第18話 らしくない行動

 2人が次に向かった店は下着屋だった。雪さんに一緒に来るか尋ねられた時には耳を疑った。 


 僕の認識では、男子禁制の場所だと思っていたのだが、カップルで入店する人達も世の中にはいるとの事。

 そんな勇気は持ち合わせていないので、入店については丁重に断り、外で待っておくと伝える。


 女性の下着の相場を知らないので、支払いに困らない様に財布ごと雪さんに渡して店を後にした。


 特に見たい店もないので、通路に設置された椅子に座る。

 ふと前を見るとそこにあったのは雑貨屋。店内に所狭しと食器が並んでいる。


 その光景に、家で使っている食器の事が頭に浮かんだ。

 元々僕が持っていた物に少しだけ買い足した事もあり、全員がバラバラの食器を使っている。


 せっかく雪さんが素晴らしい料理を作ってくれるのに、バラバラの食器というのは料理を冒涜している様に思えてならない。


 家族ではないのに、お揃いの食器を使いたいと言ったら引かれるだろうか?


 雪さんの好みが僕と違っている事のダメージは自分で考えるよりも大きかったらしく、こんな些細な繋がりを持つ事で気を紛らわそうとしている自分に嫌気がさした。




「優君、お待たせ。買い物終わったよ」 


 頭上から声を掛けられた事で、僕はゆっくりと頭を上げる。


「早かったね。もういいの?」

「うん。ちゃんとたくさん買わせてもらったよ。優君ありがとね」

「私も買わせていただきました。優さんありがとうございます」


 雪さんはそう言って財布を差し出してきた。


「お金は足りた?」


 そう尋ねると、彼女は僕の耳元に口を寄せて囁いた。


「優君、お金入れ過ぎだよ。落とさない様に気をつけてね」


 完全な不意打ちだった……。昔はこれぐらいの距離で雪さんと話した事だってある。

 だけどそんな事実なんてなかったと言わんばかりに、僕の頬は火照り、心臓の音はやけにうるさく聞こえる。

 

 彼女も自分の大胆な行動に気づいたらしい。慌てて僕と距離を取り、はにかんだ笑顔を浮かべている。


 どうやらのは、お互い様らしい。


 僕は頭を切り替える為に、次の目的地について尋ねる事にした。

 

「他に必要な物は?」

「他は用意してもらってるから。私はもう無いかな……」

「小春ちゃんはどう?」

「私も大丈夫です」

「それじゃ少し早いけどお昼にしよう。その間に何か思いついたら言ってくれ」


 本当は雑貨屋を提案したかったのだが、それを言う勇気はなかった。

 僕は後ろ髪引かれる思いのまま、飲食店の立ち並ぶエリアへと移動を始めるのだった。




 目的のエリアには、予想よりも多くの飲食店が出店していた。

 2人は色々目移りしていたが、最終的には小春ちゃんの好きなオムライスの店を選んだ。


 この店はふわとろのオムライスが食べられる事で有名らしく、注文して暫くすると料理が届いた。


 バターライスの上にハンバーグが乗っており、その更に上に卵が乗っている。ライスの周りにはデミグラスソースの海。卵をナイフで割ると、とろとろの部分が顔を出す。

 有名というだけあって、確かにこの店のオムライスは美味しいと思う。


 でも僕は、雪さんの作ってくれるチキンライスを薄焼き卵で包んだ家庭的なオムライスの方が好きだった。


 僕の好みはさて置き、普段は作る側の雪さんが幸せそうに料理を頬張っている姿を見る事が出来たのは僥倖と言えるだろう。


 食事も終わり、ほっと一息を吐く。このままゆっくりしていたい所だが、午後からの予定をそろそろ決めておく必要がある。


 お腹がいっぱいになり幸せそうにしている2人に声を掛ける。


「午後から行きたい店はないかな?他に必要な物はないって事だけど……」

「そうだね。午前中は私達に付き合ってもらったから、午後は優君の行きたい所にしよう。どこか行きたいところはない?」


 雑貨屋に行きたいと伝えるなら今しかないと思った。


「僕は2人が見たいと思う所に行きたいかな」


 僕の意思に反して口から出た言葉に自己嫌悪する。お揃いの食器を使いたいと伝えるのがこんなにも難しい事だとは思いもしなかった……。


 僕の返事に雪さんは眉尻を下げる。誤魔化す為とはいえ、狡い言い方をしてしまった事を申し訳なく思った。


 その罪悪感に耐えきれず、僕が雑貨屋に行きたいと伝える覚悟を決めた矢先の事だった。

 雪さんはチラリと小春ちゃんを見ると、申し訳なさそうな顔で口を開いた。


「そうだ。小春の見たい所にしましょう」

「えっ……?」


 小春ちゃんが驚きの声を上げ、目を見開いた。おやを売る瞬間を目の当たりにした。まさかの丸投げ……さも子供を優先しているかのようにみせる狡猾な手口だ。

 これは断じて優しさではないと、この場に居る誰もが理解していた。

 その証拠に雪さんはソワソワしながら、小春ちゃんからの返事を待っている。


 彼女の意外な一面を見てしまった事で、先程まで感じていた罪悪感の対象は小春ちゃんへと変わった。


「お母さん、昨日は私に色々見て回りたい所があるって言ってたよね?はっきり言えばいいのに……」


 彼女の突然のカミングアウトに雪さんが硬直した。


 因果応報という言葉を考えた人は天才だと思った。その因果が僕に及ばないで欲しい……そう願わずにはいられなかった。 




 その後も話し合いを続けたが、どこに行くか纏まりそうになかったので、とりあえず店を出る事にした。

 結局、午後からはウインドーショッピング。気になった店があれば入るという事で落ち着いた。


 何軒かの店に立ち寄りながら通路を進んでいると、気になっていた雑貨屋が視界に飛び込んできた。

 僕はそのまま素通りしようとしていたが、それに待ったを掛ける声が上がった。


「優さん、このお店少しだけ見てもいいですか?」

「ああ……小春ちゃんが見たいなら入ろうか」


 内心では両手を上げて喜んでいるくせに、いかにも仕方なくみたい態度を取ってしまった。


 そのお詫びの意味も込めて先日取り決めをした貸し借り、それの『借り1』を僕は頭の中に刻みつけた。


 店内には可愛らしい小物がたくさんあり、女性客やカップルの姿が目立つ。

 下着屋とまでいかないものの、男の1人歩きだと浮きそうだと判断した。


 2人はどうやら別行動をするとの事だったので、食器コーナーへ行くという小春ちゃんの方に僕は付いて行く事にした。


 食器コーナーの商品は品揃えも良く、センスの良さを感じた。

 改めてお揃いの食器を買いたいという欲求が高まる。

 隣にいる小春ちゃんに相談してみよう。そう思って彼女の方に向くと、真剣に一点を見つめる姿が飛び込んで来た。


 視線の先を追ってみると、3個セットのマグカップという珍しい商品だった。

 絵柄がお父さん猫・お母さん猫・子猫になっていて値札には展示品処分と書いてある。

 どうやら最後の1セットのようだ。


 隣にいる夫婦もその商品を見ていて、今にも手に取りそうな雰囲気を出している。

 僕はそのマグカップの入った箱を急いだ手に取り買い物かごに入れた。


 小春ちゃんがハッとした様子で僕を見る。いつもの僕なら絶対にしない行動ではあるが、先程の罪滅ぼしと思う事にした。


「小春ちゃん、勝手にかごに入れてしまったけどこれは買ってもいいのかな?」

「はい。3人で使えたらな……って思ってました。優さんは嫌じゃないですか?」

「嫌なんかじゃないよ。念の為、雪さんにも聞いてみる?」

「お母さん呼んできますね。あ、かごからは出さないで下さいね」


 そう言って彼女は、雪さんを探しに行ってしまった。


 暫く食器を1人で見ていると、雪さんと一緒に戻ってきた。

 雪さんが商品を見るより先に欲しいと申し出たのは驚いたが、それよりも嬉しさの方が勝った。


 調子に乗った僕はこの流れに便乗して、食器を揃えたいと2人に伝える。

 引かれるかもしれないと思っていたのだが、どうやら杞憂だった様だ。

 この提案を2人ともすんなりと受け入れてくれた。


 買い物で雪さんも疲れただろうと思い、最後にお惣菜を買って帰ろうと提案したがまさかの却下。雪さんに新しく買った食器を使いたいと言われてしまえば従わざるを得ない。

 

 こうして初めての3人での買い物は大成功という形で幕を閉じる。




 家に帰ると直ぐに2人は買ってきた商品の片付けを始める。

 会話する声も弾んでおり、僕にまでその喜びが伝わってきた。


 ただ、値札を切るのが必要なのは分かるが僕の見ている前で下着を紙袋から取り出すのはやめてくれないだろうか……。


 気まずくなったので『着替えてくる』と言って席を外そうとすると、頼んでもいないのに雪さんが飲み物を用意してくれた。


 ここに居るようにと、遠回しに言われている気がした。

 これは彼女達なりのお礼と受け取っていいのだろうか?


 小春ちゃんも気にしている素振りはないし、それどころか室内ではサングラスは取るようにと怒られてしまった。


 いや、そうすると何の障害もない状態で見えてしまう訳なのだが……それで良いのだろうか?


 よく見ると2人の頬には若干赤みがさしている。恥ずかしがるぐらいならこんな事をしなければいいのに。


 頭の中では正論を並べながら、僕の視線はテレビと彼女達の手元を行ったり来たりしていた。


 そりゃ僕も男な訳で……初恋の人の下着にも、現役女子高生の下着にも人並みに興味はある。

 向こうが見せてきているのだから、これは不可抗力なのだ。


 誰に対する弁解か分からないが、僕は必死に自分を正当化していた。


 今日は色々な意味で2人との距離が縮まったと思う。僕は今日という日を一生忘れる事はないだろう……。

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