第20話 ショッピング②―小春視点―

「こういうのはあんまり好きじゃない?この店に置いてる服は2人に似合うと思ったんだけど」

「どうだろ?このお店の服は私達には似合わないんじゃないかな……。ね、小春?」


 お母さんが同意を求めてきたけど、私は言葉に詰まる。

 優さんがせっかく言ってくれているんだし、買わなければ良いだけの話だ。

 見るだけ……それぐらいなら許されるのではと気持ちが揺らぎ始めていた。


「そんな事言わずにせっかくだから見て行こう。店員さんに似合う服がないか聞いてみて、もしなかったら次に行こう。時間はまだまだあるからさ」


 そう言い残して、優さんは店内へと入って行ってしまった。私達は慌ててその後を追いかける。


 すぐに店員さんが私達の元へと寄ってくるが、お母さんはやんわりと断りを入れていた。だけどなかなか引き下がってくれない。


 痺れを切らしたのか、お母さんが『商品を買う予定のない私達に時間を使うぐらいなら、他のお客さんを接客した方が良いですよ』とハッキリ言った事で、ようやく私達の元から去っていった。


 そのやり取りのせいで、居た堪れなくなった私達は早々に店を出る決意をした。

 貧乏人は見る事さえ許されないのだろう……こんな気持ちになるなら、最初から入ろうと思わなければ良かったと後悔した。

 その事を伝える為に優さんの元へ向かっていると、今度は別の店員さんが行く手を遮った。


「いらっしゃいませ、今日はどの様な洋服をお探しですか?」

「今日は見るだけで購入する予定はありません。ですのでお構いなく……」


 先程の経験からお母さんは最初から毅然とした態度を取った。

 その姿に頼もしさを感じたのだが、ここで予想外の事態が起きる。


 その店員さんは引き下がるどころか、無理矢理私達を試着室へと押し込んだのだ。

 突然の出来事に抗議の声を上げれずにいると、『下駄箱に入れておきます』と言い残し、私達の靴を持ったまま何処かに行ってしまう。


 暫くすると最初に断りを入れた店員さんと一緒に戻って来たのだけど、その手には沢山の服が抱えられていた。


 そのままなし崩し的に試着という名のファッションショーが始まる。


 困った私は助けを求め、優さんが居た場所に視線を向ける。だけど既に彼の姿はなかった……。


 お母さんもこの2人の勢いには抗えなかった様で、既に諦めていた。


 店員さんの持ってきてくれる服は最初はそうでもなかったけど、時間が経過するにつれて私の好みを的確に捉えてきている。やっぱりこのブランドの服は素敵だ。

 着替える度に値段を確認しては、思わず顔を顰めてしまう。先程からこれの繰り返しだ。


 最初の方に持ってきてもらったあまり好みではないティーシャツですら1万円を超えていた。

 今持ってきてもらったスカートもパンツも2万円を超えてるし、その前に試着したワンピースに至っては3万円を超えていた。今の私達には手の届かない商品ばかりだった。


 試着を終える度に、店員さんから感想を求められるのも苦痛だった。こんなにも素敵な服をと、思ってもいない事を言わなければいけないのだから……。


 こうして、とも呼べるファッションショーは幕を閉じた。

 ようやく試着室から解放された私達。時間を見れば1時間近くが経過していた。


 目の前のハンガーパイプには、試着した洋服が掛けられている。


 真ん中に隙間を空けて左右に仕分けされているが、その片側に私が素敵だと思った服が掛かっていた。


 店員さんから、改めて気に入った服を聞かれたので、私は1番値段の安かったティーシャツを選んだ。

 話を合わせていた訳ではないけど、お母さんも同じ様にティーシャツを1枚選んでいた。


 お母さんは、優さんを呼びに行ってくると言い残してお店を出て行った。

 気づけば、対応してくれた店員さん達も居なくなっており、私は取り残された気がした。


 そのまま暫く待っていると、お母さんが1人で戻って来た。その事を疑問に思っていると、優さんは店員さんと話があるので自分だけ先に戻って来たのだと教えてもらった。


 ここでようやくお母さんと2人で話す時間が出来た。何も買わないと言うのは、優さんの気分を害する可能性があるので、ティーシャツを選んだとの事だった。

 同じ事を考えていた事が分かり、お互い顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


 優さんが買ってくれそうなら、ティーシャツを1枚買ってもらう。

 それが出費を最小限に食い止める方法だと考えが一致したタイミングで、優さんが店員さんと一緒に私達の元へやって来た。


 結果から言うとこの打ち合わせは無駄だった。この後、私達は想像すらしなかった事態を目の当たりにする。


 私達が1着ずつしか選ばなかった事で優さんはお店に対してとんでもなく失礼な事を言い始めたのだ。

 お母さんが焦った表情かおでこのブランドの良さを熱弁するが、その事が優さんの逆鱗に触れてしまう。


 私達が遠慮したのがバレてしまったのだ。

 再確認とばかりに、今度は私が尋ねられる番となった。


「雪さんもういいよ。それじゃ小春ちゃんに聞くけど、シャツ以外に欲しいのはなかった?」

「わ、私も……他にはなかったです」


 口で言っておきながら、ハンガーラックに掛けられてる商品に目が行ってしまう。

 本当はあそこに掛かっている商品が欲しいなんて言える訳がなかった。


 だから優さんが店員さん達にお任せで選んでもらった服を買うと言い出した時には耳を疑った。

 しかも店員さんは遠慮する素振りもなく高額な服を優さんに勧めていたので更に驚かされた。


 私とお母さんが素敵だなと思った服の全部を勧めている光景に、何を言ったらいいか分からず頭が真っ白になった。


 「お買い上げありがとうございました、またのご来店心よりお待ちしております」


 気がつけば私達は放心状態のまま、店を出ていた。


 「遠慮しない約束だよ。さぁ、予算はまだまだあるから。次はどこの店に行こうか?」


 私は震える声を必死に抑えながら、優さんにお礼を伝えた。

 私までこんなに良くしてもらって、どうやって恩を返していけばいいのだろうか……。



 優さんの言葉に甘える形で、次に向かったのは下着屋さんだった。服にお金を使わせ過ぎてしまったので言い出し難かったけど、最近サイズが合わなくなってきていたのだ。


 ただ、お母さんがお店に来るかと優さんを誘った時は耳を疑った。

 それっぽい理由を説明していたけど、何か様子がおかしい気がした。


 結局、優さんは外で待っているとの事だった。支払いはそっちでして欲しいと言って、お母さんに財布を渡していた。

 確かに支払いの必要があるとは言え、こんな簡単に財布を渡すのは普通じゃない。


 優さんにとってお母さんはそれだけ信頼のおける人だという事なのだろう。


 好きに使ってくれと言われたらしく、お母さんは財布を開き……そしてそっと閉じた。

 慌てた様子で鞄にしまうと、切羽詰まった様子で私に話しかけてきた。


「こ、小春っ。お母さんの鞄が取られないように周りを警戒していてね!!」


 お母さんが慌てて鞄にしまうぐらいの大金が入っているのだと理解する。

 それと同時にそんな財布を簡単に渡されたお母さんに対して、何故か心がモヤモヤした。


「予算は気にしなくて良いみたい。遠慮すると余計に気を使わせてしまうから……今回はちゃんと甘えさせてもらいましょう。小春、お店の人に聞きながら体に合うのを選んでね」

「うん……」

「私はちょっと別行動するわ。終わったら呼びに来てね」


 そう言ってお母さんは何処かへ行ってしまった。さっき『警戒していて欲しい』と言ってたのはよかったのだろうか?

 まぁ、店内で盗難に遭う事もないだろうし、好きに見て回る事にした。


 私はお店の人に尋ねながら、制服の下に着ても問題なさそうな無難な柄と色の下着を選ぶ事にした。


 ひと通り揃え終わったと思った矢先、大人っぽい下着が視界に飛び込んできた。


 私にはちょっと早いかなと思ったけど、もしかしたら男の人に見せる機会があるかもしれない……そんな不純な事を思い浮かべてしまう。


 頭を振ってそんな考えをすぐに追い出そうとしたけど、それよりも早く悪魔が私に囁いた。


 『1枚ぐらいあっても邪魔にならない』という店員さんの囁きが、私の背中を押したのだった。

 気がついた時には手に取り、カゴの1番下にそっと忍ばせていた。


 買いたい物が決まった私はお母さんを探す為に店内を見渡す。

 すると、こちらに向かってくるお母さんの姿が見えた。どうやら私より先に終わっていたみたいだった。


 お互いの選んだ下着に視線が向く。お母さんが選んでいた下着は……レースがあしらわれた大胆なデザインだった。


「お母さんそれ……」

「…………」


 私がジト目を向けると、お母さんは無言のまま視線を逸らした。

 誰に見てもらいたいかは考えるまでもない。私は2人を応援するつもりだから、これ以上余計な事は言わないでおこうと思った。


「お会計は一緒にお願いします」


 レジに着くと、お母さんは店員さんにそう伝えた。すると、店員さんは私のカゴの中の商品から先にスキャンを始める。


 そこで私はとんでもないミスに気づいてしまった。このままでは1番下に忍ばせた下着を見られてしまう……。

 

 回避策が都合よく思いつくなんて事もなく、お母さんに見られ散々揶揄われた。

 だから私もお返しに、お母さんの選んだ下着を揶揄った。


 でもやり過ぎてしまった様で、お母さんの逆鱗に触れてしまう。


「服を買う時に心配をかけたのだから、優君に下着をちゃんと買った事を確認してもらいましょう。そうね……帰ったらリビングで服と下着のタグを取るというのはどうかしら?ね、名案だと思わない?小春もそのつもりでいてね」

「えっ……!?」


 とんでもない事を言うお母さんに揶揄った事を慌てて謝罪するが、聞く耳を持ってもらえない。

 優さんに下着を見せるなんて未使用だとしても恥ずかし過ぎる。

 最悪、学校用のは見せたとしても……最後にカゴに入れただけは無理。はしたない女なんて思われたら立ち直れない。


 事の深刻さを理解した私は、もう一度お母さんに謝罪する。でも、返事すらしてくれなかった。


 お母さんは下着を見られても平気なのかな?


 いや、そうじゃない。おそらく優さんに意識してもらいたい気持ちの方が強いのだろう。

 やり方は褒められたものじゃないけど、お母さんなりに必死なんだろうな……。


 あれ?そうすると私って巻き込まれただけじゃない!?


 でも、こうなったお母さんには何を言っても無駄なんだよね。

 その事をこの15年間でしっかり学んでいる私は、頭を抱えるしかなかった……。

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