第19話 ショッピング①―小春視点―
今日は以前から約束していた3人で出かける日。この日をずっと楽しみにしていた私は朝早くから支度を始めていた。
お母さんは優さんに変装を施している最中で、リビングの方からは時折話し声が聞こえてくる。
内容までは分からなかったけど、お母さんの声がいつもよりも弾んでいる気がした。
せっかくの2人の時間。邪魔しないようにと気を利かせた私は、部屋で大人しく待機する事にした。
「小春、ちょっと来て〜」
暫く待っていると、リビングからお母さんが私を呼ぶ声が聞こえてきた。
優さんの準備が終わったのだろうか。私は部屋を出てリビングへと向かう。
「お母さん呼ん……えっ!?」
リビングには、金髪のロングヘアーのいかにも軽薄そうな姿をした優さんが居た。
いつもの少し気怠るそうな雰囲気とは異なり、鋭い目つきで私を見ている。
その目つきが、私の好きな漫画の俺様キャラと重なり、胸の鼓動が速くなる。
これで黒髪だったら良かったのに……そんな感想が、ふと頭に浮かんだ。
動悸は治まる事なく、どんどん速さを増していく。先程から何度となく目が合うものの、私は恥ずかしさのあまりすぐに逸らしてしまう。
見たいのに見る事が出来ない……。
そんなもどかしさに悶えながら、時間だけが過ぎていく。私は気を紛らわせる為に、変装前の優さんを思い浮かべる事にした。
優さんの顔立ちは客観的に見ても、それなりに整っている方だと思う。
お母さんが髪を切った事で、目にかかっていた鬱陶しい前髪が無くなり爽やかになった。
だけど、相変わらず覇気が感じられない。そのせいで自信とやる気がなさそうに今でも見られがちなのだ。
人によってはそこが魅力だと思う人もいるだろう。やる気がなさそうに見えて実は面倒見が良い。ギャップ耐性のない人にはこれぐらいでも効果があるのかもしれない。
これだけお世話になっておきながら、どの口が言うのかと自分でも思う。
それでも言わせてもらうならば彼は私の好みとは正反対のはずだった、先程までは……。
目つきが鋭くどこか冷たく見える雰囲気の人、これが私の理想の彼氏像だ。
男性にされて嬉しい行為として、顎クイ、壁ドンはもう古いと一部の人は言っているけど私はそうは思わない。
それよりもバックハグや頭ぽんぽんをされたいとか言ってる女子は何も分かっていないと思う。
後者を否定する訳でないけど、誰がしても尊い訳ではない。俺様キャラの男性がするからこそ、それらの行動に真の価値が生まれるのだ。
性格、行動……全てが絡み合ってこそなんだと、声を大にして言いたい。
今の優さんにそんな事をされたら……想像すると思わず鼻血が出そうになった。
「小春ちゃんどうかな?この格好で一緒に歩いても大丈夫?」
いきなり質問を投げかけられた事でハッと我に返る。自分の世界に深く入り込み過ぎていたようだ。彼が言った言葉を
えっ、その格好の優さんと一緒に歩くの!?私が!?
「えっ……いいと思います……よ?」
「何で疑問形なの?大丈夫って感じに聞こえないんだけど……」
動揺してしまい返事が中途半端になってしまった。そのせいで優さんはどこか不満そうにしている。
ごめんなさい。その格好の優さんと出歩くのはハードルが高すぎます。尊すぎて直視に耐えられません私の心臓が……。
最悪の状況(病院搬送)を回避しようと頭をフル回転させて打開策を考える。
そうだ、良い手があった。
「あ、そうじゃないんです。目……。念の為に目はサングラスとかで隠しておいた方がいいかなって。万が一バレたらいけないので。そ、その……今日の瓜生先生は凄くカッコいいと思います」
ふぁっ!?優さんと目が合ったせいで、最後の最後で思わず本音が漏れてしまった。ど、ど、どうしよう……。
恐る恐る優さんの様子を窺うと、彼は唖然としていた。
その態度から私の本音が聞かれたのは間違いないとしても、その反応にはちょっと傷付いた。
せっかく褒めたんだから、少しぐらい喜んでくれても良いのにな……そう思わずにはいられなかった。
対照的にお母さんはドヤ顔を浮かべていた。おそらく優さんを上手に変身させたとか思っているのだろう。
確かにバレないという目的は達成しているかもしれないけど、金髪のロングヘアーは流石にセンスが悪すぎるよ。
それを言ってしまうとお母さんが落ち込むのは目に見えているので、私は本音を飲み込むしかなかった。
自分のミスとは言え、居た堪れなくなった私は『部屋で準備してくる』と適当な理由をつけてリビングから逃げ出した。
目的地のショッピングモールは予想よりも遥かに大きかった。
知っているお店が並んでいる光景は、買えない事が分かっていても気分が高揚する。
隣を見ればお母さんも忙しなく辺りを見回していた。こういうところは本当に子供みたいだなと思わず笑みが溢れる。
通路を進んでいると、私とお母さんの大好きなブランドのお店が視界に入った。
近づくにつれてお母さんの歩く速度が落ちていったので、私もそれに合わせる。
2人で買い物に出かけた際は、頑張ったご褒美と言ってお母さんはこのブランドの服をよく買ってくれた。
お母さんもたまに自分の分を買う事もあったけど、どちらかと言うと私を優先していた。
このブランドは価格も高いので、2人分を買うのは家計を考えると厳しかったのだと今なら分かる。ずっと贅沢させてもらっていた事に今更ながら感謝した。
お母さんに対する申し訳なさ、このブランドが遠い存在になってしまった寂しさから私は思わず唇を噛み締める。
お母さんも思う所があった様で、先程までの楽しそうな雰囲気は消えていた。
私達は後ろ髪を引かれつつも、歩く速度を元に戻し目的地へと向かう。
今日の買い物について私達は事前に取り決めをしていた。洋服を買わないとおそらく優さんは納得しない。それならば少しでも負担にならない様に低価格のお店で買おうと。
幸いこのモールには、ファストファッションのお店が入っていた。
買ってもらえるだけでも優さんには感謝をしなければいけないのだ。
そんな事を考えていると目的のお店の前まで来ていた。
早速入ろうとすると、突然肩を掴まれた。恐怖から身が竦んでしまう。
ゆっくりと振り返ると……肩を掴んでいたのは優さんだった。
「なんだ……優君か。いきなり肩を掴まれたからびっくりしたよ」
お母さんはすぐに返事をしていたが私は無理だった。動悸がまだ治らないのだ。
「すまない。いきなり肩掴まれたら怖いよね。急いでたから配慮が足りなかった。それで聞きたいんだけどこの店に入るつもり?」
「うん。このお店って値段も安いから重宝するんだ。小春とレディースの方を見てくるね。優君、店内を見て時間を潰してもらってもいいかな?なるべく早く選ぶから……」
「…………」
私を置いて話がどんどん進んでいく。そう言えば前にも同じ様な事があった気がする……。
「ショッピングモールにわざわざ来てるんだ。ここなら家の近所にもあるから今度改めて見に行こう。今日は他の店を見て回るから付いてきて」
優さんはそう言うと、私達の手を握りしめて歩き始める。
え?一体何が起こってるの?
「優君!?ど、どこに行くの!?手、手…!!」
「優さん、私も自分で歩けますから!!」
聞こえているはずなのに、手は離してくれない。前を歩いているからその表情は見えないけど……家で見たあの目をしている気がした。
私は先程とは別の意味で心臓の鼓動が速くなった。
暫く歩いていると優さんが急に止まった。どこに来たのか確認する為にお店の方を見ると、思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「「えっ!?このお店……」」
お母さんとハモってしまったがそんな事を気にしている場合ではない。
何故優さんはこの店を選んだのだろう?私の頭の中はその疑問で埋め尽くされていた。
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