第23話 見劣りするけど……

「優さん、止まってください。それ以上近づくとお母さん達に気付かれてしまいます」


 雪さん達を追って、会場近くにある市営体育館の駐車場に来た。

 どうやら迎えの車は到着していない様で、雪さんは小春ちゃんの友達と楽しげに会話していた。


「そうだね、すまない。小春ちゃんも一旦あっちに合流する?」

「そうですね。優さんはここで待っていてくれますか?解散したらこちらに戻ってくるので」

「分かった。それじゃここで大人しく待ってる事にするよ」


 小春ちゃんが雪さん達と合流したのを確認して僕はその場にしゃがみ込む。

 ここに来るまでの道中も小春ちゃんから言われた言葉が頭から離れずにいた。


「僕と2人で行きたかった……か」


 それが本当なら……この後どこかに誘っても迷惑にならないだろうか?


 すっかり冷めてしまったフランクフルトを一口齧る。一応袋の中の焼きそばの上に置いて移動したので落とすこともなかったが、舟皿に乗っているだけで蓋がないのが気になって仕方なかった。


「美味いな……」


 雪さんは屋台の食べ物を楽しめただろうか?昔一緒に食べた時の彼女の姿を思い浮かべる。

 本当に幸せそうに食べていた……今日もきっとそんな感じだったのだろう。その姿が見れなかった事が少し残念だった。

 手元に残った焼きそばに視線を落とす。何となくそっちは手をつけずにおく事にした。



「優君、お待たせ」


 時間がかかると思っていたが、思いの外雪さん達は来るのが早かった。

 その手にはいくつかの袋を下げている。さっき遠目で見た時はなかったと思うが見間違いだろうか?


「どうしたのそれ?」

「真白ちゃんのお父さんがね?優君に渡して下さいって……」

「え?」

「私達の知り合いが場所取りをしてくれるって真白ちゃんが話してたみたい。伝言も預かってきたよ。『仕事場から駆けつけたので、ちゃんとしたお礼が出来なくてすいません。この暑い中、場所取りしていただいてありがとうございました。娘も楽しい思い出が出来たみたいで、おかげで喧嘩せずに済みました』だそうです」


 雪さん達から袋を受け取り中を確認する。ベビーカステラやお好み焼き……うわっイカ焼きとジャンボ焼き鳥まである。

 僕の好きな食べ物ばかりで自然と気分が高揚する。


「真白のお父さん、お礼を買うために屋台を回ってくれたみたいです。夢中になり過ぎて気づいたら駐車場から離れてしまい、慌てて戻ってきたそうです。真白が『恥ずかしいから余計な事を言うな』って怒ってました。聞いてた話だと頑固そうな人なのかと思ってましたが……娘の事が大好きなお父さんって感じでした」

「小春ちゃん、僕がお礼を言っていたと伝えてもらいたいのだけどお願い出来る?」

「はい!!後で真白に連絡しておきますね」


 その話を聞いて、そんな出来た人にすら嫉妬心を抱いてしまった僕の器の小ささの方がよっぽど恥ずかしいと思ってしまった。


「優君、屋台で色々買って食べたの?」

「いや、自分では買ってなかったんだ。今さっき小春ちゃんが買ってくれたフランクフルトを食べた所だよ。雪さんは食べたんだよね?」

「いいえ、お母さんは食欲ないって言って食べなかったんです」


 雪さんの代わりに小春ちゃんが答えてくれた。てっきり食べたと思っていたけど、どうやら僕の勘違いだったらしい。

 朝食はしっかり食べていた事を考えると、暑さが原因の可能性もある。

 今日はこのまま大人しく帰った方が良いのかもしれないな。


「それじゃ帰ろうか」


 シャトルバス乗り場には人集りが出来ていた為、駅までは徒歩で向かう事にした。


「小春ちゃん、ちょっと良いかな」


 雪さんに聞こえない様に小声で話しかけると、その意図を理解してくれた小春ちゃんが同じ様に小声で返してくれる。


「どうしました?」

「雪さんは花火大会の間は体調悪そうだった?」

「いえ。そんな様子はなかったです」

「家に帰った後に、実は雪さんと少し出かけようかと考えてるんだ。どう思う?」

「お母さん喜ぶと思いますよ」

「それじゃ帰宅したら言ってみるよ」

「私は1人で帰れますので、家に帰らずこのまま行ってきたらどうですか?」

「小春ちゃんを1人で帰すわけにはいかない。だから気持ちだけ貰っておくよ。ありがとう」

「そうですか……」 


 お礼を伝えると小春ちゃんはどこか照れた様子だった。



 満員電車に揺られ、ようやく家に帰り着いた。頂き物をテーブルに置き、自分の部屋に荷物を取りに向かう。

 それを片手に持ち、片付けをしようとしていた雪さんへ僕は声を掛ける。


「雪さん、疲れたよね?」

「優君のおかげでゆっくり見る事が出来たから全然疲れてないよ」

「そっか。雪さんが良ければ、今から少しだけ出かけないか?」


 僕はそう言うと、手に持っていた花火を掲げた。


「さっき見た花火に比べたら見劣りするけど、どうかな?」

「そんな事ないよ!?ちょっと待ってて。小春が部屋で着替えるって言ってたから急いで止めてくるね」

「いや、そうじゃないんだ。2人で行こう。小春ちゃんにも話はしてるからさ」


 小春ちゃんの部屋に行こうとする雪さんを呼び止める。


「え、そうなの!?」

「うん。『出かけてくる』って一声掛けるだけで大丈夫だよ。それじゃ行こうか」


 そうして僕達は近所の公園へ向かった。人影が見当たらなかったので、僕はウィッグを外す。

 蒸れた頭が外気に晒された事で、ずっと感じていた不快感が少しだけ緩和された。


「優君!?」

「誰も見てないから大丈夫だよ。花火の前にベンチで少し話をしようか」

「え、うん」


 ベンチまで移動すると、僕は持ってきた袋の中から頂いた食べ物を出していく。


「お腹空いてない?僕はフランクフルトしか食べてないからお腹空いてて」

「私も少し空いてるかな。小春が言った通り何も食べてないの」

「食欲がないって嘘でしょ。何であんな事言ったんだい?」

「…………笑わない?」

「内容にもよるけどおそらく?」

「そこは嘘でも笑わないって言って欲しかったな」


 雪さんはそう言って苦笑いを浮かべる。


「今日ね?本当は優君と一緒に花火を見たかったんだ。結果的に真白ちゃんの件でダメになっちゃったけど、それでも私は今日を楽しむ事が出来た。小春達の嬉しそうな姿を見れて私も嬉しかったんだ。優君が頑張ってくれたおかげだよ。でもね……」


 雪さんの声のトーンが突然変わった。


「最初に誘ってくれた優君が居ないのに、そんな状況で楽しんでいる自分が嫌だった。だからせめて屋台だけは楽しまないでおこうって思った……って、何で笑ってるの!?」


 どんな大層な理由が出てくるのかと身構えていただけに拍子抜けしてしまった。


「笑ってしまってごめん。でも、そっか。僕を気にかけてくれたんだね。屋台の食べ物大好きな雪さんがそれを我慢した……うん、それはさぞ楽しめなかっただろうな」


 僕が再び笑った事で、雪さんは不機嫌とばかりに頬を膨らませた。

 そんな彼女に割り箸を差し出すと、勢い良く奪い取られた。


「いじわるする優君にはあげない。私が全部食べる」

「ごめん、悪かった」

「仕方ないな……。場所取りしてくれた恩もあるので、今回は許します……なんてね。優君、食べようか!!」


 昔と変わらない幸せそうな顔でたこ焼きを頬張る雪さん。諦めたはずの僕が1番見たかった光景が目の前に広がっていた。


 食事を楽しみながら、彼女は今日の花火大会の様子を嬉しそうに僕に話してくれる。

 高校生の中に1人だけおばさんが入るのは罰ゲームだと文句を言っている時だけは少しだけ怖かったが……。


 話に花が咲き、僕からも新学期の話をする事にした。

 毎年この時期になると、学校は卒業生を中心に教育実習生の受け入れを行っている。

 僕も今年は教育実習生の1人を担当する事が決まっていて、実習の期間は帰りが遅くなるかもしれないと伝えた。


 いつもなら指導を頼まれても断っていたのだが、小春ちゃんの件で恩義を感じていた事、担当予定の教育実習生がここの卒業生で僕にとっても少なからず因縁のある生徒だった事、そんな経緯があって今回は受ける事にしたのだ。


 時間を確認すると、ここに来て30分以上過ぎていた。まだまだ話し足りない気持ちもあったが、時間を考えるとそろそろ花火を始めた方が良い。


「雪さん帰りが遅いと小春ちゃんが心配するだろうからそろそろ花火を始めようか」

「そうだね、やろっか。そうしたら最初は……これにします」


 雪さんが選んだのは、手持ち花火と一緒に買っておいた地面に置くタイプ、いわゆる噴出花火と言われる種類の物だった。


「いきなりそれから始めるの?」

「気分を盛り上げていこうって感じで良いでしょ?」

「まぁ、雪さんがそれで良いなら……」


 僕が了承すると彼女は直ぐに火をつける。じっと花火を見つめるその姿から目が離せなかった。


「綺麗だ……」

「そうだね」


 違うよ、僕の言った綺麗は花火に対してじゃない。雪さんに向けて言ったんだよ……。

 距離を詰めたいのに、それが出来ない。口に出して言えない自分がもどかしかった。

 

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