように薄笑いを浮かべた。

 まったくムカつくやつらだ。教師もムカつくが生徒もムカつく。俺の息子がいらついていても当たり前だと思った。誕生日に銃も買ってやったし、なんなら教師の心配事を現実のものにしてやればいいのに。俺だってそっちの方がスカっとするってもんだ。

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