第22話 花火大会
「綺麗だ……」
河川敷の片隅で僕は1人で夜空を彩る花火を見上げていた。
日中の場所取りで汗をかいたので臭いが気になる。本音としては今すぐにでもシャワーを浴びたいところだ。
一緒に見る予定だった雪さんの姿が隣にない事を少しだけ寂しく思う。
何故こんな状況になってしまったのか……。
事の発端は、土壇場で小春ちゃんの友達の1人が親御さんからNGを出されてしまった事に起因する。
その子を置いて自分達だけ行けないと主張する残りのメンバー。今年の花火大会は誰も行かないという決断を一度は下した。
過保護過ぎるとも思えなくもないが、その子は父子家庭。親御さんの心配する気持ちも分からなくはない。
とは言ってもその子も友達と行きたかったのだろう。
説得を重ねた結果、誰かの保護者が同伴する事と外周ではなくシートを敷く事の出来る観覧エリアなら……という条件までは引き出せた。
そこで白羽の矢が立ったのが雪さんだったのだ。全員と顔馴染みであった事もあり、頼みやすかったのだろうな。
雪さんは僕の事は気にして、なかなか首を縦に振らなかった。
説得をするのは骨が折れたが、小春ちゃんを悲しませたくなかったのは彼女も同じ。
最終的には納得してもらう形で話が纏まった。
時期的に有料観覧チケットの販売は終わっていたので、シートの敷けるエリアとなると無料観覧エリアになってしまう。
場所取りが可能になるのは当日10時、午前中には埋まるというなかなかの競争率だった。
出された条件を考えれば、その親御さんの本心としては諦めさせるつもりだったのだろう。
だけど相手が悪かったとしか言いようがない。
小春ちゃん達は、朝から場所を確保しに行く気でいたのだ。この炎天下での場所取りは体力的に厳しいものがある。せっかく場所を確保しても熱中症で見れなくなったら目も当てられない。
そんな経緯から僕が引き受ける事にしたのだった。
朝早くから来ていた甲斐もあり、それなりの場所を確保できた。
開始時間の前に来ていた雪さんに場所の引き渡しも終えて、晴れてお役御免の立場となった。
その時に少しだけ見る事が出来た浴衣姿の雪さんは、文句なしに綺麗だった。
「あとは花火が終わった後に、2人と合流して帰るだけか……」
帰りは
雪さんと小春ちゃんも一緒にと言われていたがそれについては丁重に断ってもらった。
父子家庭の男性に雪さんと極力接点を持って欲しくないという僕の我儘を優先してもらった形だ。
長く感じた花火大会のプログラムが、残り僅かとなった事を知らせるアナウンスが会場に響く。
「そろそろ片付けの時間か……」
身バレ防止の為、鞄に忍ばせていたウィッグを装着する。向かう先は観覧エリアだ。
入り口付近に到着したタイミングで最後の花火が上がり終了のアナウンスが流れ始める。
この後、雪さん達は保護者同伴の証明を兼ねてその親御さんに挨拶に行く。
その間に僕はブルーシートの片付けを済ませ、雪さん・小春ちゃんと合流する予定だ。
雪さん達が離れたのを確認し、ブルーシートへ向かう。合流までは時間にゆとりがある、片付けを始める前に一旦腰を下ろす事にした。
花火の間、ずっと立ちっぱなしだったので少し休憩したかったのだ。
立ち並ぶ屋台を見ながら、そう言えば今日は何も買っていなかった事に気づく。
花火大会の終了と同時に屋台が片付けを始める事、雪さん達もいつ戻ってくるか分からない事。懸念材料が2つあったので今から買いに行く気にはなれなかった。
「焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、イカ焼き……花火見ないで買いに行けば良かったな」
このまま屋台を見ていると、どんどん気持ちが沈み込んでしまいそうな気がした。
それを紛らわせたくて、視線を川の方に戻す。
「焼きそばとフランクフルト、なんとオマケの飲み物付き。お値段も今なら無料ですよ」
急に後ろから声がしたので振り返ると、小春ちゃんが立っていた。
「早かったね。もう解散したの?」
「保護者同伴の証明ならお母さんが居れば十分です。それに優さんとお母さんの時間を邪魔した真白のお父さんに会ったら文句言いそうだったので戻って来ちゃいました」
それを聞いた僕は声を出して笑ってしまった。
「あ、信じてないですね!?」
「違うよ。信じてないんじゃなくて、本当に言いそうだなって思ったらつい……」
「その言葉、嘘じゃないですよね?それだったら笑った事は不問にします。ってこんな話をしたかったんじゃないんです。優さん、今日は朝から私達の為にありがとうございました」
そう言うと小春ちゃんは深々と頭を下げた。
「どういたしまして。楽しかったかい?」
「はいっ!!友達と花火大会に来たの初めてだったので!!」
「中学生の時は行かなかったの?」
「真白のお父さんの事をさっきは悪く言いましたが、実は去年までは私も親に反対される側だったんです。誘ってくれた友達は来れないなら仕方ないねって自分達は花火大会に行ってました。悪いのは私なので置いて行かれるのは当たり前だと分かっていてもやっぱり寂しかったです。だから真白を置いて花火大会には行きたくなかった……」
なるほど。そんな経緯があったのか。小春ちゃんが嘘を吐いている感じはしないが、それが本当なら疑問が生じる。
「だけど、その割には雪さん反対する素振りが一切無かった気がするけど……」
「それ優さんのおかげなんですよ。あの時私が何て言ったか覚えてます?」
なぜ僕のおかげになるのかは分からないが、小春ちゃんの質問について考える。
確かあの時は友達に花火大会に誘われたから行くつもりだと、そんな感じの事を言っていた記憶がある。
「友達と行くって普通に言ってたよね?」
「はい。でもその前に優さんにお母さんと行ったらどうかと言いましたよね?」
確かに小春ちゃんはそう言っていた気がする。あれは僕の為に言ってくれたとばかり思っていたのだが、そうではなかった?
「あれはお母さんにNoと言わせない確率を上げる為の作戦でした。きっとお母さんも優さんと2人で行きたかったんだと思います。だって私は花火大会に友達と行きたい、お母さんは許さないだったら3人で行くしかありません。だから私が友達と行く事を反対しなかったんだと思います。これお母さんには内緒でお願いしますね。バレたら私が怒られちゃうので」
「ああ……」
今回の保護者同伴について、雪さんが難色を示していたのは僕を気遣ってのものだとばかり思っていた。
小春ちゃんの言う通り彼女が僕と出かける事を楽しみにしていて、それが叶わないから不満を露わにしていた。
説得が大変だったのは彼女がそれだけ楽しみにしていてくれたからだとしたら……。
ダメだ、つい顔がにやけてしまう。
「優さん、そろそろ受け取ってもらえませんか?」
小春ちゃんが呆れた表情で、買ってきてくれた食べ物と飲み物を僕に差し出す。
だらしない顔をしっかり見られていた。恥ずかしさを誤魔化す様に、僕は慌てて受け取った。
「ありがとう。お金払うよ」
「お礼ですからお金は貰えません。とは言っても優さんから頂いているお小遣いから払ったのですが……」
「分かった。それじゃ今回は甘えさせてもらう。その代わり足りなくなった時は遠慮なく言ってくれ」
「優さんが1番過保護な気がします。食べ物まだ暖かいですよ。真白のお父さん少し遅れるみたいなので、食べる時間は十分あります」
「それじゃいただこうかな。小春ちゃんは食べた?」
「はい。花火を見ながら食べましたので、お気遣いなく」
焼きそばとフランクフルト……どちらから食べるか悩む所だ。
一旦シートにフードパックと
「それにしても花火大会ってこんなにも男の人に声を掛けられるんですね……」
小春ちゃんから不穏な言葉が出たせいで舟皿に乗ったフランクフルトを取ろうとした手が止まった。
「小春ちゃん、ナンパされたの?」
「はい、歳上の人でした。私だけじゃなくて真白も陽奈も綾香も声を掛けられてましたね」
最近の高校生は大人っぽい子も多い。花火大会はナンパの温床とも聞くし、世の中の親御さんが心配するのも無理はないか……。
「あ、そう言えばお母さんも声掛けられてました。私達の事を歳の離れた姉妹だと思ったみたいです」
「…………小春ちゃん、雪さんのいる場所は分かる?」
「それは聞いたら分かると思いますが、そのうち戻って来ますよ?」
そんな悠長な事を言っている場合ではなくなってしまった。今日の雪さんの浴衣姿を考えればナンパされたとしてもおかしくない。
何故そんな事すら考えつかなかったのか?
20秒前までの能天気な自分を本気でぶん殴ってやりたいと思った。
僕は食べ物と飲み物を小春ちゃんに預け、急いでブルーシートの片付けに取り掛かる。
そして小春ちゃんを急かしながら、足早に雪さんの元へと向かうのだった……。
―あとがき―
花火大会にまだお互い本音で話す事の出来ない31歳と36歳の男女が行ったとしたら……。
アニメや漫画に出てくる花火大会や夏祭りのイメージがこの2人にマッチしない気がして、こんな感じの内容になりました。
ご期待していただいた内容とかけ離れた話だったと思われた方もいらっしゃるかと存じます。
出来ましたら今後に期待という形で、笑って許して頂けると幸いです。
私の文章力がない為、花火大会の状況が連想しにくいと思われます。
読んでくださっている皆様にはご迷惑おかけしますが、もしお気づきの点等がございましたら是非ご教授頂けると幸いです。
いつも読んでくださりありがとうございます。
引き続き、どうぞ宜しくお願い致します。
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